第37話・とりあえず報告する

「あの子が?」

「うん」

 あれから数日が経って、日曜日の自由時間、僕はココに頼んで渡良瀬さんを学校棟の中庭に呼び出した。

 ちなみに、ココも渡良瀬さんのコア監視員もには立ち入らないと親切なんだかお節介なんだか分からない理由をつけて姿を消している。

 助かるんだけどさ。

「今はこのコアの中にいる」

「分かるの?」

「分かるって言うか……コアの一部が変質したみたいな、そう言う感じを受けるんだ。違和感ってわけじゃないけどコアが微妙に変化したって言うか……。だけど、御影先生は気付かなかった。つまり、僕の違和感はデータとかでは把握できないってわけだ」

「中に異物がいるのに、色は全然変わらないのね」

「うん」

「分からないなあ……」

 渡良瀬さんは唸った。

「彼女、学園の関係者に見つかったらダメって言われてたのよね」

「うん」

「コア監視員には気付かれないよう調整されたって、言ってたのよね」

「うん」

「それだけ特殊能力を持ったコア生物を、いらないなんて理由で抹消せず捨てる創造主クリエイターなんているのかしら」

「僕も分からない」

 こっちも唸るしかない。

「ナナ……彼女の話だと、創造主クリエイターに「もういらない、優しい人に助けてもらえ」って言われて追い出されたとしか」

「まあ……コア生物愛護法ってのは存在してないものね……」

 コア生物は人工的に作られた生命体。自我を持っているとはっきり言い切れるコア生物は弧亜学園の他にはほとんどいないから、法で守る必要がない、ということになっている。

「彼女は今、眠ってるの?」

「そうみたい」

 僕のコアの中にいるナナは、僕の精神回路と直結しているらしく、意識の中に別の意識がある。自分の内側にもう一つの生き物がいるという感覚はなかなか慣れない。

「コアと同調してないと生きてけないらしくて、僕の所来るまでに相当消耗してたみたいなんだ。僕と喋ってる途中に消えかけたんで、慌ててコアをくっつけたら」

「中に入ってきた、ってわけね」

「そう。そのまま消えてくのを見てたら、絶対あとで後悔するって思ったから……」

「私でもそうするわよ、困って頼ってきたコア生物を見捨てるなんて、後悔しないわけがないもの」

 渡良瀬さんがそう言ってくれたので、僕はようやく一息ついた。

 僕の判断が正しかったのか間違ってたのか、誰にも分からない。

 だから、同じ秘密を共有する渡良瀬さんが、自分だってそうすると言ってくれたのは、本当に安心した。

「でも、本当、何のために作られたのかしら」

「実験の為だったら、絶対失敗作を外に放り出すなんて真似はしないよね」

「それはちょっと……心配ね」

「うん、ナナが何者なのか分からないのは心配で……」

「心配なのはナナじゃなくて丸岡くんよ」

「え?」

 目が丸くなるのは自分でもわかった。

創造主クリエイター不明のコア生物……学園関係者もコア監視員って言うコア生物を連れてるからあんまり言えないけど……とにかくそう言うのを受け入れて、何か問題が起きたら、真っ先に巻き込まれるのは丸岡くんよ」

「え、僕の心配?」

「そうよ。決まってるじゃない!」

 顔が赤くなるのが自分でもわかった。

「コア占いって知ってるよね」

「うん、コアの色でコア主の性格が分かるって言う」

「私も詳しくはないけど、無色透明で何色にも変化するコアの持ち主の丸岡くんは、多分、何にでもなる……なれる。でも、どんな色にも染まるってことは安定しないってことよ。受験の時も、風紀委員の時も、先生に頼まれて彼方くんと戦った時だって、是非にと頼まれてノーって言わずにやって来てるじゃない」

「そう言われると……何とも言えない……」

 頭を掻くしかない。

 僕は僕自身の選択で戦ったことがない。

 受験の時も、それがないと落第するから戦った。

 三年生のコア戦闘に割って入った時も、風紀委員が他にいないからだった。

 彼方くんと戦ったのは、和多利先生に頼まれたからだった。

 流されるままに戦ってきたとしか言えない。

「確かに丸岡くんはすごいよ? コア戦闘では彼方くんと一対一で勝てるほどなんだから、一年の中じゃトップクラスかも知れない。でも、どうしたって私たちは一年生。上級生や……創造主クリエイターの称号を持つコア主を相手にできるわけない」

 分かってる。

 創造主クリエイターとは命を創り出すという奇跡を実現するコア主。それだけでもすごいのに自我や同じコア生物に認識されないって言う特殊能力を与えることができる存在は、文字通り雲の上の人だ。同じ土俵に立てっていう方が無理な相談だ。

「せめて、誰が敵で味方かが分かればなあ……」

「それは丸岡くんにとって? ナナちゃんにとって?」

 更に言葉を重ねられて、僕は言葉を失う。

「ナナちゃんは可愛くてかわいそうな子だけど、ナナちゃんの味方だから丸岡くんにも味方なのかは分からないのよ」

「…………」

「逆もね。ナナちゃんにとって敵だから丸岡くんにとって敵だとは限らない。コア監視員って言う前例があるじゃない。ナナちゃんにとっては知られてはならない相手だけど、コア監視員は学園にいる限りいなきゃいけない必要な存在。そんなコア監視員に知られたら困るコア生物が、学園と敵対する可能性は大きいわ」

「そこまで考えてなかった……」

 やっぱり、と渡良瀬さんは溜め息をつく。

「とにかく、ナナちゃんのことは私と丸岡くんの間だけの秘密ってことにしておくしかないわね。ナナちゃんの為にも、丸岡くんの為にも」

「ごめん、渡良瀬さん、ありがとう」

「いいのいいの」

 渡良瀬さんは立ち上がって服をはたく。

「ナナちゃんが目を覚まして、お話できるようならまた呼んで。すぐ行くから」

「でも、渡良瀬さんも風紀委員で忙しいのに」

「丸岡君ほど切羽詰まって忙しいわけじゃないもの。追加授業受けてるわけでもないし、私の方が時間はある。同じ一年生で同じ風紀委員で、同じ秘密を共有してるんだから、情報はこまめに交換しないと」

「うん、ありがとう。……すごく助かる」

 渡良瀬さんはニコッと笑って手を振って中庭を出て行った。


 さて、と。

 僕も立ち上がって体を伸ばした。

「お二人のお話は終わりましたか?」

 ココがひょっこり姿を現した。

「なんで渡良瀬さんと話してる途中になると消えんの」

「そりゃあ、に口を挟むようなことはしませんから!」

 の意味を勘違いしてくれているのはありがたいけど、……多分コア監視員の情報では僕と渡良瀬さんは付き合っていることになっているんだろうなあ……。を持ってよく話してるとくれば、内容が分からなきゃどう考えたって付き合っているようにしか思えないもんなあ。

 その時、不意にココが無表情になった。

 それは学園の組織からの緊急通報。

「風紀委員会からの緊急連絡です」

 僕の表情も一瞬固まった。

 風紀委員会からの緊急連絡は、校則違反……それもすぐ止めなければヤバいことになっているから何とかしろ、の意味。

「校門近くで無許可のコア戦闘が行われようとしています。一番近くにいる風紀委員は丸岡さんのみです。コア戦闘を停止させてください」

 行かなきゃ。

 校門近くってことは、下手をすると外部からの侵入者の可能性もあると八雲風紀委員長も言っていた。コア育成とコア戦闘では世界でも五本の指に入る弧亜学園にはその秘密を狙う人もいる。時には高校生にコア戦闘を教えるのは反対だという人が押しかけてくる場合もある。

「すぐに行くけど、駆け付けられそうな風紀委員にも連絡して」

「了解しました」

 僕は校門に向かって駆け出した。

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