第31話・練習のライバル誕生
高校生になって、平日二日と休日二日の四日間しかなかった割に濃かった一週間目とは違い、二週間目はそれほど大変なことは起きなかった。風紀委員として順番に休み時間の廊下を見張って、勉強して、御影先生の訓練を受けて。
中学の時と圧倒的に違うのは、朝と夜、全力ラジオ体操を続けていることくらいだ。
納得できるまでラジオ体操を繰り返し、その後ストレッチをする。傍から見れば何を真面目にやっているんだろうと思われるだろうけど、多分これが今、僕にできるパワーアップの一番の近道なんだ。
そして土曜日。追加授業の日。
体操服に着替えて長田先生の担当室に向かう途中。
「何してんだお前」
「彼方……くん」
「貴様」が「お前」に変わっていることに気付いて、僕も慌てて「くん」をつける。
「体操服に着替えて、何してんだお前」
「追加授業を受けに」
「追加授業?」
僕は追加授業について手短に説明した。
「そんなものがあるのか」
「うん。僕は行かないと」
「俺を連れて行け」
「え」
僕は一瞬絶句した。
「連れてけって……長田先生の授業だよ?」
「ああ」
「僕のやってること、大したことじゃないよ?」
「それでお前が強くなったのは、確かだ」
彼方の目は真剣だった。
「何でもいい。どうだっていい。お前に勝てるようになるなら何でもやる。だから連れてけ」
「……本気?」
「本気だ」
彼方の目がぎらぎら燃えて、御影先生にも似た情熱がある。
「俺は、勝ちたい。お前だけじゃなく、あのカピパラ長田にも、この学園にいる全員に勝ちたい。その為に必要なら、俺は何でもやる」
本気、らしい。
かつての彼方だったら、一度自分を負かした相手に教えを乞うなんてなかったはずだ。それなのに、僕に聞いて、長田先生の追加授業を受けようとしている。
「ココ」
「はいー。連絡済みですー」
「あのお喋りチビか」
ぶすっとした顔で言う彼方に頷いて、返事を待つ。
「長田先生は来てもいいそうですー。ただし、口答えは一切認めないそうですー」
そのまま伝えると、彼方はぶすっとしたまま頷いた。
「お前が長田に教わって
一応彼方にも体操着に着替えるように言って、僕はそこで待つ。
彼方は三分ほどで戻ってきた。早い。
「じゃあ、連れて行け」
長田先生の担当室で、先生は相変わらずぬぼーっとして待っていた。
「はいこんにちは。彼方君も追加授業希望ですね」
「ああ」
「では、まず最初に。私の指示には従ってもらいます、はい。そして、疑問を口にすることは許しますが、口答えや私の指示以外の行動をすることは認めません、はい。それでいいですか?」
「ああ」
ぶすっとした顔のまま彼方は頷いた。
「では、ラジオ体操第一と……今日からは第二も始めましょう、はい」
ラジオ体操第二が追加かあ。
「はい、もちろん、手抜きだったりした場合は最初からやり直します、はい。例え第二の終わりでも第一の最初からやり直します。筋肉の動いているところを確認して、身体全身を全力で動かしてください、はい。出来ますか?」
最後の質問は彼方に投げかけられた。
「やる」
「では、始めましょうか」
一週間、一日十回ほど繰り返したラジオ体操第一を、全力でやる。
先生は自分でもやりながら、僕と彼方をしっかり見ている。
CDは止まらず第二を始める。
……正直、第二はしんどかった。
そして、僕の疲れや躊躇いを見て、先生はまた最初から始める。
彼方はぶすっとした顔のまま、その繰り返しを続けていた。
中学の時から運動でも勉強でも一番だったという彼方は、確かに僕より余裕もあって動きも大きい。
「はいまた最初から」
ぶすっとした顔がどんどん深まっている彼方を気にする様子もなく、第一・第二は十五回で終わった。
僕は肩で息をしているし、彼方の息も荒い。
「はい今日はこれまで。ストレッチに入ります」
「おい待て、ラジオ体操だけで終わるのか」
「ストレッチもありますが、はい」
「これで本当に効くのか」
「ラジオ体操第一を続けた丸岡君の技の威力を見たでしょう」
「…………」
彼方は黙り、そして聞いた。
「俺にも、効くのか」
「効きます。確実に」
彼方は頷いて、自分からストレッチを始めた。
「大海を知った気分はどうですか、はい」
長田先生に言われて、筋肉を解しながら彼方は疑問の視線を送った。
「はい、君は今まで、中学校という狭い世界で一位でした、はい。しかし、弧亜学園に来たことで、君以上のコア能力者、頭脳、肉体に出会ったはずです、はい。君が直接戦闘したのは、私と丸岡君だけですが、それでも広さを知ったでしょう」
「…………」
「答えは求めていません、はい。ただ、君以上の力の持ち主は大勢いて、越えるには努力が必要だということを思い知ったことだと思います、はい。それを忘れなければ、君は、きっと」
小さく、本当に小さくだけど、彼方は頷いた。
「へえー。丸岡さんの言った通りになりましたねー」
練習中は黙って見ているココが口を挟んできた。
彼方に聞こえてたら多分切れてるだろうなあ。
しっかり身体を解し終わって、先生はパン、と手を叩いた。
「はい、では、暇のある時間に、ラジオ体操第一と第二を、自分の納得できる動きができるまで繰り返してください、はい」
彼方はほとんど何も言わず、先生に渡されたCDを持って帰った。
「彼も、目が覚めたようですねえ、はい」
先に帰る彼方の後姿を見送って、ぬぼーっと先生は言った。
「君は風紀委員ですから、はい、場合によってはコア戦闘をしなければならない立場です。その分実践は多くなりますが、彼方君は基礎能力が高い、はい。一週間の差など、すぐに追い抜くでしょう。はい、君も真剣にならないと、彼方君に追い越されますね」
「頑張ります」
僕も真剣に言った。
「頑張って、体鍛えて、自分に自信を持てるくらいになります。ですから先生、どうか、これからもよろしくお願いします」
「はい。ちゃんと真面目に課題をこなす生徒には、私も全力を持って返します。君は、ついてこれるように基礎体力と筋力を鍛えてください」
「はいっ!」
追加授業を終えて、寮に戻ろうとすると、誰もいないグラウンドを彼方が走っていた。
オーバーワークにならないんだろうか。
でも、先生は限界を突破しないと上達はないと言っていた。
僕のやることは……毎日、ラジオ体操第一と第二を頑張って、体を鍛えること。
彼方に負けるか。負けるもんか。
三か月前、初めて出会った時の圧倒的差を埋めるために、僕は今やれることを全力でやろうと誓った。
彼方に、負けるもんか。
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