第50話・あるはずのない場所
学校棟の一階、一番奥に、常にコア生物が見張っているエレベーターがある。
そこは、普段降りてこない学園長のいる最上階へ行く唯一の乗り物で、教師・教員でもそのエレベーターに乗った者はほとんどいないという。
そのエレベーターにもう一度乗れということは、もう一度学園長と対峙しなければならないということ。
今度は彼方くんはいない。渡良瀬さんもいない。
でも、二人がいちゃいけない。
一対一……ううん学園長の周囲には学園長の創ったコア生物がいるから、更に分の悪い対戦だ。
対戦……。
僕は考えてしまっている。学園長と戦うことを。
ナナの力で、二色まで色はコピーできる。
だけど、
……ダメだ。
コア生物を創るには相当な修練が必要だと長田先生は言っていた。ただコアをコピーして真似るだけじゃ勝てない。
何とかして、取引に持ち込めるか。
学園長は、僕に、「モルモットになる気か」と聞いた。
コア生物と同化した、無色コアの僕に、実験動物としての価値を見出している。
そうだったら、渡良瀬さんと彼方くんをこれ以上巻き込まないで済む可能性はある。
ナナは……恐らく逃げられない。
僕のコアと同化してしまっているのが分かる。僕から離れることもできなければ
ただ、彼女が自分の
ナナの
実験動物になったら何されるか分からないんだぞ。
ナナの
僕が考えて上手く行ったことが一度でもあるのか。
弱音が次々と頭を過ぎる。
だけど。
僕を心配だと言ってくれた渡良瀬さん。
僕に勝ちたいからその時までは協力すると言った彼方くん。
その二人だけは、何としても、これ以上巻き込ませてはならない。
「今、行きます」
不安、恐怖、怯え。
全部ひっくるめて隠すため、僕は笑った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
ナナが小さい声で泣いている。
ナナこそは、実験動物として扱われる存在。
コア監視員の目を逃れて学園内を行動できる能力を、知りたがる研究者はいるだろう。
この学校には、教師と教員と、研究員がいる。
教師は教師資格を持っている研究員、教員は生徒の能力を実験で伸ばすことを目的とした研究員。
ただ研究員と呼ばれるのは。生徒の相手をしない人たちだ。
学生の能力を伸ばすのではない研究……その中には、外部には出せない研究をしている研究員もいるかも知れない。
モルモットとは、つまり、そう言うことだ。
二度と土の地面に立てないかもしれない。二度とこの学園の敷地内から出られないかもしれない。それどころか、二度と地面を歩けなくなるかもしれない。
でも、あの二人をこれ以上巻き込まないように取り引きするには、僕が代償となるしかないんだ。
「ナナ、コアの中に入ってて」
「でも……」
「あっちもまだ他にナナの存在に気付かれたくないはずだから」
「はい……」
ナナはコアの中に滑り込んだ。異物感としか表現しようのない感覚がコアの中にある。
僕は黄烏の前に行った。
黄烏は翼ではなく浮いているとしか言えない飛び方で、僕の道を先導した。
学校棟に向かうまで、誰とも会わなかった。
多分、コア監視員が生徒をそこへ連れて行かないように誘導しているんだろう。学園長も一介の一年生がエレベーターに乗り来むところを見られたくないはずだ。
彼方くんと渡良瀬さんは?
『随分余裕なのね』
エレベーターフロアに目を走らせて二人の姿を探す僕に、黄烏は言った。
『まだあの二人の心配?』
「それが僕の条件ですから」
『そうね。まあ、安心なさいな。あの二人は今、隔離してある」
「隔離?」
『風紀委員会の懲罰牢にね』
「約束が違いませんか?」
にっこり。
自然に僕の顔は笑みを作っていた。
『あら怖い笑顔。仕方ないでしょう。コア能力を使って暴れるんだもの。大人しくしてもらうにはそれしかなかったのよ』
安心して、と烏の口を借りる
『貴方がエレベーターに乗り込んだ時点で、二人は解放するわ。あまりお痛をするようだと追放処分にしなきゃいけないけど』
僕はほんの少し安心した。
学園長は、あの二人に実験材料としての価値を見出してない。
追放処分と言うのは、つまり、何もかも忘れて学園の外に追い出されるということ。
僕を忘れて、学園のことを忘れて日常生活に戻っていくということ。
それなら、いい。
僕はエレベーターの前に立つと、コア紋照合機に手を当てた。
エレベーターは静かに開いた。
◇ ◇ ◇ ◇
「はい……分かりました」
携帯を切って、八雲百は懲罰牢を見た。
「二人とも、出られるわよ」
「私たちを解放するってことは、丸岡くんが自分から向こうに行ったってことですよね」
震える声で瑞希は呟く。
「あの、バカっ」
壮が吠える。
「一人であんな化け物の所に行きやがったのか!」
百は息をついてから、風紀委員の一人から鍵を受け取ると、自ら二人の牢の鍵を開けた。
壮は飛び出そうとして……百に腕を掴まれた。
「離せよ」
「離せないわ」
「離せよ!」
壮は百に怒鳴りつける。
「あいつは風紀委員だぞ! 風紀委員ってことは、お前の手下じゃないか! それとも風紀委員ってのは偉いヤツに尻尾振る連中の集まりってのか!」
「口を慎め!」
一人の風紀委員が怒鳴る。
だけど、その声は震えていた。
「学園長命令でなければ、誰が、そんなこと……!」
「はっ、どいつもこいつも学園長の手下ってことか」
風紀委員の殺気を、抑えたのは百だった。
「私は風紀委員長。学園の風紀を乱す者を正すためにあるわ」
「あいつは風紀を乱しちゃいないだろうが!」
「だから」
百は言った。
「私の話を聞きなさい」
◇ ◇ ◇ ◇
エレベーターは、思わぬ動きを見せた。
ふわっと浮く感覚。
降りている?
前に乗った時は一階と最上階しかなかったのに、「F]がある。
……地下階。
初めて聞いた。そんな階の存在、誰も知らなかった。多分知っているのは先生たちの中でも一部だけだろう。
なるほど、怪しい研究をするにはもってこいだ。
それに、屋上からは飛び降りられるけど、地下からは歩いて穴を掘るしかないし。
随分長い間降りているのも気のせいじゃない。
コア能力で地面に穴を空けられる人がいたとして、その人がよほどの暇と好奇心を持て余して穴を空け続けなければ届かないくらいの地下に施設を造らないと、施設の存在も、そこでしている研究も、すべて明らかになってしまう。
そこで、今から、何をされるのか。
分からない。
分からないけど、行くしかない。
彼方くんと渡良瀬さんが無理やりエレベーターをこじ開けて乗り込んだりしないことを祈りながら、スピードを落としたエレベーターの中で深呼吸する。
そして。
何でもないような顔で、僕は、エレベーターを出た。
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