第36話・かくまって

「僕のコア?」

 コア生物は頷く。

「そこに入り込める可能性があるんです。コア生物はコアと同調することはご存知ですよね」

「そりゃ、コア監視員を連れてればね」

「わたしはその一歩上、コアに同化ができるんです」

「同化って、このコアと一つになること?」

 こくりと頷くコア生物に、僕は唸った。

「君、コア監視員から逃げてるんじゃなかった?」

「はい。気付かれないように調整したと創造主クリエイターは仰っておられました」

「僕にコア監視員がいるのは知ってるんだよね。僕のコアと同調しているコア監視員がいるって」

 何故か今は僕の傍にはいないけど。

「はい、創造主クリエイターがちょっと弄って、わたしが望む間、コア監視員が近くに来なくなるようにしたと言っていましたから」

「え? じゃあ、君がココをとりあえず傍から離れるように仕向けたってこと? 僕に会うために?」

「はい……創造主クリエイターは仰ってましたから……お前の存在は学園の者に、特にコア監視員に知られると困るからって」

「???」

 考え込んでしまう。

 彼女の創造主クリエイターは、監視員に見られて困るコア生物を、何を考えて追い出したのか。

 失敗作だというなら、コアの力に戻してしまえばいい。

 創造主クリエイターと呼ばれるコア能力者は自分のコア生物にプライドを持っている。失敗作をそのまま放置どころか追い出すなんてはずがないし、失敗作なのにコア監視員を近くに寄せ付けないという蚊取り線香のような(これはココにも彼女にも失礼か?)能力まで植え付けてあるコア生物を学園に解き放つなんて。

「……言っちゃダメだと思うけど、敢えて聞くね。一人で生きてくって選択肢はなかったの?」

「ひとりでは、生きていけないんです」

 彼女はしょんぼりした声で言った。

「コア生物は、基本的に誰かのコアに依存して生きてるんです。コア監視員がコア対象のコアに依存しているように。わたしはこれまで創造主クリエイターのコアに力をもらって生きていました。追い出された今、早くコアと同化しないと、コア分解を起こしてしまって消えてしまいます……」

 それはあんまりな話だ。生まれて生きて来たのに見捨てられて消えるなんて。

 でも……。

「コアに同化するって、いくら何でも同調してるココが気付かないはずないだろ」

「気付きません」

 彼女はきっぱりと言い切った。

「わたしは、コア監視員と位相がずれているんです。だからコア監視員は私を認識できません」

「位相?」

「いる場所が、違うってことです。人間に分かるように言うと、ええと、マジックミラーでできた箱の中にコア監視員がいて、わたしが外から見ているのかな、わたしからは見えるけど、箱の中って言うずれた世界にいるコア監視員には見えないしわたしがいることすら気付かない、そう言うことなんです」

「んー、バレるとしたら、僕と喋っているところを見られて、何かがいるって気付かれること、なのか?」

「はい……」

 しょんぼりしている彼女を見捨てるのは人でなしみたいでいやだ。

 だけど、ココに気付かれずにいられるものなのか。コアの同調と同化ってどう違うのか。

 悩んでいる間に、ある事に気付いた。

「! 君、薄く……!」

 半透明の羽はほとんど枠だけ残して透明になっているし、身体も薄く見えてきている。

「あ……説明……長すぎて……」

 ゆっくり、ゆっくり、彼女が薄っぺらくなってくる。

 ここで見捨てたら。

 多分、僕は、後悔する。

 彼女はコアと同化すると言っていた。コアから力を得ると言っていた。なら。

 僕は右手の甲、透明のコアを彼女に近付けた。

 一瞬、何かがチカリと光ったように見えた。

 薄い薄い彼女の姿が、スゥッとコアに吸い込まれた。

 右手のコアを覗き込む。

 透明のコアには何も見えない。

「大丈夫……大丈夫?」

(はい)

 声は耳ではなく脳みそで受け取った。

(ありがとうございます。助かりました……)

 眠そうな響きが脳に伝わる。

 無事だったんだ……。

(はい……でも、力を失ってしまっているので、しばらく休ませてください……)

 それは構わないけど……。

 名前をつけなきゃ。

(なまえ、ですか……?)

 そう、名前。

 ココと区別するためにも、何か名前をつけなきゃ紛らわしくて仕方ない。

(お好きな、ように、よんで……)

 名前がない……名がない……名無し……。

 ナナ。

 ナナって名前でどうかな。

(ナナ……)

 薄れかけている彼女の意識が、それでも確実に喜びの色を宿していた。

創造主クリエイターにはお前、としか呼ばれませんでした……他に区別する対象がなかったから……でも、仁さんはわたしを他者と区別する必要があると感じたんですね……)

 ゆっくりと、意識が僕の心の奥に沈み込んでいく。

(ナナ……ナナ……わたしは……ナナ……)


「戻りましたよー」

 ココが戻ってきたのは、ラジオ体操第二に差し掛かった頃だった。

「どこ、いって、たんだ、よ」

 体操をしながら聞く僕に、ココは悪気も悪意もない声で言った。

「ミャルさんとお喋りにー」

「コア、監視員、同士は、意思、疎通が、できるんじゃ、なかったっけ?」

「そりゃお喋りしたい時もありますからー」

 なるほど、本当にナナの存在に気付いていない。

「丸岡さんも随分変わりましたねー」

「何が?」

「体力」

 意外な変化球に僕は思わず体操の手を止めてしまった。また一からやり直した。

「体力?」

「はいー。この一ヶ月で随分上昇しましたよー。高校一年生としてはFプラスだったのが、Cマイナスくらいにまでランクアップしましたからー」

「ちょっと、待って、コア監視員って、監視対象の、肉体変動も、ランク化、できるの?」

「できますよー? 学校独自の判定基準があって、基準に合わせてランクにするんですー」

「ちなみにFが最低として、最高は?」

「Aの上にSとSSがありますー」

「まだまだ、上には上が、って、こと、か」

「ちなみに彼方さんは現在Cプラスですー」

「同じ、C、ランクでも、マイナスと、プラスじゃ、違うって、こと?」

 第二が鳴り終わり、僕は即座に再生を押す。

 第一を最初からやりながら、僕は聞いた。

「コア、監視員って、精神状態も、把握、できるん、だよね」

「はいー」

「それって、心の、中が、読まれるって、こと?」

「いいえー。違いますー。脳波を測定してー、動揺しているとか焦ってるとか今話されたくないとかー、大雑把な感情を読み取るんですー。いくらコア監視員が優秀でもー、心の中までは読めませんよー」

「なら、安心、した」

「これが終わったら、ちゃんとクールダウンして、お風呂入ってくださいねー」

「分かって、るよ」

「はい頑張れー。頑張れー」

 この様子では、ナナのことに気付いてはいない。

 コア主の肉体のエネルギーを受けるのがコア監視員なら、ナナは恐らくコア周波数からエネルギーを受け取っている、のか?

 どうも話が難しすぎてよく分からない。

 とりあえず、今眠ってるナナが目を覚ましたら、渡良瀬さんに連絡とって、ナナのことを説明して……。

 何だか学校生活以外のことで忙しくなりそうだ。

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