第42話・可愛いあの子の言うことにゃ

「お悩みですかー?」

 彼方くんも渡良瀬さんも去った中庭。いつココが現れたか覚えてない。多分、考えすぎて気付かなかったんだろう。

「悩み……悩みだね」

「私に話せる話ですかー?」

「いや」

 否定して、もしかして気を悪くさせたかをココを見る。

 渡良瀬さんそっくりの顔は、今は表情もそっくりだった。

 僕を気遣って、心配している顔。

「……ごめん、心配してくれてんのに」

「お気遣いなくー。私は丸岡さんの監視員ですからねー、監視員には話せないことがある、そう言うことは理解していますー」

 ……コア監視員だけには知られては困ること。監視の目から逃れるコア生物。

 一瞬自分のコアに目を走らせる。ナナはまた眠っている。だからこそココが現れたんだろうけど。

「丸岡さんのお悩みは重症ですねー」

「どうしてそう思うんだい?」

「だってだってー、入学した時はあんなに夢と希望にあふれた一年生でー、風紀委員として活躍したのを認められてー。好きな子とも接近できてー、ライバルがいてー、体力不足だって長田先生の追加授業で問題ないレベルから更に上へ行こうとしているんですよー? 学生としてはやりたいことが続々出てきてたまらないはずですー。なのにー、こんな所に一人で悩んでれば、そりゃあ重症のお悩みをお持ちだと思いますよー」

「ココは賢いね」

「そりゃあ丸岡さんの監視員ですからー」

「ココは……」

 聞いてはならないと思った。だけど聞かなきゃと思った。

「僕がもういらないって言ったら、どうする?」

「それは学園を物理的に去るということですかー?」

「う~ん」

「元々、学生につけられるコア監視員は三年の命しかありませんー。監視対象が卒業して学校を離れた時点で用済みですからー」

 用済み、と言った時、一瞬ココの表情に陰りがあったように見えたのは気のせいか?

「コア監視員はそれを承知していますー。だから三年間、精一杯監視対象を監視するのですー。人間の時間以上に私たちコア監視員の時間は短いのですからー、監視対象のため学園のため、精一杯働くのが私の存在意義ですのでー」

「もし、コア監視員じゃなく、人間だったら……とか思うことはないの?」

「思わないですねー」

 即答された。

「そんなこと考えたって無駄なんですよー、丸岡さんー」

「無駄、なのかな?」

「無駄ですよー」

 長くて三年しか生きられないコア監視員は、きっぱりと言い切った。

「もしも、とか、なぜ、とか。考えるだけ無駄なんですよー。過去は仮定しても変えられないしー、未来は仮定するしかないー。もしもあの時、こうしていたら……それは素敵な夢物語ですけどー、現実になることはないでしょうー? もしも未来がこうだったら……それも素敵な未来のお話ですけどー、現在を生きなきゃ望む未来は与えられないでしょうー? 結局、生命は今を生きるしかないんですー。目の前のことを一生懸命やって、未来を引き寄せるしかないんですー。その為に時には立ち止まって考えることも必要ですけどー、もしも、とか、なぜ、とかを考えるんじゃなくて、今何をすれば望む未来が引き寄せられるか、それを考えるのが一番建設的だと思いますよ私はねー」

「今、何をすれば望む未来が引き寄せられるか……」

 僕はココに聞いた。

「なら、望む未来が見えない時は? 八方ふさがりでお先真っ暗、そんな未来しか見えない時は?」

「それを何とかするための思考でしょうー?」

 そうだ、

 僕は忘れていた。

 あまりにも次々色々なことがあり過ぎて、載せられた荷物が重くって、立たされた場所が泥沼だったので、動くことをやめていた。

 だけど、僕以外の全ては動いている。周りは未来を見据えて物凄いスピードで移動している。泥沼から這い上がり、刃の道を走り、手に入れたいものを求めて。

 そんな彼らにおいて行かれないためには、僕も動くしかないんだ。方向は見えなくても、まずは泥沼から這い上がり、周りを見渡して少しでも明るい方へ。途中にどんな困難があっても乗り越えるしかない。

 幸い、僕には助けてやるって言ってくれている人がいる。

 渡良瀬さんは僕の力になりたいと言ってくれた。彼方くんは自分に負けるまで負けるな、と言ってくれた。

 力を借りるのは恥ずかしいことじゃない。恥ずかしいと思って泥沼に沈んでいく方がよっぽど恥ずかしい。

 僕が、今やりたいこと。

 それはまだ見つからない。

 けど、まずはナナが何のために生まれたのかを調べなきゃいけない。本当に僕のコアに宿すために造られたのか、彼女の創造主クリエイターが何のために造ったのか。

 その答えは、多分、そう遠くない未来、飛び込んでくる。

 その時に立ち向かうために。

「ココ」

「はーい?」

「彼方くんと渡良瀬さんに、やる、ってだけ伝えて」

「やる」

「それだけで通じると思う」

「よかったー」

 ココのほっとしたような声に、僕はそっちを見た。

 ココが笑ってる。

「どうしたの?」

「丸岡さんの顔が変わりましたー。ちゃんと顔をあげて私と目を合わせてくれましたー。さっきまでー、私が下がらなきゃ何も見えなかったのにー」

「それは……」

「何かやるのを決めたんですねー? はい、分かりましたー。私には言えないことでも、私は応援しますー」

「応援していいの? 君たちに話せないことだよ?」

「丸岡さんの今の目はー、真っ直ぐ未来を見た目ですー」

「え……」

「まだ見える未来がなくてもー、真っ直ぐ未来を見た目ですー。だからー、私は応援しますー。丸岡さんが望む未来が見える日が来るのを、丸岡さんが望む未来を引き寄せることをー」

 おしゃべりで、おせっかいで。

 僕を監視するためだけに生み出されたコア生物は、僕に未来を教えてくれた。

「ありがとう、ココ」

 僕は見上げて言った。

「君が僕のコア監視員でよかった」

「こっちこそー。丸岡さんの監視でよかったって思ってますー」

 ココは全開の笑顔をした。

「三年で、どれだけ丸岡さんが変わっていくのかー。この一ヶ月で丸岡さんは既にたくさんたくさん変わりましたー。これからどれだけ変わって行けるのか、見守らせていただきますー」

「うん、ありがとう」

「じゃあー、伝言を伝えに行ってきますねー」

 ココが消え、僕は立ち上がった。

 そうだ。まずは多分向こうから接触してくるだろうナナの創造主クリエイターを相手にしなければならない。

 コア戦闘になるかどうかは分からないけれど、そうなったら立ち向かえるようにしておかなきゃだし、体力もまだまだだし、コアの使い方も覚えたいし。

 何だ、目の前にやることがいっぱいあるじゃないか。

 それをこなしていけば、きっと未来は見えてくる。

 僕は、心の中で、本当にあの小さなコア監視員に感謝した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る