第46話・動き出した時計

 エレベーターのドアが閉じたと同時に、僕はへたり込んでしまった。

「こ……わかったあ……」

「の割には、ちゃんと学園長の相手できてたじゃないか」

 彼方くんが僕を見下ろす。そこには笑み。

「多分あの時の僕、どうかしてたんだよ……。でなきゃ、あんな怖い人の前で、あんな怖い会話なんてできなかった……」

「ケンカなんてどっちもどうかしてるもんだ」

 彼方くんはすらっと言い切った。

「勝つには、こっちに切り札があるって思わせるのが一番簡単で手っ取り早いんだよ」

「だからの、笑顔ね……」

 エレベーターが急下降していくGを感じながら、僕は学園長の美しくも威圧感のあるあの目を思い出していた。

「学園長が、創造主クリエイター……」

 彼方くんは腕を組んで天井を見上げた。

「この学園をやっていくにはコア監視員が絶対必要。……いや、逆か? コア監視員を創れるからこの学園を作った。となると、おかしいな」

 疑問の声に、へたっていた僕も顔を上げた。

「……何が?」

「この学園は創立七十三年。その時からコア試験は行われていた。つまり、監視員はいたってことだ。七十年前、コア監視員を創ってたのは誰なんだ?」

 正直、誰でもよかったけど、彼方くんは小さく唸りながら考えていた。

「渡良瀬さんにも相談しようよ。調べ物は頭数が多いほどいい」

 そして僕はココを呼んだ。

「よかったー」

 ココは現れるなり言った。

「丸岡さんが追放処分にならなくて、本当によかったですー」

「やっぱり学園長に会うってのは、そう言う意味?」

「はいー。エレベーターが閉じるまで、気が気じゃありませんでしたー」

「じゃあ、僕の言いたいことは分かると思うけど」

「はいー! 渡良瀬瑞希さんのコア監視員に連絡を取りましたー! 中庭にいるそうですー!」

 へたった足を叱咤して立ち上がり、僕は彼方くんを見る。彼方くんは僕より頭一つ背が高いから、どうしても見上げることになる。

「中庭にいるってさ」

「おう」

 すぅ、とGが落ち着いて、静止した。学校棟の一階に到着したんだ。

 ドアが開く。

 そこで立っていた相手に、僕らは驚いた。

「長田先生」

「よかったです、はい……」

 心臓に手を当てて、長田先生ははーっと深く長い息を吐きだした。

「学園長に呼ばれたと報告を受けまして、はい。心配していました、はい」

 しばらく俯いて黙っている長田先生に、何と言葉を返していいか分からなかった。

「なんで心配するんだ」

「言ったでしょう、私があの話をした後に追放された生徒がいたと」

「ああ」

「追放処分を受けたのは、ほとんどがその後学園長に何らかの形でアプローチをかけようとしていた生徒なんですよ、はい」

 エレベーターから出てきた僕たちに歩調を合わせながら、長田先生は安心したように言った。

「それが、学園長直々と呼び出しとあっては……二度と君たちに会えなくなるかもしれない、そう思うと心配でたまりませんでした、はい」

「心配、だけかねえ」

 彼方くんは人の悪い笑みを浮かべる。

「心配、ですが、はい、確かに、彼方くんが想像していることを、私は思っています」

 長田先生は立ち止まり、僕たちの肩に手をかける。

「学園長室に行って戻ってきた生徒は数少ない。ましてそれがコア監視員のこととなると、はい。……学園長は、君たちに何を話しましたか?」

「言えねえ」

 彼方くんは肩にかかった長田先生の手を跳ねのける。

「言えま、せん」

 僕も、申し訳なく思いながらその手を外す。

「絶対に言わないと、学園長と約束したんです」

「それは、学園長に対する話ですか、はい、創造主クリエイターに関する話ですか、はい」

「それも言えねえ」

 彼方くんは素っ気なく言う。

「すいません、言えません」

 僕も申し訳ない顔をして言った。

「言った途端に追放処分を食らうから、言えません」

「はい、そうですか、分かりました。仕方ありません」

 長田先生は目に見えて落ち込んだ。

「また、私なりのやり方で探っていくしかなさそうです、はい」

 肩を落としたまま、トボトボと去っていく。

「……言えないよね」

「カピパラには名指しで言うなって御命令だったからな」

 彼方くんは小さく舌打ちする。

「学園長も警戒してるってことだ」

「……そうだね」

「とりあえず中庭に急ぐぞ」

「うん」

 僕と彼方くん、揃って二人で駆け出した。


「そんな危ない橋を渡って来たの?!」

 裏返った声に、僕は思わずしー、と口の前に人差し指を立てる。

「言ってくれれば、私もついてったのに……」

「言ってる暇さえなかったからな」

 彼方くんは仏頂面で言った。

「とにかく、学園長がコア監視員の創造主クリエイターなのは確かなのね?」

「俺たちにそこにいるすべてのコア監視員を見せるなんて技、コア監視員の創造主クリエイターにしかできない」

「そして、その情報を私に言うことは認めてくれたのね?」

「うん」

 僕は頷く。その言葉が事実なのは、コア監視員が反応しないことで納得できたんだろう。渡良瀬さんは少し混乱しながらも息を吐いた。

「で、渡良瀬さんの手を借りたいんだ。コア監視員がこの学校の設立同時からあったのなら、学園長の前にコア監視員を創る創造主クリエイターがいたはず。今から学園の歴史とかを調べたい。本当は五~六人の手を借りたいけど、今は僕たち三人が限度だ。先代の学園長がコア監視員の本来の創造主クリエイターだった可能性は高い。コア監視員を跳ねのける第三者がいるとしたら、先代・先々代の学園長と何らかの関わりがあった可能性も高い」

「分かった。図書室を調べるのね」

「さ、さっそく行くか」

彼方くんはポケットに手を突っ込んで、図書室に向かって歩き出した。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「へえ。あの三人が」

「一年生でそこまで辿り着けるとはね。切り札のコアを持っているだけはある」

「だけど、まだコアの進化は遂げていない。進化する前に切り替えなければ」

 暗い部屋の中、リモート会議が行われている。

「とにかく、コア監視員の目を晦ます何者かがいるのは確か。それに、あの二人は長田に近しい、あの二人から聞き出そうとしていたし」

「だけどあの二人も馬鹿じゃないから黙っていたな」

「無事に学園を卒業したいならそうするだろう」

「とにかく、コア監視員の穴を探って、そこに共通点があるかどうかを探すしかないね」

「私たちの最終目的の為に」

 ふつっと、ディスプレイが暗転した。

 部屋に電気がつく。

 美丘千鶴学園長は、軽くデスクを爪先で叩きながら考えていた。

「あの一年生三人をどうするか」

美しい指を顎に当てて考える。

「まだ利用価値はある。そうであるなら、泳がせておいた方が無難かしら?」

 そして、ふっと笑みを浮かべた。

「緋色。貴方の思う通りにはさせないわ」

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