第28話・言うばかりじゃね
翌日は土曜日。休日だ。
しかし、学校を出るのは外出届を出さなければならないので結構めんどい。
生徒は、この学校にとって、必要な人材なのだと言ったのは御影先生だった。
コア研究の研究対象であり、どちらに向かって伸びるのか分からない才能であり、できれば二十四時間監視したいのをコア監視員をつけることによって我慢しているのだとか。
……目を血走らせた研究員よりは確かに数千倍はマシだと思った。
ココは僕を監視してることになるけど、そんな様子はチラとも見せない。渡良瀬さんと同じニコニコ笑顔で学校の中を案内したり、肉体や精神の状態をチェックして異常があればコア医やサポーターを紹介したり、と役に立ってくれてる。
これであのおせっかいとお喋りがなきゃいいんだけど。
そして今、僕が案内されて向かっているのが、グラウンドだ。
「ランニング、始めーっ」
体操服姿の男女が、グラウンドをぐるぐると回っている。
その中に、ひときわ背の高い人を見つけて手を挙げた。
「先輩ーっ! は・つ・せ・ん・ぱーい!」
「おう」
結構な距離を走っているだろうにほとんど息を切らせず、一先輩は僕を見つけてランニングを中断して走ってきた。
「どうしたんだ、一体。見学にでも来たのか?」
「ちょっと、先輩に相談したいことがありまして」
「俺に? 言っておくが、風紀委員のことなら百の方が」
「風紀委員のことじゃありません」
「じゃあなんだ? 俺が一年生に教えられることなんて、ほとんどないぞ?」
と言いながらも妹同様世話を焼くのが好きな一先輩は、僕を見下ろした。
「本当は御影先生に聞こうと思ったけど、なんか話がややこしくなりそうで。それで僕の知っている人の中でも多分先輩が教えてくれそうだと思って」
僕は、覚悟を決めて、口にした。
「体を鍛えるのって、どうすればいいですか?」
一先輩は一瞬目を丸くした。
「確かに俺の得意分野ではあるが……どうしていきなり」
「コア能力だけじゃ、どうにもならないって思ったからです」
僕は真剣に先輩を見上げる。
「僕のコア能力はコア能力のコピー。でも、逆を言えば、コピーする対象がいなかったら無能力なんです」
先輩は難しい顔をして頷いた。
「コア能力がどうしても欲しいのにない状況に置かれたら、僕はカンタンに負けます。例えば災害で逃げ遅れたり、事故に遭った時。そんな時、僕には自分を守る力がないんです」
「確かに。俺がお前を倒そうと思うなら、周りに人を近づけず、非コア兵器の超々長距離の攻撃手段……ミサイルとかを使う」
そう。コアを使用しない非コア兵器の開発も進んでいる。コア能力はどうしたってコア主の体調や精神状態に左右される。一方機械にはそれがない。だから、コア能力の開発が遅れている国ほど非コア兵器を作るのだと習った。
「どんな能力もコピーする。最強にチートな能力だと思ったが、思わぬ落とし穴があったわけだ」
「そうなんです」
必死に見上げて話していたら、一先輩は中腰になってくれたので、やっと真っ直ぐ目線があった。
「それで、非コア能力……肉体を鍛えようと?」
「多分、コアを発動させるためにも必要になると思うんです」
僕は三年生のケンカや御影先生のコアコピーで異様に疲労した時のことを話した。
「僕には大きなコア能力を支えるだけの体力がない。ある程度の体力と筋力、持久力、敏捷性を鍛えないと、コア戦闘ではパワーが等しい場合より強靭なコア主が勝つ」
「ああ、間違いない」
一先輩は空を見上げてう~むと唸った。
「とはいえ、俺も人に教えられるほど知ってるわけじゃないからなー……んー……先生を紹介することならできるが」
「先生?」
「俺の担当教員だ」
「担当教員? でも、先輩って言う生徒がいるのに」
「そこは大丈夫だろ、今日みたいな休みの日とかに体力向上を計るんなら、俺の教員なら可能なはずだ。コアによる肉体能力開発を目指してるけど、基本的な体力造りも心得てる。俺が入学したばかりの頃コア能力の反動で動けなくなるのを繰り返してた時に助言してくれた先生でもある。多分、お前の相談に乗ってくれるし解決策も出してくれるぜ」
「そんな人がいるんですか?」
「いるんだよ。てぇか会った事があるはずだけど、気づかないだろうな。で、どうする? とりあえず話だけでも聞いて見るなら連絡つけるぜ?」
「お、お願いします!」
一先輩の肉体強化……筋肉痛や酸欠などの反動も来る能力を使いこなすために、先輩の基礎体力をつけた先生なら、多分、僕の悩みに応えてくれるはずだ。
そして、やって来た先生は。
「はいこんにちは。昨日はどうも、はい」
現れたのはカピパラ先生……じゃない、長田先生だった。
相変わらず温泉に入ったカピパラのような顔と仕草だ。
「体育の担当教師でもあるから、会ったことはあるだろ?」
「昨日、授業があったから」
そしてコア主としての実力も知っている。彼方に指一本で圧勝した強者。
「この学園広しといえども、肉体を鍛えることで長田先生の右に出るコア主はいない。それは俺が保証する」
じゃ、俺はランニングの続きがあるからと一先輩はグラウンドに戻って行っ手、長田先生はその様子を見ながら口を開いた。
「コア監視員から事情は聴いています、はい。確かに、今の君の肉体では、はい、肉体に負担を与えるコア能力は、はい、コピーして使役するのは難しいでしょう、はい」
相変わらずはいが多いなあ。
「故に、体力と筋力をつけるという方針は、はい、正しいと思われます、はい。そしてその方法が分からないから、鍛えている人間に聞いた、その手順も、はい、正しいと思われます、はい」
「先生は、僕を鍛えてくれますか」
「私は、貴方の担当教員ではないので」
一瞬落ち込んだ僕に気付いていたのかいなかったのか、長田先生は言葉を続けた。
「ただ、はい、体育教師として、希望生徒に追加授業を行う義務はあります、はい」
「追加授業?」
「一般授業で、はい、ついてこられなくなった生徒や、もっと詳しく勉強したい生徒の為に、はい、一般授業教師が行う、休祝日の授業のことを言います、はい」
「じゃ……じゃあ」
僕は思わず身を乗り出した。
「僕に追加授業、お願いします!」
「はい、わかりました、はい」
長田先生はのんびりと頷いた。
「では、さっそく始めましょう、はい。体操服に着替えて、ここに戻って来て下さい。ああ、急がなくても構いません。準備運動をしない全力行動は、はい、身体に悪いですから」
僕が体操服に着替えて戻ってくるのに七分。先生はぬぼーっと突っ立ったまま僕を待っていた。
「はい、準備はできましたね、はい。では、場所を移動しましょう。ここは陸上部のグラウンドですから、お邪魔になるので」
先生が連れてきたのは、研究棟の片隅にある、だだっ広い何にもない部屋だった。
「ここが、はい、私の、担当室の一つです」
「え、担当室って一つじゃないんですか?」
「教員の研究によっては、はい、複数の担当室を持っている者もいます、はい。特に私は体を動かすので、広いスペースが必要なのです、はい」
「担当室で、一般授業をしてもいいんですか?」
「構いません、はい。許可は取っていますので」
では、と先生はCDを動かした。
小学校の朝に散々聞いたミュージック。これは。
「では、真面目に、ラジオ体操第一を、はい、しましょうかね」
……僕の肉体改造は、ラジオ体操第一から始まった。
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