第41話・どうすればいいんだろう

 とりあえず、この秘密は今のところは三人だけのものとしておくことで意見は一致した。

 ナナに悪意はない。だけど、ナナの創造主クリエイターが学園に悪意のある人間だった場合、ナナと同化した僕を利用して何かをするかもしれない。だけど、そんなことを例えば御影先生に相談したら、コアからナナを切り離す手段を考えてナナを調べ尽くそうとするだろう。それじゃ気持ちが落ち着かない。

 コア監視員を遠ざける能力を持ったコア生物と同化している、と話せる相手は少ないことが否応もなく分かった。

 僕の知っている先輩、八雲一、百先輩は信頼できる人だろう。でも、一先輩はともかく、百先輩は風紀委員長だ。コア監視員を使って学園を守ることを任務としている百先輩に話したら、学園に何かが仕掛けられていると判断して生徒会なんかに報告するだろう。あの先輩はそう言うところ真面目だから。

 彼方くんが唯一挙げたのが、長田先生だった。カピパラ呼ばわりしている割には、自分の担当教員である和多利先生より信頼しているらしいのが意外だったけど、確実に自分を強くしてくれているのを認めているんだろう。

 他の心当たりは……というと、ない。

 一年生三人じゃ、信頼できる上級生や教師、コア医、教員はなかなか判断できない。それも、学園を狙っているかもしれない陰謀に巻き込まれているなんて知ったら。

「……渡良瀬」

 考え込んでいた彼方くんは言った。

「お前、風紀委員の任務中はできるだけ丸岡に貼り付いてろ」

「……どうして?」

「お前の能力は他者鎮静化、問答無用で無力化することができる。例えばコア生物に精神をいじられて丸岡が暴走しそうになった場合、お前の力が絶対に必要になる。同じ風紀委員だから貼り付いているのも可能なはずだ」

「でも、それ以外の時間は?」

「俺が貼りつく」

 真顔で言った彼方くんに、僕も渡良瀬さんも言葉を失った。

「変な顔している場合じゃないだろう。寮内と追加授業は同じだ、お前より貼り付く時間は長いだろう」

「でも、彼方くんがそこまでする必要は……」

「お前は俺に勝った」

 彼方くんは本当に、嘘も何もない顔で言った。

「これから先、俺が勝つまで、お前には何にも誰にも負けちゃいけないんだよ。お前を負かすのは俺だけだ。それまでお前はひたすら勝ち続けて、本気の俺の挑戦を本気で受けなければならない」

 多分、彼方くんなりに励ましてくれているのだろう。

 自分が勝つまで、負けるな、と。

「ご、ごめんなさい……」

 小さな声にみんなで見ると、小さな小さな生き物がふるふると震えていた。

「わたしが……仁さんを頼ったせいで……私の創造主クリエイターがわたしを追い出した理由をちゃんと聞いてれば、わたしが仁さんを頼らなければ、皆さんがこんなに悩む必要なんてなかったのに……」

「全くだ」

「ちょ、彼方くん!」

「でも、お前たちコア生物は創造主クリエイターに逆らえないんだろうが。別にそのことでお前を責める気はない。俺が文句を言ってぶん殴りたいのはお前じゃなくお前の創造主クリエイターだ」

「何を考えてナナを追い出したか分からないものね……」

「ついでに言えば毎日こいつの調整をしていたって言うがどんな能力を付与していたのか分からない。今のところ丸岡に害はないようだが、いつが出てくるかもはっきりしない。事情を知っている誰かが傍にいなきゃヤバいだろう」

 何だか僕を置いてけぼりで話が進んでいるような……。

「で? お前はどうするんだ」

 それまで置いてけぼりだった僕に話を向けられ、僕は一瞬言葉を失った。

「俺たちはこれだけやる気でいる。残るは一つ、お前のやる気だ」

「ぼ、くの?」

「彼方くん?!」

「そうだろう、こいつが俺や渡良瀬に一緒にいられるのが嫌だって言うなら、今まで俺たちが考えていたことも撤回だ。お前がどうなろうが、お前が助けてくれって言わない限り助けないし助けられない。それは分かるだろうが」

 分かる。渡良瀬さんや彼方くんがどれだけ僕のことを心配してくれているか。僕の為にどれだけの手間をかけようとしてくれているのか。どれだけ厄介ごとに首を突っ込もうとしてくれているのか。下手をすれば学園を巻き込むような波乱の中に飛び込もうとしてくれているのか。

 だけど……。

「僕は……」

 ……それ以上、言葉が出てこない。

 僕はどうしたいのか? 僕は何ができるのか? 僕は何をしたいんだ?

 分からない。

「ごめん、答え、ちょっと待ってくれるかな」

「丸岡くん……」

「チッ、コア戦闘以外じゃ腑抜けなんだな」

 彼方くんは忌々しそうに舌打ちした。

「時間は、いや、ないぞ。分かってんのか?」

「分かってる。だから、考える。このまま流されれば、きっと決断の時にそれを決められないと思うから」

「ふん」

 彼方くんは鼻を鳴らして立ち上がった。

「決めたら俺の黄色いのに連絡寄越しな」

「覚えてて、丸岡くん」

 背を向ける彼方くんを見て、渡良瀬さんも立ち上がる。

「私は丸岡くんの味方でいたいと思う。受験の時、助けてくれたのは丸岡くんだから。でも、丸岡くんが何をしたいかはっきりしなきゃ、何の手助けにもなれないのよ」

「……うん」

 渡良瀬さんも去って行って、残ったのは僕とナナ。

「ナナ、コアに戻ってて」

 僕は声をかけた。

「仁さん」

「あんまりコア監視員の目がないと疑われるから」

「はい。……あの、ごめんなさい」

「謝る必要はないよ」

 僕の笑いは苦かった。

「多分、何処かで考えなきゃいけないことだったから」


 子供の頃は、コアを手に入れたら順風満帆な未来が待っていると思っていた。

 憧れは炎の赤。でも太陽の黄色もいいなと思っていた。青もカッコいいし緑も素敵だと思っていた。

 そして十五歳の春。その時はベージュ色だと思っていたコアを手に入れた。絶望した。これで僕の未来は終わりだと、夢も何もかも消えたと、そう思っていた。

 受験。それまでうんともすんとも言わなかったコアが急激に発動して、僕は受験に合格した。

 コアが手に入れば望むものは何でも手に入ると思っていた。

 レアとも呼ばれる原色のコア。強いコアを手に入れて、弧亜学園でそれを鍛える。そうすれば一生安心だと思っていた。

 そして、今。

 みんなが僕のコアは特別だという。激レアだという。

 そして、コア戦闘には強いと思っている。

 だけど、僕自身は何一つ手に入れていないことを思い知らされた。

 体力には多少自信はついたけど、コピーしなければ何も使えない、謎のコア生物が宿ったコアがなければ、僕には何にもない。

 コア。

 コアって一体何だろう。

 研究者すら未だ生物なのか物体なのか分かっていない

 現代社会はコアを中心に回っていて、その研究をする弧亜学園は国にも発言権を持っている強力な組織でもある。

 そんな組織に関わるかもしれない大きな渦が出来ていて、僕はその真ん中、ちょうど台風の目の中にいる。

 今は無風だけど、それは一時の安心でしかない。空気が動き出せば一番その影響を受ける場所。

 その場所に一緒に立ってくれると、渡良瀬さんと彼方くんは言ってくれた。

 だけど、本当にそれでいいのだろうか。

 あの二人を巻き込んで助かるだけの価値が、僕にあるんだろうか。

 分からない。

 分から……。

 ふと、目の中に黄色が飛び込んできた。

 黄色い衣装に蝶のような半透明の翅、渡良瀬さんにそっくりの……。

「……ココ」

 小さな監視員が、僕の目の前にいた。

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