第52話・ここにいるのは

 コア生物の真ん中に取り残された僕は、しばらくドアのしまったエレベーターを見ていた。

 恐らく、ここで研究している研究員と学園長しか使えないであろうエレベーター……。

 コア生物の一体、クマのようなのが、僕の腕を軽く引っ張った。

「何」

 コア生物は何度か僕の腕を引っ張った。

 そこで思い出した。このエレベーターホールは立入禁止なのだと。

「分かった。行けばいいんだね?」

 こくりとコア生物は頷いた。

 言葉は分かっている。理解している。だけど喋れないのか。

 世界の常識では、通常コア生物は犬並みの知性が限度で、創造主クリエイターの命令に従うしかできないものだという。

 だけど、恐らく学園長が創りだしたコア生物は、学園長じゃない相手の言葉を聞き、自立行動をとれる。知能レベルがどれくらいかは分からないけど、人間並みにはあるんだろう。

 そして、その研究を世間に発表していない。

 これが明らかになれば、コア研究はずっと進むだろうに。

 何故、学園長は、こんな地下施設でしかコア生物を使っていない?

 くい、と引っ張られる感覚。

「あ……ああ、ごめん。行くよ」

 もう一度コア生物は頷いて、僕は引っ張られるままに、エレベーターホールを後にした。


 クマコア生物は、僕を一つの部屋の前に案内した。

「ここにいろって、言うわけ?」

 こくりとクマは頷いた。

「出歩いてもいいとは言われたけど、それは?」

 クマはもう一度頷いた。

 そして、クマはのこのこと歩いて行った。

 何だろう、あれ。

 さっきまでいたコア生物たちは何だかみんなファンシーな造形をしているけど、学園長の趣味なんだろうか。ココたちコア監視員もあんな造形だし。

 ……似合わないな、正直。

 と、それよりも、だ。

 やらなきゃいけないことがある。

 この地下施設を調べること。

 学園長は、自分と敵対する創造主クリエイターがこの施設にいる可能性を語った。

 大人しく従って小さくなっていればいいのに、と。

 ナナの創造主クリエイターがこの地下施設にいるとするなら、恐らくその人は学園長に囚われている。敵対する研究者を自分の研究施設に置いておくなんて、捕虜の立場でしかない。その中でも研究を続け、ナナを生み出したのか。

 そして、学園長は言っていた。

 僕が生まれるのを待っていた、と。

 僕は普通の家に生まれ、普通にコアを使う両親と祖母と一緒に暮らしていた。十五歳の誕生日に無色のコアを手に入れた。

 コアだけじゃないのか? 僕に何かがあるのか? 学園長が研究している何かに関わる秘密が、僕も知らない僕の内にあるのか?

 学園長は、ただ教えるのがもったいないと言わんばかりに去って行った。

 ここで調べて、自分で知れと言った。

 なら、知らなきゃいけない。

 学園長に都合のいい真実かも知れないけど、知っておかないと次の行動に移れない。

「ナナ」

「……はい」

 緋色の服を着たナナが姿を現した。

「君が生まれたのは……ここなのかい?」

「……言えません……」

「うん、そうだと思った」

 コア生物は創造主クリエイターには逆らえない。

「じゃあ、これだけ。学園長が君と君の創造主クリエイターとを繋げたって言ったけど、それは真実かい?」

「……分かりません……」

 そうだろうな。

 自分の心臓がどうやって動いているかを知らなくても人間は生きていけるし、吸って吐いている空気の存在を気に止めなくても呼吸はできる。コア生物だって、自分と創造主クリエイターとの繋がりがどんなものかと突き止めようとはしないだろう。

「ただ……分かるんです。あの人に逆らえないって……」

「学園長に?」

 学園長はナナに何らかの干渉をしている。

 創造主クリエイターとの繋がりを無理やり繋いだくらいだ、ナナの言動を縛ることもできるだろう。

 じゃあ、彼女に頼むしかない。

「ココ」

 パッと、彼女は現れた。ナナの前でも。

「丸岡さんー、浮気するからー、こんな目に遭うんですよー」

 ……浮気て。

「そこのコア生物のことをー、私に報告してくれればー、こんな所に放り込まれずに済んだのにー」

「あー、そうだね」

 僕は渋い顔をしているんだろう。

「困っている人を見過ごせないって言うのはー、美点ですけどー。誰でも何でも助けようって言うのは無理があり過ぎますー。そこのコア生物を諦めればー、まだ学園の中でー、監視だけで済んだのにー」

「でも、いずれここに来ることになっていた、そうじゃない?」

創造主クリエイターのお考えは私には分かりませんけどー」

 ナナはちらちら飛び回りながら言った。

「先延ばしにはできたはずですよー」

「三年以内には絶対来たんだろう?」

「んー、まあ、そうなんですけどねー」

 学園長のコア生物だから、学園長に不利なことは言わないだろう。でも、学園長はココを道案内に残した。

「学園長が僕に見せたいものって、何だい?」

「全部、でしょうねー」

「全部」

「だって、この地下研究棟は、創造主クリエイターご自身が創った創造主クリエイターだけの宮殿ですものー。そこに久しぶりに来た新入りですからー、もう全部見せてあげるーって感じですかねー」

「……要するに、研究結果を見せびらかしたい?」

「そうでしょうねー」

 なら自分で見せて回れよ。

 突っ込みたくなったけど返してくれる人は誰もいないので喉の奥で飲み込んでおく。

「じゃあココ、学園長が見せびらかしたいものが僕に理解できる順で案内してくれる?」

「了解ですー。じゃあ順番に見て行きましょうー」

 学校を案内するのと同じノリで、ココはふわふわと前進を始めた。

「ダメ……仁さん……行っちゃダメ……」

「ナナ?」

「これ以上は知らない方がいいんです……これ以上を知ったら……仁さんも創造主クリエイターと同じ運命に……!」

「どんな運命?」

 ナナは自分の首を絞めるような感じになった。いいや、絞めている?

「ナナ、ダメだ、手、放して」

「言えない……言えない……言いたいのに……言えない……創造主クリエイターじゃないのに……創造主クリエイターじゃないのに……!」

「ナナ!」

「大丈夫ですよー、丸岡さんー」

 ココの呆れたような声。

「丸岡さんとそのコア生物は同化してますからー。そのコア生物が死ぬのは丸岡さんが死んだ時くらいですー。そもそもコア生物は呼吸しませんしー」

「息しない?」

「喋らないコア生物には不要なだけですしー、私たちコア監視員はコアを通じて喋っているので、半分テレパシーみたいなものだしー。だからそのコア生物がどれだけ暴れたって丸岡さんを止められはしませんー」

 ナナは何を言いたいのか。僕と彼女の創造主クリエイターが同じ運命に? 要するに、捕まるってことか? いや、それならもう捕まっている。自由があるとはいえこの地下研究施設内だけだ。

 なら、それ以上の何か、が。

 ナナが僕に見せたくない何かが、この施設にはあるってこと。

「ナナ、辛いんならコアの中に戻っていいよ」

「ダメ、です、仁、さん。行ったら……行ったら……!」

 不意に僕は古い物語を思い出した。

 花嫁に鍵を渡し、絶対開けてはならないと言い残して旅に出る青髭と。

 学園長しか知らないという研究施設に僕と案内人だけ残して消えた学園長。

 開けてはならないドアの向こうにいたのは、物言わぬ花嫁たちの死体だった。

 では、コア生物しかいない研究室にある、ナナが僕に見せたくないものとは?

 ……死体、ではないな。

 もっと僕がショックを受けると思うもの、ここに来なければよかったと後悔するようなもの……。

 ちょっと想像がつかない。

 そうであるからには、行ってみるしかない。

 自分の意志で行って、何があるかを確認するんだ。

「ナナ」

 涙でぐしゃぐしゃのナナに声をかける。

「君が悪いんじゃないし、君が責任を感じることでもない。僕が自分で決めたことだから。だから、後悔したとしても、君のせいにだけはしない」

「……でも……!」

「諦めるんですねー、コア生物さんー」

 ココはうんざりと言った感じで喋った。

「あなたなら、ここに何があるか知っているでしょうー? だから見せたくないんでしょうー? でもー、もう終わっちゃってるんですよー。あなたが丸岡さんと出会ってそのコアに潜り込んだ時点で、あなたと丸岡さんの運命は定まっちゃったんですよー」

「ココ、言い過ぎ……」

「じゃあ、これだけはー」

 ココはナナの前に行って、そして言った。

「もう、あなたにできることは、ないんですよー」

 僕を励ましてくれたあの時のココとは別人のような顔で、言った。

「あなたにできるのはー、この場所でー、創造主クリエイターにお仕えすることー。あなたが大人しくさえしてればー、丸岡さんの待遇はー、随分違うと思いますよー?」

 ぐしゅ、と顔をしかめて、ナナは僕のコアの中に戻って行った。

「僕の待遇って……」

「それはー、この施設を回ったら分かりますよー。少なくとも丸岡さんはこれまでの中でもスペシャルゲストらしいですからねー。どうなるかは創造主クリエイター次第ですー」

 何もかもが、か。

 すべてが学園長の掌の中なのが腹立たしい。

 学園長に意趣返しするには部屋で寝っぱなしって手もあるだろうけど、それだったら無理やり見せられるのが目に見えているから、僕はココの後ろについて歩き出した。

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