第32話・教員会議

 第二・第四金曜日は、教員会議と言うのがあるらしい。

 学園長・教師・教員が揃って、学生の成長などを話し合うってことだけど、とりあえず今の僕には関係ない。

 会議のため授業は少し早く終わるので、僕はラジオ体操に精を出すことにした。


     ◇     ◇     ◇     ◇


 職員棟。

 教員会議は、一年生から三年生まで、それぞれ第一~第三会議室で行われる。

 生徒一人一人について話し合い、学園長が来たらその報告をする。

 第一会議室、一年生担当の会議室。

「彼方壮はどうでしょうね」

「随分変わったと思いますね、はい」

 長田直治体育教師が答える。

「はい、私の追加授業を、文句も言わずにやっています。和多利先生の指導も効いたのではないでしょうか、はい」

「いや、それは私の指導ではない」

 和多利和豊生徒指導・彼方壮担当教員が首を振る。

「私の頼みに快諾してくれた丸岡君と渡良瀬君のおかげだ」

「コア戦闘で勝ったんですよねえ」

 渡良瀬瑞希担当教員の阿古屋あこやかいの言葉に、和多利は頷く。

「コア能力としてはコピー相手とほぼ同じ。しかし、初めて使う能力でもある程度以上コアの制御ができる。全力解放しかできない彼方との戦闘で勝つのは当然」

「三年の空木に、天野と協力して勝ったのもありますね、はい」

「話は彼方君とはずれるが、丸岡君は、コア戦闘に関しては、かなりの素質があると思う」

 和多利は断言した。

「使ったことのない力を使いこなし、相手と同等のコア能力を制御によってそれ以上の効果を出す。丸岡君は、彼方君と同等あるいはそれ以上の可能性がある、と私は判断している」

「和多利先生がそこまで言いますか」

「言えるだけの可能性が彼にはある」

 和多利の断言に、教師・教員陣が頷いた。

「残念ですねえ。コピーではなく、何か攻撃的なコア能力を持っていれば、戦闘的には最強ランクになっていたのになあ」

「あんただってコピー能力を欲しがってたじゃないか」

「いや、そうですけど、コア監視員の報告によれば、地味な訓練も真面目にこなす努力家で、コア戦闘にもセンスがある。いささか精神的に弱い面もあるが、それを乗り越えれば、コア戦闘の第一人者にもなり得る人材ですよねえ」

「コピーという能力は研究家としては興味深いが、個人のセンスは戦闘に向いている。コア戦闘のスペシャリストを育てるか、新コア能力を調べるか。いやあ悩ましい」

「全くその通り」

 丸岡仁担当の御影秀敏が頷いた。

「決して体力的に優れているわけではない。だが、それを補うだけの努力とセンスがある。長田先生のトレーニングを受けて体力と筋力を手に入れれば、かなり強いコア能力者となるだろう。それだけの将来性はあると思う」

「御影先生がそこまで言いますか」

「あの能力であそこまでの才能があれば、万能の天才となるだろう」

「それだけではないわ」

 突然入った女性の声に、一同の視線がそちらを向く。

「学園長!」

 若い女性……美丘千鶴学園長がやって来たのだ。

「学園長、どうぞ」

 美丘千鶴は上座に座り、一年生担当の教師・教員を見回す。

「学園の為になりそうな生徒は、誰だと思うかしら?」

「かなり様々な生徒がいます。他者への鎮静化を成せる渡良瀬、コア能力と戦闘センスを兼ね備えた彼方、しかし……」

 和多利が断言した。

「学園の為になる、と言えば、コアのレア度と戦闘センス、そして努力家である丸岡仁でしょうね」

「でしょう」

 美丘は微笑んで頷いた。

「コア能力のコピーという能力は、恐らく世界でも唯一ね」

「精神面がいささか弱いのが気にはなりますが、努力で乗り越えられるレベルであると思います」

「ええ、ええ」

 学園長は嬉しそうに頷く。

「学園長は入試の時点から彼に目をつけていたようですが」

「入試前に偶然見かけてね」

 美丘は足を組んで教師を見回した。

「彼方君と揉めているところを見たので、止めようとしたのだけれど。恐らくはその時初めてコア能力に目覚めたんでしょう。自分では気付いてなかったようだし」

「だから入試の時、彼にコア攻撃をしろと」

 試験官でもあった和多利が納得したように頷いた。あの時、何のコアの力も発揮していなかった受験生に水での攻撃を指示したのはは判定役の彼女だった。そして受験生はそれに反応して、水で攻撃した試験官の一人と同じコアの色を宿し、反射的に攻撃したのだ。

「ええ、そう。事実、三次試験では見事にコピーしていたでしょう? コアを使い始めて一日も経っていないのに、戦闘に使えるまでの才能を見せた。この学園に必要な人材だわ。そう思わない?」

 一同が頷いた。

「しかし、それならば特別扱いは許されないかと。風紀委員というだけで、特別扱いされていると感じる生徒はいます」

「風紀委員にしたのは、彼を管理下に置きたかったから。これ以上の特別扱いをすることはないわ。特別扱いしたとすれば、彼がそれ相応の実力を示した時」

「確かに」

 和多利は腕を組んで頷く。

「事実、彼は風紀委員にはなった。だけど一日目にMVCを取ったのは、彼の実力と行動で……そう言うことなのですね、学園長」

「ええ。そう言うことよ」

「では、これ以降が楽しみですな」

 美丘は美しい笑顔で頷いた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


 どんどんどん!

 部屋のドアが激しく叩かれて、ラジオ体操中の僕の動きが止まった。

「ココ、誰?」

「彼方さんですー。どうしますかー?」

 僕は考えたけど、断るという選択肢はなかった。

 確かに怖い相手ではあるけれど、同じ追加授業を受けているんだし、今の彼ならいきなり攻撃してくることもないだろうし。

 ドアを開ける。

 相変わらずぶすっとした顔の彼方の姿があった。

「どうしたの?」

「ラジオ体操の途中か」

「そう、だけど」

「見せてもらっていいか」

「へ?」

 きょとん、とした僕に、彼方は苛立ったように言う。

「お前の合格点をもらったラジオ体操がどんなか、見せてくれって言うんだよ」

 ああ、そう言うこと。

「別にいいけど……」

 彼方はずかずか入ってくると、どん、と机の上に何かを置いた。

「何それ」

「プロテイン」

 更にきょとん、とした僕に、彼方は苛立ったように言った。

「筋肉作るには必要なものなんだよ!」

「あ、ああ」

 それは僕も知っているので、頷いた。

「持ってきてくれたの?」

「いるだろが」

「あ、ありがとう」

「ラジオ体操を見せろ」

 相変わらず単刀直入と言うかぶっきらぼうと言うか。

 僕はCDを再生した。

 ラジオ体操第一の音楽が流れ始める。

 毎日続けることによって、この音楽を聴くだけで体が動く準備を始める。

 僕は全力でラジオ体操を始めた。

 まず背筋を伸ばし、次に屈伸。

 出来る限り最大の力で体を動かす。

 第二は息が切れてくるけど、それでも真面目に音楽をなぞる。

 全力で動かして、納得できる運動を。

 一つでも気に入らない動きがあれば、CDが終わったのと同時にもう一度再生ボタンを押してやり直す。

 はっ、はっ、はっ、はっ、と息を整えながら、身体を動かしていく。

 四回目くらいで、納得する動きができたので、一旦休止する。

 麦茶を取り出して飲む。

「毎回、その勢いなのか」

「うん。それが先生の指示だし」

「全力で、疲れないか」

「そりゃ疲れるけど、それを繰り返さないとどうにもならないし」

「バカバカしいとかとは思わなかったか」

「最初はそりゃ、思ったよ」

 麦茶を一気飲みして、僕は頷いた。

「ラジオ体操だし、それを真面目にしろって言われてもだし、ちょっとでも手抜きがあったらやり直させられるし。だけど、次の日全身すっごい筋肉痛になったから、それで効いてるって思ったし。毎日やれば少しずつ体が楽になって行ったのも分かったし。どんなことでも、真面目にコツコツやれば結果が出るって分かったから、真面目にやるよ、そりゃ」

「そうなのか」

「うん」

 彼方は真面目な顔で悩んでいた。

「多分、バカげてるって思ったこと程、真面目にやれば返ってくるんだと思う」

「そうか」

 彼方は俯いて呟いた。

「そうか……」

「僕は君みたいに、才能とかに恵まれたわけじゃないから、努力するしかないんだ。才能はどうしようもないけど、努力なら頑張ればできるから、僕は努力するだけ。そう言うこと」

「……負けねえぞ」

 彼方は低い声で言った。

「俺はお前より才能がある。だからお前以上に努力すれば、お前以上になれるはずだ」

「うん」

「だから、俺はお前以上に努力する。お前に勝つために」

「うん、僕も頑張る。僕には君みたいな才能がないから、君を越えるためには努力するしかない。だから君以上に努力して、君以上に勉強する」

「……負けねえからな」

「うん」

 彼方は出て行き、僕は部屋に残っていた。

「ライバルですねー」

「ライバル、かなあ。僕は彼方ほど才能はないんだけど」

「彼方さんが認めたんですよー。丸岡さんは自分のライバルになる存在だってー」

「だとしたら光栄だけどね。ものまねオウムをそこまで評価してくれたんなら」

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