第47話・本の回廊の中で

 この学校の図書館は、特にコア関連の書物は日本一と言われる程数を揃えている。日本一のコア研究施設なんだから仕方ないけど。

 そして、何処かのホラーとかオカルトのように、禁書なんて呼ばれるものはない。一年生で意味が分からない本があっても、それを貸さないという理由にはならない。

 だから読み放題なんだけど、それは逆に読む本が多すぎるって意味で。

 探し物に来た僕らは、学園棟の地下一・二階を丸々占める本に、何処から手を付けるべきか悩んでいた。

「学園長はこのことを調べることについてはOK出してくれたけど、ヒントをくれたわけじゃないからね……」

 本に優しい柔らかい光で満たされた本の回廊。僕らが探すのはどんなものだっけ。

「もう忘れたのか。学園の創立時の情報、コア監視員を創った創造主クリエイターについてのデータだ。創造主クリエイターのことが分かれば創造主クリエイターに対抗する存在が浮かんでくるかもしれない」

「学園の歴史、ね」

 渡良瀬さんは本の量にうんざりしながら言った。

「ミャル、分かる?」

 渡良瀬さんが自分のコア監視員に声をかけたようだ。

「コア監視員が司書さんのコア監視員に聞いて、本のある場所を教えてもらったって。何ヵ所かに分かれてるみたいだから、それぞれ行って良さそうな本を集めてくるのが一番じゃない?」

「それしかないか」

「そうしよう。ココ、お願い」

「チッ、めんどくさい話だ」

 バラバラに図書館のそれぞれの場所に向かった。


 僕が行ったのは、学園史の棚だった。

 だけど、同じような場所にコア研究の歴史の本が置いてある。

「コア研究の歴史が、この学園になんか関係あるの?」

 ココに聞くと、ココは笑って返事してくれた。

「学園の歴史はコア研究の歴史と言っても間違いありませんー。七十年前……いえ、高校になる、それ以上前から研究機関でしたからー。研究の歴史は学園の歴史でもあるのですー」

「へえ」

「これですねー」

 ココが示したのは、七十年前の学園史。

 どれもこれも、かなり分厚い。

「これを全部読むのか……?」

「お困りならー、司書のコア監視員に聞いてー、重要な所だけ抜き出せますけどー」

「そんなことできるの?」

「はいー」

 ココは、これと、これと、これ、と三冊ほどの本を取り出して、僕に本を開かせて、ある一カ所を指さした。

「ここですねー」

 学園創立の写真。モノクロの中に、一人の女性を囲んだ人々がいる。

 囲まれている女性は、学園長によく似ていた。泣きホクロのようなコアがないだけで。

美丘みおか羽根はいね学園長……」

 写真の下には、初代学園長と彼女を学園長にした研究者たち、そして実験対象となる僕らと同年代の少年少女、と書いてあった。

 学園は、最初から学園じゃなかった。

 世界大戦から終戦にかけて、日本軍の下でコア研究に励んでいた研究者たち。敗戦でアメリカ軍の監視下に入ったが、「少年少女たちが平和の為にコアを使えるように研究する機関」として、学園の形を成して復活したコア研究機関。

「ものすごーく大変だったって、創造主クリエイターは言ってましたー」

「え?」

「だって丸岡さん、もう創造主クリエイターの存在知ってるじゃないですかー。必要なことは教えて構わないと創造主クリエイターは仰ってましたー」

「ただし、僕の口からは出さないことだね」

「はいー」

「それで、大変だったってのはどういうこと?」

「美丘羽根初代学園長はー、GHQに根回ししたりとかー、コア研究者を集めて平和の為にコア研究をするとかー、色々していたらしいですよー。何よりー、私たちコア監視員の存在を隠すのが大変だったとかー」

「どうして?」

「そうじゃないですかー。コア生物をたくさん生み出せるだけじゃなくー、個人個人に作り分けてー、その上でコアの調子を見るー。これってー、独裁国家とかだったら国民を監視できることになりますよねー。気付かれたら初代学園長はどうなっていたか分からないって言ってましたー」

 確かに。千人近い学園関係者全員にコア監視員がいるのなら、独裁国家では反乱やクーデターを真っ先に察知できる。それを逆手に取ることだってできる。そんなコア能力があると知られれば、アメリカ軍は初代をどうしていたか分からない。

「コア監視員ってのは、初代の頃から変わらない?」

「難しいですねー。まず私は三年しか生きられませんからー、教師や教員から聞くしかないですがー、さすがに七十年近く前から学園にいる人間なんていませんしー」

「それもそうか」

「ただー、基本は変わってないと創造主クリエイターは仰ってましたー。コア周波数から監視対象の状態を把握してー、創造主クリエイターにお伝えするー。私たちが監視対象に好意を抱きやすい外見になるのも変わってないとかー」

「…………」

 美丘家と言うのは、創造主クリエイターの才能を持っている一族なのか。

「そうですねー。少なくともー、先代が次代にコア監視員の作り方を教えているのは確実かと思われますー」

 コア能力は遺伝しない。そこらに転がっているコアと同化して、その色に合わせた能力を得る。ただ、近い色とコアキャパシティがあれば、訓練によってコア能力を引き継げることがあるという。

「羽根初代の次、二代目の学園長は?」

美丘みおかつばめですー」

 ココの言うとおりおページを開くと、そこにはやっぱり初代と当代にそっくりな女性の写真があった。彼女は額の真ん中に黒いコアを宿している。

「研究員を教員・教師としてー、実験対象を学生としてー、完璧に表向きは学校という形を作り上げましたー。コア研究施設とコア能力開発施設を学園という隠れ蓑に隠してー、日本トップクラスの研究施設としたのが二代目ですー」

「二代目もコア監視員を創れたの?」

「はいー。コア監視員の作り方は古い言葉で言うと一子相伝ー、次代にしか伝えられないー、極秘の技術と聞きましたー」

 ん?

 ふと、疑問が浮かんだ。

「初代学園長のコア色は?」

「黄色と聞いてますー。もちろん創造主クリエイターだからそれ以外のコアを持っていると思いますがー、さすがにそこまではー」

「二代目は黒だね」

「はいー」

「で、三代目は黄色……」

 同じコア生物の創り方でも、コアの色が最低でも相似色でなければ同じような監視員は作れない、はず。

「今の学園長のコアの色は、黄色と、何か分かる?」

「すみません-、分かりませんー」

 ココは申し訳なさそうな顔で言った。

「私たちコア監視員はコア生物と言っても創造主クリエイター以外の周波数に合わさってるんですー。創造主クリエイターが周波数を合わせようとしない限りー、私たちには創造主クリエイターのコア色は分からないんですー」

 う~ん。

 コアはあちこちに転がってて、相性のいいコアだけが人間に宿る。

 僕の血統はコア色はバラバラ。

 血統で相性のいいコアが決まることはないというのは常識だ。

 なのに、三代続けて同じ能力を持っている?

「二代目、三代目の学園長に兄弟はいる?」

「さあー。創造主クリエイターはご自分のことについてはあんまり語らない方ですしー」

「そうか」

 この学園の歴史は、コア研究の歴史。

 戦争中は、十五歳になる直前の男女と攻撃的なコアを集めて、十五歳になると同時にコアを片っ端から宿させてそれを訓練で戦闘員に仕立て上げたらしい。コア能力はコア主の肉体・精神とは関係ないから、どんな子供でも強力な戦闘員に仕立て上げられる。

 諸外国も似たようなことをやっていたから、この学園の前身だけを責めるわけにはいかないけれど。

 とにかく、この学園ができると同時にコア監視員がいたことは分かった。

 なら、学園と反する勢力がコア監視員の裏をかけるように研究することは不思議ではない。

 緋色……とナナは言っていた。

 緋色のコアを持つ創造主クリエイターは何を考えてコア監視員の目を反らせるコア生物を創り、この学園に送り込んだのか。

 残念ながら学園史にはそれ以上のことは書いていない。学園と敵対する勢力は……コア研究日本一のこの学園に対抗したがる組織があっても不思議じゃない。

「後はあの二人の情報待ちか」

 僕は重い本を持って、閲覧室へと向かった。

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