第51話・地下施設にて

 エレベーターが開いた先は、何とも言えない不可思議な空間だった。

 いや、空間自体は問題ない。無機質な、研究所っぽいホール。

 問題は、そこにいる

 僕が想像していたのは、研究棟に時折出入りする白衣姿の男女の研究員たちが大勢いる場所、だった。

 しかし、目の前は遊園地と言うかパレードと言うか。

 様々な色をまとった、小さなカエルのようなから象並みの大きさをしたまで、風船を膨らませたようなたくさんのコア生物がいたのだ。

「驚いたかしら?」

 声に振り向けば、そこには学園長がいた。

 僕の顔は瞬間的に笑いを刻んだ。

 彼方くんの助言は完璧なまでにこの顔に叩き込まれている。

 弱みを見せるな、奥の手があると思わせろ、と。

創造主クリエイター……そうですね、勘違いしてました。創れるコア生物は一種類しかいないと。ここにいるコア生物を全部学園長が創ったのだとしたら、学園長は多分コア史最強の創造主クリエイターだ」

「理解いただけて嬉しいわ」

 学園長も笑みを刻んでいる。

 僕は軽く首を竦めた。

「その創造主クリエイターが、敵対する創造主クリエイターの存在自体すら知らないとか、そう言うことはあり得ないと思うんですけど」

「そうね、心当たりはあるわ。私に抵抗し、私に反抗し、私に追いすがる愚かな創造主クリエイター

 黄烏がふわりと浮いて学園長の肩に止まった。

「だけど、愚かではないんじゃないですか? コア監視員の目から位相をずらして見えなくさせる能力なんて、そうそう持たせられる能力じゃありませんよ」

「ええ、ええ。能力においては、私と五分でしょうね。愚かなのはその心の在り方」

 たくさんのコア生物が集まってくる。

 もしかして。

 この地下階にいる人間は、僕と学園長しかいないんじゃないのか?

「大人しく私に従って小さくなっていればいいのに、もう弱ってほとんどできることもないはずなのに、悪あがきして、何とか私に一矢報いようとしている。全てを受け入れるというのも必要なのよ。今の貴方のようにね」

「今の僕?」

「私に勝てないと判断して、友達二人を逃がすために実験動物としての立場を受け入れた貴方みたいにね」

「実験動物になるかどうかは分かりませんけどね」

「こんな騒ぎになるなら、最初から貴方をこの階に連れてくればよかった」

 学園長は大袈裟に溜め息をついた。

「監視下に置くんじゃなくて、問答無用でここに連れてくれば話は早く終わったのに」

「やっぱり」

「何がやっぱり?」

「僕を風紀委員にしたのは、学園長、貴方でしょう」

「理由は?」

「透明コアとコピー能力は激レアかもしれない。でも、それだけで風紀委員にするなんておかしいと思ってたんです。渡良瀬さんのついでで入れた、と八雲委員長は言ってたけど、最初から僕が目当てだったんですね。僕のコアをコア監視員がより強力に見張れる場所に置いたんでしょう」

「推理力はなかなかね」

 学園長の笑みは余裕の笑みだ。僕の威嚇の笑みとは違う。だけど目的は同じ。相手をひるませること。

「そう、風紀委員は権力を持つから、より強固なコア監視が必要になる。貴方を風紀委員にすれば、他の生徒よりコア監視員の干渉が多くても風紀委員だからで済む。別に誰も反対はしなかったわ」

「誰が反対するんですか」

「教師や教員と呼ばれる研究員よ。この学園は学校という形を取っているから、特定の生徒に干渉する時は教員会議にかけて相談するの」

「学園長がいちいち生徒の監視について他の教師に相談するとは思えないんですが?」

「相談しているわよ。教師や教員は研究員とは別だから」

 ん?

「教師や教員は研究員の一部じゃなかったんですか?」

「ほとんどの研究員は私の下にいるわ。でも彼らは違う。教師や教員と呼ばれる研究員のほとんどは、私とは違う世界にいる。私という存在を知らない……教えないようにしているから、表立って手を出すと反発を受ける」

 違う世界? 学園長が創造主クリエイターだということを知らない、という意味か?

「だから生徒に干渉する時は教員会議にかける。けど貴方の場合は楽だったわね、透明というコアを調べたい教師や教員だらけだったから、風紀委員という役職を与えてコア監視を強化しても誰も反対する者はいなかった」

「で、僕をどうする気ですか?」

「貴方のコアの中にいるコア生物を創り出した創造主クリエイターを、私は「緋色」と呼んでいる」

 緋色……ナナが言っていた。

「緋色と繋がりを断たれたはずのコア生物なのに、再び繋がった、という話は聞いているわね」

 そうだ。ナナが突然現れて、創造主クリエイターのコアが弱っていると言っていた。

 まるで、僕たちがナナの創造主クリエイターについてある程度の情報を得た時に合わせたかのように……。

 …………。

 まさか!

創造主クリエイターとナナを再び繋いだのは、あなたですか?」

「当たり。もっとも、半分答えをあげていたようなものだけど」

 驚愕を隠すために微笑む僕に微笑み返す学園長。その笑みは獲物を目の前にした獅子のようだ。

「つまり、ナナの創造主クリエイターはこの地下階のどこかにいるということですね」

「そうでもあり、そうでもなし」

 余裕の笑みだ。

「今日から貴方の住む場所だもの、存分に調べると良いわ。立入禁止の場所なんて、このエレベーターホールしかないんだし。存分に調べて、勝ち目がないと諦めて、私の被験者になりなさい。私たちは、貴方という存在が生まれるのをずっとずっと待っていたんだから」

 

 

 だが、これ以上話は引き出せそうにない。

「一つだけ、許してほしいことが」

「何? 被験者君」

「この地下階は、このエレベーターホール以外は行き来は自由なんですか?」

「ええ。コア監視員もそのままつけておくから、この階のことは聞けば教えてあげるわ。もうそのコア生物の透明化は無力化したから、監視員が離れることもないしね」

 そのまま、学園長は黄烏を残して、エレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターのドアが閉まる。

 僕は、たくさんのコア生物の中に取り残された。

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