第49話・選択肢

 ナナの言葉に、僕らは顔を見合わせた。

「ナナ……君、創造主クリエイターと接続が切れたって言ってたじゃないか」

「分からないけど……急に、来たんです。創造主クリエイターとの繋がり……切れたと思ってたのに、急に。創造主クリエイターの緋色が……」

「切られた接続が、突然、繋がった……?」

「はい……まるで、創造主クリエイターが、助けてって言ってるみたいに……」

 助けを、求めてる?

 創造主クリエイターは、一旦切った接続をつなぎなおすことができるんだろうか。

 いや、もしかしたら、切れたんじゃなくて、スイッチを切り替えたのかもしれない。電源をオンオフするように。

 とすると、追い出したコア生物とのつながりを再び戻したということは、ナナが必要な事態になった……?

「でも、僕のコアと同化しているのは間違いないんだよね。繋がりがないと消えるから、って」

「はい、繋がりが切られて消える寸前だったから……今のわたしは、仁さんと深く深く同化しています。仁さんが動かないと、わたしも移動できないんです」

 だから、創造主クリエイターを、助けて、とお願いしたのか。

 自分一人で飛んでいけないから。

 いや、もしかして、最初からそれを見越して? ナナが僕と一緒に自分の下へ来るように?

 だけど、ナナは創造主クリエイターの個人を特定するようなことを言うことを禁じられているはず。

「その服の色も、接続の影響か?」

 彼方くんの言葉に、ナナは自分の服を見た。

「……多分」

「多分かよ」

「わたしのことは、わたしにも分かってないんです……。創造主クリエイターが何のためにわたしを創ったのか分からないから……。でも、突然、創造主クリエイターとの繋がりが戻って、その力が弱くて、服が突然緋色になったってことは、創造主クリエイターが何かひどく困っていると思うんです……」

 ナナほどのコア生物を創る創造主クリエイターが困る事態って……。

「お願いです、創造主クリエイターに何かあったことは確かなんです。どうか……」

 ナナは手を組んでこちらを見上げてくる。

「いや、今すぐじゃ無理だ」

 僕は期待を込めて見つめるナナに、首を振った。

「まず、君は自分の創造主クリエイターのことを言うのは禁じられている」

「……はい。居場所も、お姿も、お名前も、言ってはいけないと言われています。創造主クリエイターに何か起こったと思われる今でも、それは禁じられています……」

「何者か分からない、何処にいるかも分からない人を助けに行くのは物理的に難しい」

「はい……」

「そして、今、僕らは君の創造主クリエイターのことを学園の敵と見ている。どうしてかは分かる?」

「……わたしの能力……コア監視員を遠ざける能力ですね……」

「そう。学園の内部か外部かは分からないけど、君の能力は間違いなく学園と敵対してる。……それを創った創造主クリエイターが、何故君を追い出したのか。この学園に何をしようとしているのか。それが分からない」

「でも……創造主クリエイターは……」

「君が創造主クリエイターのことを、追い払われても大事に思っていることは分かってる。君が本当に素直でいい子だとも思ってる」

 僕は真剣に言った。

「でも、僕は君の創造主クリエイターのことを何も知らない。敵かも知れない人を助けてくれって言われても……」

「そう……ですよね……」

 小さな目に小さな涙を浮かべて、ナナは落ち込む。

「でも……創造主クリエイターは……創造主クリエイターは……」

 その時。

  ぎゃあ、ぎゃあ、ぎゃあ!

 叫ぶ声が聞こえてきた。

「鳥か?」

「ひっ」

 ナナが小さく息を飲んだ。

  バサバサバサバサッ!

 舞い降りてきたのは、黄色い烏のような生き物だった。

「黄色……?」

「学園長のコア生物か?」

 黄色というだけで判断はできないけど、僕たちが知っている創造主クリエイターは学園長しかいなくて、しかも黄色いなんて、学園長しか知らない。そして、烏と鷹を足して二で割ったような生き物なんて、コア生物でしかありえない。

 そして、烏の目が、間違いなく、ナナを捉えている。

「見てる……?」

「おい、お前、誰にも見えないんじゃなかったのかよ!」

「そのはずですけど……見てる……!」

 ナナは怯えて、僕のコアの中に飛び込もうとした。

 だが、烏が飛んできた。

 僕は慌ててナナを庇おうとした。

 だけど。

 飛んできた烏は、僕の手を、文字通りすり抜けた。

「何よ、こいつっ!」

 渡良瀬さんがコピー用紙の束で烏を追い払おうとするけど、紙もコア生物をすり抜ける。

「どいてろっ」

 彼方くんが空気弾エア・バレットを放って威嚇した。

 烏が一瞬ひるむ。

「やっぱりか! コア生物ならコア攻撃が効く!」

「ナナ、今のうちにコアの中に!」

 怯えて震えるナナに声をかけるけど、コアの中に逃げ込むことすら考えられないらしい。

「丸岡! 空気膜エア・バリアだ! 急げ!」

 そっか!

 コア攻撃が効くコア生物なら、空気膜エア・バリアを突破するのは難しいはずだ!

「コピーさせてもらうね!」

「早くしろ!」

 白藍色のコアをコピーして、周りに空気の膜を張る。

 黄烏が突っ込んでこようとするけど、空気の壁に阻まれて、一瞬ひるんだところに彼方くんが空気弾エア・バレットを叩き込む。

「丸岡くん! バリアを強化して!」

 渡良瀬さんは叫んで、白い光を集中させ、立て続けに烏に向かって放つ。

 荒れ狂う黄烏が、大人しくなる。

「強制他者鎮静化……すごい……」

 明らかにナナを狙ってきた黄烏を大人しくさせて、渡良瀬さんは息をついた。

「よかった……コア生物にも効くんだこれ」

「コア能力だから人間相手より効くな」

 彼方くんが黄烏を取り押さえようとしたけど、すかっと手がすり抜ける。

「くっそ、ナナの逆バージョンか」

「まずい、かも知れない」

 僕は思いついてしまった事態に、声が震えるのを無理やり押し込めながら言った。

「もしこれが学園長のコア生物なら……学園長は僕らがコア監視員をスルーできるコア生物をかくまっていることを知ってしまっている。……あの人がそれを見逃すとは思えない」

「どうするんだ」

「二人とも、ここから逃げた方がいい。もしこれが学園長のコア生物なら、あの人は見逃さない」

「俺たちが逃げて……お前はどうするんだ」

「僕は残る」

 声が震える。足が竦む。

 あの学園長をもう一度相手にしなければならないという恐怖が過ぎる。

 でも。

「ナナと同化している僕が逃げられるわけないし、巻き込んだのは僕だもの。今なら僕一人が勝手に君たちを巻き込んだって言える」

「バカかお前は! あの女が一連托生だと思ってる俺たちを見逃すはずがないだろ!」

「だから……交渉する」

 つばを飲み込んで、僕は言った。

「今更交渉が通用する相手かよ!」

「もしかしたら……コアをコピーできる僕なら、何とかできるかもしれない」

 はあ? という顔をする彼方くんの、コアの色をまだ僕のコアはコピーしている。

「だから……僕に巻き込まれたことにしておく」

「無茶よ、丸岡くん! 相手が悪いって、私でも分かるわ!」

 僕は二・三歩後に下がって、そして、コアを発動させた。

空気圧殺エア・プレッシャー

「うお?!」

「きゃあっ!」

 風の圧力が、二人を中庭から弾き飛ばす。

 敢えて狙っていなかったコア生物に、僕は話しかけた。

「学園長、ですか?」

『ええ、そうよ』

 黄烏は流暢にあの声で喋った。

『まさか渡良瀬さんがこの子を鎮静化できるとは思わなかったけど。若いっていいわね、無茶ができる』

「僕をどうしますか」

『どうしましょうね』

 黄烏に学園長の姿が重なって見える。

『コア監視員をスルーできるコア生物。そのコア生物と同化した一年生。一体どうしましょう』

 笑いを含んだ声に、僕も笑った。

「今、僕は一人です」

『そうね。二人は貴方が追い出したものね』

「二人はこの件の中心人物に見えましたか」

『自主的に協力しているようには見えたけど……中心人物ではないわね』

「取り引きしませんか?」

『あら、まだ取引できると思ってるの?』

「ええ。学園長は敵対勢力のコア生物と同化した一年生って言う興味深い存在を見逃すとは思えないので」

 ナナを取引に使いたくはなかった。

 だけど、学園長がナナを見逃すはずはない。

 学園のトップシークレットであるコア監視員の目から逃れることができるコア生物。しかもその創造主クリエイターは不明。創造主クリエイターと呼ばれる人間がどんなことができるかは分からないけれど、コア生物から情報を取り出すことはできそうだ。

 ナナだけを引き渡すのではなく、興味をこっちに引き込めば。

『コア生物と同化した、コア色のない一年生ね』

「仁さん……」

 怯えるナナにちょっとだけ笑い返して、僕は黄烏に真っ直ぐ視線を向けた。

「彼女を庇ったのは僕一人。あとの二人は突然襲ってきたコア生物から身を守っただけです。そう言うことに、なりませんか?」

 くつくつと学園長の声が笑う。

『そう言うことに、したいの?』

「したいですね。それが一番平和じゃないですか」

『あの二人がどういう行動に出るか、考えたことはあるの?」

「そうですね、もしかしたら、記憶消去・追放。でも、この学園からは出られます」

『自分はここに留まる。だからあの二人を見逃せ、そう言うのかしら?』

「悪い取引じゃないでしょう?」

 背筋に冷たい汗が幾筋も伝っているのが分かる。学園の歴史を調べていて、学園の前身が結構無茶な実験を繰り返していたことを知った。研究者という人間が、興味深い研究対象を目の前にして、どうするかもわかっている。

 だけど。

 ナナを一人にしない。

 これ以上あの二人を巻き込まない。

 この二つが、僕の数少ない勝利条件だった。

 これを一つでも逃せば、きっと僕は後悔する。

「コアと同化するって言うコア生物と、同化された人間。良い研究材料になると思いますけどね」

『モルモットになるというの?』

「ナナと引き離さない、あの二人を見逃す、その二つを守ってくれるなら」

 彼方くんが聞けば、バカじゃないか、というような取引。

 渡良瀬さんが聞けば、何でそんなことをするの、というような条件。

 でも、僕が守りたいのは何なのか、と思ったら、最初に声をかけてくれた渡良瀬さんと、色々あって結局巻き込まれてくれた彼方くんの無事と、ナナを逃がす、あるいは一人にしないこと。

 この三つだけは譲れないと思った。思ってしまった。

 だから。

『もし本気なら、この子と一緒にあのエレベーターに乗りなさい? そうすればすぐに彼らの無事は保障するわ』

 やっぱり、渡良瀬さんと彼方くんは束縛されてたか。

 色々思うところはあるけれど、僕はにっこり笑った。笑えた。

「了解しました、学園長」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る