第34話・ここには見えない何か
ココや渡良瀬さんのコア監視員が消えた。
もし今掌の中にいる彼女がコア監視員なら、彼女たちが姿を消すはずがない。コア監視員が弱っているなんて知ったら、絶対全コア監視員に伝わり、会った事もないコア生物の
でも、
「えーと」
僕は持ってたスポーツドリンクのペットボトルの上に彼女を座らせて、視線を合わせた。
「君は、何者なんだい?」
だけど、コア監視員にしか見えないその生き物は、おどおどと僕と渡良瀬さんと交互に見るばかり。
「ダメだよ、丸岡くん」
降ってきた声に顔をあげると、渡良瀬さんは首を横に振っていた。
「名前を聞く時はこっちが最初に名乗らないと」
言って、僕の隣にしゃがんで謎の生物に視線を合わせた。
「私は弧亜学園一年の渡良瀬瑞希。こっちは丸岡仁くんね。あなたのお名前はなんて言うの?」
「ない、です」
「ナイって名前?」
「違います。名前は、ありません」
名無し?
確かにコア監視員は生まれた時には名前を与えられない。監視対象につけられて初めて名を名乗る。てことは……。
「あなたはコア監視員なの?」
「い、いいえ、違います。わたしは……」
怯えたように言って、辺りを見回す。
「あなたがたには、わたしが、見えるんですか?」
僕と渡良瀬さんは顔を見合わせた。
「君が空から落っこちてきたところから見えてた」
「私は丸岡くんが見上げた先を見たら、見えたわ」
「ど、どうして……誰にも見えないはずなのに……わたしはコア監視員にも感知されないようにしたって言われてるのに……どうして……」
小さな目に光るものが浮かぶ。
「僕たちには見えたけど、コア監視員には見えてなかった……?」
「そうね、あのお節介でおしゃべり好きで世話焼きのコア監視員が、こんな状況になってるのに出てこないわけがないもの。あなたの姿は、多分コア監視員には見えていない」
「よ、よかったあ……」
名無しの生き物はほうっと息を吐きだして、そのままペットボトルから滑り落ちたので、慌てて手でキャッチする。
「あ、ありがとうございます」
「落ちないでね。多分、飛べるんだろうけど」
もう一度座り直した名無しは、ぺこりと頭を下げた。
「空から落ちたところを助けてくれたこと、感謝します。コア監視員からわたしを庇おうとしてくれたことも。わたしの存在は、絶対にコア監視員に知られてはいけないので」
「……訳が、あるんだね」
そして、多分……。
「あるんですけど、助けてもらってますけど、すみません、それは言えないんです」
「ん、分かった」
僕は頷いた。
「君のことをコア監視員に言わなきゃいいんだろ? 実際ココには君の姿は見えてなかったみたいだし。僕と渡良瀬さんに見える理由は分からないけど、それは君の創造主に聞いて。あと、何処か行くんなら学園内なら近くまで連れて行くけれど」
「い、いえいえいえいえ!」
名無しは小さな手をちたぱたと振った。
「そこまでご迷惑はかけられません! お水もいただいたし、コア監視員から庇ってくれたし、訳アリなのを聞かないでくれて……。そこまでしたら、わたしが怒られます!」
「大丈夫? ひとりで行ける?」
「はい、瑞希さん」
こくんと名無しは頷いた。
「何故落ちて来たかは聞かないけど、今度は気をつけなきゃ」
「はい、ご忠告ありがとうございます、仁さん」
名無しは頷いた。
ふわりと半透明の羽が広がる。コア監視員の羽が蝶に近いのに対し、彼女の羽はトンボに近い。
「
立ち上がり、羽を限界いっぱいまで広げて、ロケット花火のように一瞬で上空まで行く。
そのまま、きらきらした輝きをまとった名無しは、光跡を残して中庭の切り取られたような四角い空から姿を消した。
「何だったんだろうね」
「何だったんだろ」
渡良瀬さんとの会話が僕のオウム返しが多いことになりがちだけど、それしか言葉が浮かばないんだからしょうがない。
「……でも、一つだけ分かったことあるよ」
「何?」
聞かれて、僕は首を竦めた。
「あの名前のない子のことを、コア監視員には言っちゃいけないって」
「そうね。すごく怯えてたし……。きっと何か事情があるんだわ」
「第一コア監視員に見えないって言うんなら、コア監視員の
うん、と渡良瀬さんは頷いて、そして首を傾げた。
「でも、あの子の
「あるよ」
僕は首を竦める。
「でも、自我を持っていて、判断もできるコア監視員やあの子を創ったような創造主がさすがの弧亜学園でも二人もいるとは思えないけど、そんなの二人に押し掛けられるよりは一人の方がいいんじゃないかなーって」
「確かにね……。あの子がコア監視員に見えないように設定されたって言うのなら、コア監視員の創造主と敵対してる可能性も高いのね……」
「そ。だから、黙っていよう。そもそもココたちにはあの子の姿は見えてなかったんだから、言う必要はないよ。今回は人助け……いや生物助けかな? をしたってことにして、黙っていよう」
「そうね」
渡良瀬さんはスッキリしたように微笑んだ。
ヤバい。ラジオ体操で鍛えたはずなのにまた心拍数が上がる。
その時、ベルが鳴った。
「まずっ、御影先生の所行かないと」
「私も阿古屋先生の所!」
「じゃあ、渡良瀬さん」
「うん、二人の秘密ってことで!」
渡良瀬さんは僕の心拍数を上げる天才だ。
御影先生の担当室に向かっているところで、ココが姿を現した。
「お二人の会話の時は席を外す、私ってはなんて気の利くコア監視員なんでしょうねー」
「だから何でそうなるの」
「私の顔をこれに設定しておいてー、今更何言うんですー? 丸岡さんは渡良瀬さんを好きだってこと、学園中のコア監視員が知ってますよー?」
「だから言えないんだ」
ぼそっと僕は呟いた。
「言えないことでもしたんですかー?」
言えないことは……ある。でも。
「それは言えない。二人の秘密だから」
次の瞬間、キーンと鼓膜が震えた。
コア監視員の興奮した声は超音波になるらしい。
「やっぱりやっぱりやっぱりー! 二人の秘密……なんて素敵な言葉ー! コア監視員でよかったー! はい分かりましたー。私は今後とも渡良瀬さんと会う時は姿も消して通信も切っておきますー! 二人の秘密のお邪魔はいたしませんからー!」
まだ鼓膜がキンキン言っている。
これであの名無しの子のことは誤魔化せた。
……余計な面倒を背負いこんだ気はするけど。
「コア生物の創り方?」
何となく興味を持ったので、御影先生に聞いて見た。
「あれは大変だぞ」
「大変なのは何となくイメージで分かるけど、実際にはどうなんでしょう」
「そうだな。まず、一つのコアじゃ作れない」
実験の準備をしながら御影先生は教えてくれる。
「君のコアキャパシティもなかなかのものだが、その透明コアにかなり食われてしまっているからね。君にはできない」
「僕ができるかどうかじゃなくて、どうやってコア生物を創るか聞いてるんですけど」
先生は教えてくれた。
まず、全く違う色のコアを複数宿していること。
そして、それを全く同じ目的……生命を生み出すということに力を集約させること。
それでも、ほとんど本能で動く獣や命令されたことしかできないロボットくらいしか創れない。
弧亜学園にいる
御影先生も、教職員の誰も、
じゃあ、あの子は……名前のないあの子は、誰に、何のために創られたんだろう。
わざわざコア監視員にも感知できない仕様で作られた彼女は、どうしてあんなに怯えていたのか。
その答えは、まだ僕の手の中にはない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます