第40話・彼方くんの判断

「お前がナナか」

 いきなり初対面の彼方くんに言われて、右手の甲の上に立っているナナは明らかに怯えた。

「大丈夫、悪い人じゃないから。いい人……かなあ」

 渡良瀬さんがフォローしようとしてフォローになっていない。

「俺がいいヤツだろうと悪いヤツだろうと今は関係ないだろ」

 彼方くんはぶすっとしたまま言った。

「聞きたいのは、お前が何者か、って言う話だ」

 いきなり本題を突き付けられて、ナナは僕と渡良瀬さんを交互に見る。

「え、えっと、何者って、どういう、意味でしょう」

「何のために生まれたコア生物か。どんな能力を持っているのか。どうしてコア監視員とかに見えないのか」

 指折り数えて、とりあえず今はこの三つ、と彼方くんは言った。

「わたしの生まれた理由は、分かりません……」

 ナナは落ち込んだ顔で言った。

「何のために、何を思ってわたしを創ったのか、創造主クリエイターは一言も仰ってくれませんでした……。わたしを調整する時も、わたしには説明もなく、力の使い方も教えてくれませんでした……。だから、わたしが答えられるたった一つの答えは、何故コア監視員に見つからないかだけです」

 ナナは一瞬僕を見上げた。

「仁さんに以前言った通り、創造主クリエイターはわたしとコア監視員のコア的位相をずらしたと言っていました。同じ位置にいないから、見えない。また、創造主クリエイターはわたしの周波数にコア監視員が知らないうちに離れたくなってしまうというパターンを組み込みましたので、こうしてコア主に二十四時間付き従うコア監視員をそれらしい理由をつけて引き離すことができます。コア主に見えなくする方法は透明化するだけなので、簡単なんですけど」

「つまり、今お前は薄く見せているわけか?」

「あ! 申し訳ありません、すぐ見えるようにします!」

 すっとナナの輪郭がはっきりしたものになった。

 僕たちにも見えてたけど、今よりしっかり見えた。

「一度わたしの姿を見たコア主は、コア周波数がわたしとリンクするようになっているんです。だから一度わたしを見れば見逃すことはありません。……でも、最初に会った時、わたしは姿を消していたのですが」

「ふん」

 彼方くんは鼻を鳴らした。

「コア監視員に見えなくすることで、何の得があるんだ」

「分かりません」

「分からないばかりだな」

「ごめんなさい……!」

 小さくなるナナを前に、彼方くんはしばらく考え込んで、そして口を開いた。

「お前の色は、もしかして、透明か?」

 え、と渡良瀬さんが目を丸くし、僕はその意味が分からず、ナナだけが大きく頷いた。

「は、はい! わたしのコア色は透明です!」

「やっぱりか」

「どういう意味?」

「知らないのか」

 呆れたように彼方くんは言った。

「コアに固有色があるように、コアから生み出されたコア生物にも固有色があるんだよ。基本的にコア監視員が黄色いようにな。そしてこいつには色がない」

「でも、黄色いよ?」

 黄色い服に黒い髪、トンボのような翅……。

「俺たちがコア監視員から連想したからその色になっただけで、本来はどんな色にもなれるんだ、そうだな?」

「はい、その通りです!」

 ナナは喉元で拳二つ作って頷いた。

「だから、創造主クリエイターは言っていました。お前は何色にもなれるのだから、だからこそ他の色に染まってはいけないって」

 確かに、僕たちは空から何か落ちてきた時、コア監視員だと思った。

 だから、黄色く見えたのか?

「透明だから、透明コアの丸岡の所に来たのか?」

「いえ、初対面は偶然です。空を飛んでいて、体力が急激に低下して……」

 チラリと彼方くんが僕を見たので、僕は頷いた。

「お前の固有色はとりあえず後回しだ。お前はどうしてコアに同化できる? コア生物はコア周波数を同調させてエネルギーを得るのに、どうしてお前は同化しないといられない?」

「分かりません」

「部分的に分かることは」

創造主クリエイターのコアに同化していた時は、わたしは色をまとっていました。緋色です」

 緋色のコアを持つ創造主クリエイター

創造主クリエイターは、わたしに相応しいコア主はいないと言っておられました。わたしも創造主クリエイターのコアの中にいる時は、何だか……そうですね、人間っぽく言うと、知らない人の家にいるような感じです。それで、創造主クリエイターに追い出された時、惹かれるようにわたしは仁さんの所に飛んでいきました。そこへ行けば、仁さんなら、助けてくれる、そう思って」

「で、透明コアに同化して、お前はどうなった」

「同化した時、わたしはコア分解しかけていました。このまま消えてしまうのかと……覚悟していました。だけど仁さんがコアの中に入れてくれました。透明の、何色にでも染まるけれど何色にも染まらない中は、わたしと親和性が高くて、疲れ果てていたわたしに力を与えてくれましたけど、同時に……このまま意識が溶けていきそうな感じになりました。人間で言うと、疲労して柔らかいベッドで眠るような……そんな感じです、分かりますか」

 ナナのいっしょうけんめいな説明に三人揃って頷く。

「このまま異物じゃなくて同化できればいい……そう思っていましたが、時折色が入ってくることがありました」

「担当授業とかのコアコピーの時?」

「おそらく、そうです。その時はわたしも素直に色を変えて、また透明に戻るのを待っていました。でも、違うことが起きました」

 ナナはふ、と小さく息をついて、続きを話す。

「染まっているのに、もう一つの色が入り込んでこようとしたんです。このままじゃ濁ってしまう、そう思ったわたしは、最初にあった色をわたしの外に溶け込ませ、もう一つの色をわたしの中に入れました。色が混ざることなく、透明に戻ったので、もう安心だと思って、また、眠りました」

「この間の不法侵入の一件か」

 彼方くんは少し考えた。

「つまり、お前は、丸岡のコアと同じような能力を持っている、そう判断していいのか?」

「多分……ですけど。ただ、仁さんのように、コアの力を発揮することはできません。わたしが染まった色の力を放出するのは、コア主である仁さんしかできないんです」

 彼方くんはしばらく考え込んでいたけど、ポツリと呟いた。

「まるで、丸岡の為に創造したようなコア生物だな」

「え?」

「分かってないのか? 本気で?」

 彼方くんは呆れたように僕を見た。

「コア色が透明ってのは、世界広しコア歴史長しと言えども、多分お前だけだ。何色にもなるけど何色にもならない。コピーって能力もお前一人だ。そのコピーをコントロールして二つ以上の能力の同時使用をできるようにする、なんて、お前専用に創造されたコア生物としか思えないんだよ」

「確かに……透明って、色じゃないわよね。コア色が力の方向性を決めるなら、透明って力の方向性がないって意味だもの」

「ナナが……僕専用に?」

「チッ、厄介ごとに巻き込まれたな」

「彼方くん、それは」

「分かってる。俺は自分からこの話に加えろと言い出した。だから今更知らんぷりはしない。だけどな丸岡、お前、自分がどんな状況にあるか分かってんのか?」

「分かってんのか、って、言われても」

「バカ、お前、学園と敵対しているかもしれない創造主クリエイターにコア生物を与えられたのかもしれないんだぞ」

「学園と……敵対?」

「コア監視員に姿が見えないなんて、それしか考えられないだろうが。この学園にコア監視員の目の届かない所はない。それが、監視を外し、近寄らせない能力を持ったコア生物がいるなんて、学園と敵対している創造主クリエイターに決まってるだろうが」

 やっと、彼方くんの言いたいことが腑に落ちた。

「ナナは……僕に何かをさせるために学園に送り込まれた?」

「コア生物は基本的に嘘をつけないって言うから、最初の出会いは偶然だったんだろうな。だけど今は違う。創造主クリエイターに捨てられたと判断したコア生物は自分からお前の所に来た。お前と同化した。学園の中でそれを知っているのは俺たち三人だけだ」

「先生に相談した方がいいと思う?」

「やめとけ」

 彼方くんは渡良瀬さんの恐る恐るの提案を一蹴した。

「俺たちはともかく、コア監視員に認識できないそいつと同化した丸岡がどういう目に遭わされるか分からない。透明ってだけで教員共が大騒ぎしたのに、コア生物の影響で二色を同時コピー使用できるなんて知れてみろ。下手すりゃコア監視員の創造主クリエイターのお出ましになる。コア研究はコアだけじゃなくコア主まで研究対象だ。創造主クリエイター程の研究者がどんな実験をするか、想像したくもないぜ」

「……丸岡くんとナナちゃんのことを考えると、今は黙っていた方がいいってこと?」

「今はな。そのうちあっちから接触があるはずだ」

 彼方くんは腕を組んだ。

「研究に夢中になるタイプの教師や教員には話さない方がいい。カピパラ……長田のヤツなら、まだ相談できる可能性がある。あいつは気に入った生徒には力を貸したくなるタイプだから、気に入りの丸岡がそう言うことに巻き込まれたと知ったら協力してくれると思うが……他のヤツは厳しい。……教師を見る目を変えた方がいいな。味方になってくれるか、くれないか」

 彼方くんは、予想以上に強力な味方になってくれた。

 僕と渡良瀬さんだけだったら辿り着けなかった解答を解いて見せた。

「彼方くん、ありがとう」

「俺がお前に勝つためだ。そんな反則級のコア生物で勝てなくなるなんて嫌に決まってるだろ」

 そして彼方くんはまた思考の淵に沈んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る