第33話・拾い物

 今、僕は結構忙しい日々を送っている。

 寮で、朝と夕に全力ラジオ体操。

 休み時間は風紀委員として廊下の見回り。

 午前の一般授業と午後の担当授業。

 土曜日の長田先生との追加授業。

 結構ハードだ。

 とは言っても音は上げられない。彼方……彼方くんが僕を追い抜こうと頑張っている。色々ごたごたはあったとしても、簡単に追い抜かれるわけにはいかないからラジオ体操に熱がこもる。

 と、そんなある日のことだった。


 久しぶりに見回りのない休み時間、僕は中庭のベンチでぼーっとしていた。

 いつも気を張り詰めていてはもたない。休憩の時間は絶対必要だと長田先生は言っていたので、貴重な休み時間に全身の気を抜いていた。

「あ、丸岡くん」

 聞き慣れたけど、いつ聞いても緊張する声。

「渡良瀬さん」

 ココとそっくりの(正確にはココが渡良瀬さんに似たんだけど)笑顔で、近づいてくる。

「休憩中?」

「うん。ちょっとぼーっとしてた」

「丸岡くんは忙しそうだからねえ。風紀委員してる上に、土曜日に長田先生に体育の追加授業してもらってるんだって?」

「なんで知ってんの?」

「コア監視員に聞いた」

 ……本当にお喋りだなあ、コア監視員って。

「あ、丸岡くんのコア監視員を怒っちゃダメだよ。風紀委員の体調とかは、風紀委員のコア監視員同士で報告し合うことになってるんだって。だから、今丸岡くんが疲れてるとか、特別に授業受けてるとかは風紀委員だったらみんな知ってる」

 ああ、なるほどね。

 風紀委員はコア戦闘をすることになる可能性もある。状況がヤバい時に近くにいるというだけで疲労している風紀委員を向かわせたところで何の役にも立たないどころか後から来た応援の足を引っ張りかねない。

 コア監視員に悪いこと言ったかな。

「それで、彼方くんも一緒に追加授業を受けてるってのも本当なの?」

 前言撤回。コア監視員はやっぱりお喋りらしい。

「本当、だよ」

「長田先生とバチバチになったりとか、丸岡くんに乱暴振るったりとか、してない?」

「してない。何も言わないで長田先生の言うとおりに授業受けてる」

「やっぱり長田先生と丸岡くんに負けたのが効いたのかなあ」

 彼方、くん、は、長田先生に圧倒され、同じ技を絞って使った僕に負けている。負けず嫌いの彼が僕と一緒に長田先生の授業を受けているのは、長田先生に教えられて僕が成長しているところを見たからだろう。同じ授業を受ければ……それ以上の訓練をすれば……きっと僕や長田先生に勝てると思っているから。

「多分彼方くんは変わったよ」

 僕はぼーっと空を見上げて言った。

「あの長田先生の授業を真面目に受けてるし、他の授業もちゃんと受けるようになった。同じ力で僕に負けて、圧倒的な力で長田先生に負けてるんだから、天狗ではいられなくなったんだと思うよ」

「そっかあ……」

 その時。

 一瞬右手甲のコアが何か波長を伝えてきた、気がした。

 それが頭上から届いたようで、空を仰ぐ。

 空を飛ぶきらりと光るものが見えた。

「?」

「何、あれ」

「渡良瀬さんも見えたの?」

「丸岡くんも……ってことは、幻じゃないよね」

 ふらり、ふらりと光るものが落ちてくる。

 手を差し出した僕の上に、何か軽い感触が落ちた。

「コア監視員?」

 僕の掌を覗き込んだ渡良瀬さんが小さく首を傾げる。

 サイズと半透明の羽と着ている黄色い洋服はコア監視員のもの。

 だけど。

「渡良瀬さんにも見えるんだよね」

「うん」

「どんな顔に見える? 僕に心当たりのある顔じゃない」

「私にも心当たりないけど」

 掌で苦し気に息を荒げているコア監視員らしき生き物を見て、僕と渡良瀬さんは顔を見合わせた。

 これはおかしい。

 学園から派遣されるコア監視員を認識できるのは、かつて御影先生が言ったように、コア監視員の監視対象と、コア監視員の創造主だけ。それ以外の人間には、例え強力なコア能力を持っていようとコア監視員を連れていようと認識できないはず。

 僕には可能性がある。僕はコア紋と呼ばれるコア周波数を読み取る力があるから、もしかしたら相手のコア周波数をコピーすることによって相手のコア監視員が見えるかも知れないと御影先生は言っていた。

 でもそれはだいぶ先になるだろうって御影先生は言ってたし、渡良瀬さんにも見えているからこれは違う。

 しかも、コア監視員の容姿は監視対象が好意を持てる顔になるって言う。

 有り得ない、はず。

 そもそもコア監視員はコア生物で、こんな風に体調を崩すとかふらふらになるとかなんてないはずなのに。

「とりあえず、お水あげてみようか」

「そうだね」

 僕は渡良瀬さんがくれたミネラルウォーターの蓋に水を入れて、そっとその顔に近付けた。

 謎の生物はうっすら目を開け、小さい手で水に触れ、顔を近づけてコクコクと飲み始めた。

「あ、よかった。水飲めるみたい」

 だとすると余計この生物は妙ちくりんな話になる。

 コア監視員を始めとするコア生物は、創造主や監視対象のコアからエネルギーを受けているという。つまり、飲食不要ってはずなのに、意識を取り戻してから必死で水を飲んでいる。

「は、ふう」

 小さな声が届いた。

「大丈夫?」

 覗き込んでいる僕と渡良瀬さんに気付いて、小さな生き物はびくりと怯えた顔をした。

「あ、なた、だれ? わたし……」

「君は空をふらふら飛んで落ちてきたんだよ」

「わたし、でも、そんな……」

「何してるんですか?」

 ココの声が聞こえた。

 思わず僕は両掌で覆うように謎の生物を隠した。

「ミャル? 今までどこ行ってたの?」

 ミャルって言うのは確か渡良瀬さんのコア監視員の名前。二人そろって同時に戻ってきたんだろうか。

 掌の中で小刻みに震える生き物を隠してココを見上げる。

 もう一つおかしいことに気付いたのだ。

「ココ、聞きたいんだけど」

「何ですかー?」

「コア監視員は離れていても僕のやってることとか把握してるんだよね」

「その為のコア監視員ですからー」

「なら」

 何でこのコア生物らしき生き物がいるのに今の今まで出てこなかったの?

 それ聞こうか聞くまいか悩む僕の、貝のような掌に気付いたんだろう。ココはひらひらと飛んで行った。

「何隠してるんですかー?」

「あ、いや、これは」

 ココはひらひらと飛んで僕の掌の中を覗き込む。

「なーにーをかくしているのかなー?」

 歌うように言って、僕の指の隙間から中を覗き込む。

「何だ、何もないじゃないですかー」

「???」

 思わず渡良瀬さんと顔を見合わせた。

「ミャル」

 渡良瀬さんもコア監視員に声をかけている。渡良瀬さんの視線が空から僕の掌に移動し、何も感じないがコア監視員が覗き込んだらしい。渡良瀬さんに視線で問いかけると、渡良瀬さんは小さく頷いた。

 恐らくは、渡良瀬さんのコア監視員にもこの掌の中身が見えていないんだ。

「まー、でも、私はできたコア監視員ですからー。お二人でいる時は席を外させてもらいますよー。忙しい日常の幸福な一時をお邪魔しちゃいけませんからねー」

「お、おい、ココ」

 渡良瀬さんに聞こえないのが幸いとは言え……相変わらずおせっかいと言うかなんというか……。

 ココが消えたので、渡良瀬さんを見る。

「ミャルもどっか行った」

 渡良瀬さんの言葉に、僕はようやく貝のように閉ざしていた掌を開いた。

 僕の透明コアの上で震えているのは、ココと同じような恰好をした小さな生き物で間違いなかった。

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