第44話・全てを統べる者
彼方くんは自分のコア監視員「チェンジ」を呼び出すと、学園長と会いたいと伝えた。
「……本当に会えるかな」
「会えるとしたら、たった一つ」
彼方くんはぶすっとした顔をして言った。
「さっきのカピパラとの会話を、学園長が聞いていた場合だ」
「え」
言葉を失った僕に、彼方くんは呆れた顔をした。
「だって、そうだろうがよ。カピパラも言ってたろ、学園にはコア監視員が満載だって。そんな状況であいつらがさっきの会話を聞き逃すはずがないだろ。学園長の耳に入って、それが本当にヤバい話なら、学園長は会ってくれるだろうな。口留めか、脅しか、どう出るかは分からないけどな」
その通りだ。コア監視員は本当に監視をしているなら、学園に問題のある思想を持つ人間は当然報告されるだろう。
僕は思わず青ざめた。
「長田先生の立場が、悪くなる?」
「どうだろな」
彼方くんは腕を組む。
「あいつ、今まで何人にも言ったって言ってたろ」
「じゃあ、大丈夫……?」
「さあな。カピパラが言ってたように、本当に何人かの生徒に話してたとして、無事卒業したヤツも追放されたヤツがいたなら、卒業と追放の差は何処にあるか」
「……何処に?」
「それをこれから確認すんだよ」
「……度胸あるね」
「コア監視員がいるところで
僕の顔から血の引いていく音が聞こえるようだ。
「あっちからリアクションがあれば、なんか後ろ暗いことをしているかそれともどうなのかがわかる。それに……」
彼方くんの言葉が途切れ、僕がそっちを見ようとすると、目の前にココが現れた。
無表情、学園からの通達の時の、感情なんてかけらもない顔で。
「学園長がお会いします。案内しますのでどうぞ」
脳みそからも血が引いていく感じがした。
「へえ。こいつこんな顔も出来んだな」
その言葉が右の耳から入って左の耳に抜けていく寸前で、何とか脳みそが拾った。
「彼方、くん?」
「お前のコア監視員もか」
足が震え出した僕と比べて、彼方くんは平然としていた。
「ふん。すぐに会うなんて、よっぽどの事情があるんだろう。あちらさんがどう出るか……楽しみだな」
「た、楽しみって、そんな」
「そんな顔してたら気が滅入るだけだ」
彼方くんは歩き出しながら言った。
「強敵相手だからこそ、勝負は面白いんだぜ?」
無表情のままのココに案内されて(彼方くんはチェンジに案内されてるんだろう)、僕らは学校棟の特別エレベーターに乗り込んだ。生徒は存在知っていても乗れないし、教師でも乗っているところを見たことがない。
そのエレベーターに乗せられるということは、教師でも滅多に出入りできない場所に行くということ。
重圧が一瞬かかって、エレベーターが上昇していく。
逃げようがない個室で、平然と立っている彼方くんはやっぱり度胸があると思う。
「……一体何を話すんだろうね」
僕は低い声で言った。
「学園長様が直々にお会いになるんだから、よっぽど言われたくないことの口留めか、あるいは記憶消去・追放か。さて、どうなるか」
彼方くんは喉の奥でクツクツと笑った。
「……よく笑えるね」
「お前に教えてやるよ、ケンカで勝つ方法」
彼方くんは僕を見てニヤリと笑った。
「笑うんだよ」
その言葉の意味を聞き返す前に、エレベーターが制止した。
学校棟の、恐らく最上階。
入学式……いや、受験の日にチラリと見た顔が、そこにいた。
「ようこそ」
美丘千鶴学園長。
四方をガラスに囲まれた部屋で、学園長は僕らを待っていた。
右目の下に泣きホクロのようにある黄色いコアが眩しい。
「一年生を大急ぎで呼び出すなんてのは、よっぽどの話なんだろうな」
学園長相手でも敬語は使わない。そして彼方くんは、自分で言った通り笑っている。不敵な笑み。
「ええ、よっぽどの話ということは二人とも分かっているわよね」
学園長も笑っている。優雅な笑み。余裕の表情。
「理由は分からないけど、コア監視員について探っていることは知っているわ」
「理由も知ってんじゃないのか?」
彼方くんと学園長の勝負は、既に始まっていた。
「……最初から、話してください」
笑顔で火花を散らす二人の間に割って入るのはすごく緊張したけど、僕は深呼吸して聞いた。
「僕たちをここに呼んだ理由」
「あら、聞かなくても分かるでしょう?」
「そこに間違いがあったら困るはずです、お互いに」
「そうだな、こっちに気付かれないように情報を聞き出そうって魂胆が見え見えだぞ学園長」
学園長に押し返されそうになったのを後押ししてくれたのは、彼方くんの不敵な笑みだった。
「こっちから情報を引き出すんなら、そっちも手持ちの情報を出すんだな」
「そうねえ、でも、立場的にはあなたたちは圧倒的に不利よ? 私は弧亜学園の学園長で、生徒に記憶消去・追放処置を許可できる。一方の貴方たちは一年生。一人は風紀委員だけど、一人は受験の日から私に品行不良な面を見せていたわ」
「学園長って立場で押そうとしても無駄だぜ。俺は弱いヤツはムカつくが、強いヤツはもっとムカつくんだよ」
「あらあら」
クスクスと学園長は笑って、軽く指を弾いた。
「!」
「!!」
パチン、という音で、画面が切り替わったように見えた。
いや、切り替わったんだ。黄色い画面に。
その正体は、何十、何百ものコア監視員。
無表情なまま、僕たちを見ている。
「っ」
息をうまく飲み込めない。
だけど。
こんな状況でも、彼方くんが笑っていた。
「なるほど、分かったぜ」
「何が分かったのかしら?」
「この部屋にこんなに羽虫が群れている理由だよ」
「羽虫って失礼じゃなくて?」
「羽虫じゃなくて何なんだ、この悪趣味なコア生物は」
「彼方、くん?」
僕の声に、彼方くんはニヤニヤ笑いながら言った。
「
僕は目を見開いた。
学園長が……
「その理由は?」
「右目の下の黄色いコア」
彼方くんは真っ直ぐ学園長を指さした。
「コア監視員の連中の着ているのと同じ黄色なんだよ」
「それだけじゃ証拠としては厳しいわね」
「誰がそれだけだって言った」
彼方くんは鼻で笑う。
「俺たちを驚かすつもりでコア監視員の姿を見せたんだろうが、コア監視員は俺たち一人一人のコア周波数に合わせて作られてる。それを指を弾くだけで見えるようにするなんて、全てのコア周波数を把握している
「そうね。一年生としては満点に追加点があげられるわね」
学園長は楽しそうにくすくすと笑った。
「そう。私がコア監視員を生み出す
「つまり俺たちの監視にも使っているわけか」
「だからと言って思想までを捻じ曲げているわけではないわ。もしそうだとしたら長田先生は真っ先に粛清対象となるでしょう?」
よかった。長田先生の立場が急激に悪くなることはなさそうだ。
息を吐きかけた僕の、足が思いっきり蹴られた。
「!」
一瞬笑いを消した彼方くんが、僕のことを睨んでいる。そこには明らかに「表情に出すな」と書かれていた。
そして彼方くんは再び笑みを浮かべて学園長を見る。
「俺たちが粛清対象になる可能性は否定しないんだな」
「そうね、これからの返事次第」
学園長は楽しげに笑う。
「どうして、一年生で、まだ学園のことをよく知らないはずの貴方達が、
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