第35話・捨てられた子

 変な名無しのコア監視員もどきと出会ってから、時は特に何事もなく過ぎ去った。

 風紀委員会の言い伝えでは一年生が入って一ヶ月が勝負らしい。

 受験とコア試験に合格する生徒の中には、お山の大将と呼ばれる連中がいる。彼方くんのように、中学校で勉強一番コアも強いという人が、弧亜学園でもそれが通用すると思って生徒がいる。

 それをどうにかするには、上には上がいると思い知る必要がある。

 一番手っ取り早いのが、風紀委員にやっつけられること。

 だからこの時期は、新人風紀委員が走り回ることになる。

 一年生はどれだけ強がっていても、本気のコア戦闘に不慣れ。コアの使い方や戦闘に長け、風紀委員に選ばれるだけの実力を持った二・三年生相手に勝ち目はない。ただし、ただ勝つんじゃなくて、鼻っ柱をへし折ってやるくらいの完勝をしなければならないのだとか。

 彼方くんが長田先生や僕に完敗して、真面目に授業や追加授業を受けだしたように。

 そう言う生徒は毎年二桁はいるらしく、戦闘能力的に経験の浅い新人風紀委員が新入生更生の為に働くというわけだ。

 こうして一年生には、上級生は強く、努力しないと上に行けないということを学ぶのだという。

 ……一年生委員の僕と渡良瀬さんは、一日目のMVCを取ってから、特に働くこともなかったけど、同級生は上級生に倒された風紀委員と同じレベルと思ってこっちを見るようになるので、校則違反の生徒を見つけることもなく、割と平和になった。

 その嵐の一ヶ月が終わる直前、四月も終わりに近づいたある日。


 男子寮の自室に入って来て、ドアを開けた途端、僕の心臓は跳ね上がった。

 ドアを開いて自動で電気がついた部屋の中。

  しくしくしく……しくしく……。

 泣き声?

 ちょっと待て、この声、女の子だよな。ここ男子寮だよな、男子寮に女の子はいることはないんだよな。なのに女の子の声だよな。一体誰だ、まさか心霊現象とか……?

 どんどん怖い考えになっていくのを一度深呼吸して無理やり落ち着かせて、部屋の中をじっくりと見回す。

 窓際から泣き声が聞こえる。

「ひっく……うう……ひぃう」

 小さな黄色い光が見えた。

「あ! 君は! ええと、あの……」

 何て呼べば分からずそれ以上言葉は続かなかったけど、泣き声の主には届いた。

「仁さん、……ひっく、わた、しのこと、覚えて、いて、くれた……」

 名無しのコア監視員もどきだ。

 確か、創造主クリエイターに許可を取ったらお礼に来ると言っていたけど、まさかずっと待ってたとか。

「ごめん、遅くなって、君が待ってるって知らなかったから」

「違うんです……ひっく」

 彼女は拳で涙を拭いながら、否定した。

「……何か、あったの?」

創造主クリエイターが……創造主クリエイターが、二度と戻ってくるなって……!」

 ええ?

「ちょっと待って、君コア生物だよね、創造主クリエイターがコア生物を捨てるなんてことがあるの?!」

 コアと自分の精神力を限界まで削って生み出したコア生物……しかも自我があり感情がある彼女を捨てるって、ちょっとあり得ない。

 コア生物はしゃくりあげて続けた。

「お前は失敗作だから、二度と自分の前に現れるなって……。優しくしてくれる人の所に置いてもらえって……!」

 いやちょっと待て犬猫捨てる(いやもちろん犬猫も絶対捨てちゃいけないんだけど!)感覚でコア生物を捨てた?

 そこで僕はこの間御影先生に聞いたある事を思い出した。

「君の創造主クリエイターは、君を抹消しなかったの?」

 コアから生み出した肉体と精神をコアに戻す抹消。強大な力を使って生み出したコア生物なら、抹消して自分の力にした方がいいのに。

 一体……。

「分かりません……創造主クリエイターは何も言ってくれなかった……ただ、私の前から消えろって……」

「ちょっと待って、君、僕たちに姿が見えたこと話したりした?」

「私たちは創造主クリエイターには嘘はつけません……きちんと報告しました……わたしが途中で体力切れで落ちたことも、仁さんと今はいない瑞希さんに姿を見られたけどコア監視員には見つからなかったこと……創造主クリエイターは私を調整した後言いました……失敗作だから消えろって……!」

 顔を覆って泣き出した彼女をどうすればいいか分からず、しばらく泣き終わるまで待つ。

 ひっく、ひっくと嗚咽に変わったから、少しは落ち着いたのかな。

「わたし、どこにも行き場がないんです……優しくしてくれた人は、創造主クリエイターの他には仁さんと瑞希さんしかいない……」

「だからここへ?」

 彼女はこくりと頷いた。

「渡良瀬さんでもよかったんじゃ」

「隠れられる場所が、瑞希さんにはありませんでした……」

 そうか、コア監視員に存在を知られちゃいけないから。

 ん?

「隠れ場所って、何?」

「一から説明します。わたしはコア生物です。でも、生まれた理由が分かりません」

 何だそりゃ、といいたいのをぐっと飲み込んで、話を聞く。

「コア監視員はコア主を対象として監視するけど、創造主クリエイターは私に役割をくれませんでした……。ただ、毎日、コア調整を繰り返されるだけ……」

 コア創造には詳しくないので、どんな調整をしたかを聞いても分からないだろうから、黙って頷く。

「ある日、創造主クリエイターは言いました。外へ出ておいでと。コア監視員や生徒には姿が見えないようになっているから、安心して出ておいでって。わたし、研究室の中で、外に出るのが憧れでした。だから、出たんです。外へ」

「そしてはしゃぎすぎて中庭に落っこちた?」

「はい……」

 コア生物は悲し気に頷いた。

「仁さんと瑞希さんのおかげで助かって、わたしは研究室に帰りれました……。創造主クリエイターは喜んで出迎えて、わたしの調整をしながら笑顔で私の話を聞きました……それなのに」

 また小さな目に大粒の涙。

「調整が終わった途端、創造主クリエイターは言いました。失敗作だ、もういらない、優しくしてくれる人の所に置いてもらえって……!」

 さっぱり訳が分からない。

 分かるのは、目の前のコア生物が創造主クリエイターに不要と言われて、僕の所に来たってこと。

「泣いても叫んでも創造主クリエイターは無視して、研究室の出入りを禁止しました……わたしは最後の命令である、優しくしてくれる人を探しましたが、わたしに気付いてくれる人は見つかりませんでした……だから、見た人ならまた見えるかも知れないと思って、わたしがその時いた場所から近かったのもあってここに……」

「でも、僕にもコア監視員はいるんだよ。今は姿消してるけど、いつ出てくるか分からないし、いくら君の姿が見えないからって、話をしていれば気付かれる」

「隠れ場所が……仁さんにあるから……」

「隠れ場所?」

「はい……その透明のコアです……」

 生物が指さしたのは、僕の右手甲、透明のコアだった。

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