第27話・彼方壮と言う人間
男子寮。
担当授業も終わり、廊下の見回り以外には風紀委員としてやることもなく、平和な一日だ……いや、平和じゃない。
和多利先生の依頼で彼方とバトルしたんだった。
ちなみに和多利先生もその様子を録画していて、理由を聞くと「君を借りるのと引き換えに戦闘画面を撮れと頼まれた」と言ったので、御影先生に間違いないと納得したんだったっけ。
案の定、担当教室に入った時御影先生はその動画をメモりながら見ていたし。色々質問もされたんだっけ。「空気をどうやって凝縮したのか」とか「勝ち目はあったと判断したのか」とか。
そこを例のチャイムに止められて、反省会も終わって、渡良瀬さんに手を振って、寮に戻る。
食堂で食事をしてから、何となく一人でお風呂入りたくて自分の部屋のお風呂に入って、何となく眠たくなってきた頃。
相変わらず僕の傍にいるココがちかちかと光った。
「何かあるの?」
そう言う光り方をするのは他のコア監視員からの連絡が入った時だってココは前に言ってたから、僕はあくびを噛み殺しながら聞いた。
「鍵かけてー、カーテンを閉めていないふりをするかー、真正面から出るかー、どっちを選びますー?」
「は?」
「彼方壮がー、こちらへ向かっていますー」
眠気が一発で吹っ飛んだ。
「彼方のコア監視員からの連絡?」
「はいー。理由も言わず忠告も聞かず、この部屋へ向かっているそうですよー。もちろんー、風紀委員は寮の風紀も担当しますからー、何かされたら罰則を出せばいいんですけどー」
「休み時間の復讐かな」
「私には分かりかねますー」
ココは本当に困った顔で首を傾げた。
「何せー、チェンジにも脳波状態とかコア周波数とかが分かりかねるほどの反応らしくてー」
ふと、長田先生の言葉が頭を過ぎった。
(彼方くんは井の中に戻っていく人間ではないと思っていますので)
和多利先生の言葉も明確に甦った。
(君は自分の力を制御できる自分に負けた、か。この言葉は彼の胸に突き刺さっただろう)
もし、この二つの言葉が正しいのなら。
僕は逃げ出したいと思う心を押さえつけた。
二十四時間学内の何処にいても身につけていろと言われた胸の風紀委員バッジを外し、パンツのポケットに入れる。
覚えのある波動がした。
三度もコピーしたから分かる。これは、あいつの。
それはどんどんと近付いてくる。
「僕の部屋ってコア監視員教えてないんだよね」
「ええー、問題沙汰になりそうでしたからー」
彼は頭脳も明晰だという。コア監視員が会わせたがらなかったのであれば、その裏くらいはかけるだろう。
どんどんどん!
激しいノック音が響いた。
これで、相手が見えない状況でもコアコピーができるかの実験は不要になったな。
そんなことを思いながら、ドアを開ける。
そこには、僕を睨みつける、彼方の姿があった。
「で。何の用?」
緊張して手からにじむ汗をシャツで拭って、僕は聞いた。
だけど彼方は何にも言わない。
僕の方は彼方の先制攻撃を予想してコアをコピー済みなのに、彼方はコアを発動させる様子もない。
ずかずか入って来て、リビングの真ん中にどっかと座った。
「聞きたいことがある」
低い、低い声。興奮を無理やりねじ伏せているような。
「何」
「貴様は俺の技で俺を倒した。そうだな」
「そうだけど」
「俺と同じ力を使った、そうだな」
「そうだけど……」
「なら聞く。どうして俺と同じ力なのに、俺の
「ないよ、そんな力」
僕は彼方と向き合って座った。
「少なくとも、今の僕にはね。先生はブーストすることも視野に入れて研究するつもりらしいけど」
「なら、何故俺は負けた!」
彼方が叫ぶ。
(三年の風紀委員を呼びましょうか?)
ココが聞いてくるのを片手で止めて、僕は答えた。
「最初の僕の攻撃は、
「な、に……?」
「君が塊としてぶつけてくる空気を、小さくして小さくしてぶつけただけ。威力は
「…………」
「
がん!
彼方はテーブルを殴って俯いた。
「何故……俺は負けた……!」
「油断と制御」
僕は冷蔵庫から麦茶を出して、コップに注ぎながら答える。
「長田先生との戦闘でも、僕との戦闘でも、君、油断しただろ。長田先生は強そうには見えなかったし、僕には一度勝っている。負けるはずがないと思っていた。それが油断」
一応もう一つコップを出して麦茶を入れて彼方のいるテーブルに置き、麦茶を飲んで喉を潤してから、僕は続ける。
「制御の方は言うまでもないだろ。僕は君の力をそのままコピーして使っただけ。ただ狙いを絞り込んだだけ。君は無駄に全力を使うから、いらない場所にまで威力が発揮されて、その分相手への威力は落ちるんだ」
「……それだけ、なのか」
「それだけ、だよ。少なくとも今日の君と僕との戦闘は」
「どうすれば、いい?」
「え?」
いつの間にか、彼方は僕を見上げていた。
「どうしたら力を絞り込めるようになれる? あのカピパラ教師にも、貴様にも勝てるくらいになるには、どうすればいい?」
「カピ……」
カピパラ教師はないだろうと思ったけど、僕も長田先生のことはカピパラに似ていると思っていたので無理やり喉の奥に引っ込める。
「長田先生に勝てるかどうかは分からない。でも、僕には簡単に勝てるようになると思う」
「本当か」
「うん」
僕は彼方にコア能力をコピーすることを了解してもらって、
「このまま相手にぶつけても、大きすぎて、無駄な力が散ってるよね」
彼方に軽く押し付ける。かなり大きな空気の圧力は、大きい分人間一人を圧し潰すには足りなかった。
「これを小さく、小さく絞る」
空気の圧迫感が小さくなる様子をイメージして、空気を練る。ゆっくり、ゆっくりと空気の圧は小さくなり、そして一カ所当たりの圧力は大きくなった。
「これで、半分の大きさ。でも、威力は単純に倍になる」
「……それだけ、なのか?」
彼方は呆然と僕を見上げた。
「俺は大きくすればいいと思ってた……でも、違うのか?」
「君の
「小さく、小さく……」
彼方は目を見開いて、自分の掌に目を落としていた。
「あと、先輩や先生にケンカは売らない方がいいと思う。僕たちより一年以上先を行ってる先輩や先生は、力を絞り込むことや瞬間的に爆発させることを知ってる。僕らみたいなコアが宿って一年足らずの人間には到底勝てる相手じゃない」
「勝つには、どうすればいいんだ」
「学ぶしかないよ」
それだけは即答できた。
「授業とかでコアの使い方を学んで、それを自分の力にするしかない。弧亜学園はそれができる場所なんだから、学べばいい。他の人の技を盗んでもいい。強くなりたいなら、天才でも努力しなきゃいけない」
「学ぶ……」
「僕から言えるのはそれだけ。僕も君と同じ、ただの一年生なんだから。これ以上偉そうに語れることはない」
彼方は立ち上がって、僕を指さした。
「見ていろ。俺は絶対に、お前より強くなってやる。強く、強くなって……卒業する時には、弧亜学園最強と言われる人間になってやる」
そのまま、彼方は部屋を出て行った。
オートロックで鍵がかかる。
「何でしょうー、教えられておきながらあの言い草ー」
「多分」
僕は麦茶を飲み干してから、言った。
「彼なりの「ありがとう」だよ」
「ありがとうー? あれがー? あれがー?」
「そういうヤツなんだろうね」
手ににじんだ汗をもう一度シャツで拭いて、「あれがー?」と繰り返すココに言う。
「僕の言ったことを証明して見せる、って言いたかったんじゃないかな」
「ならそう言えばいいのにー」
「言えないんだよ。プライド高いから」
でも。
「多分、次の授業から、変わるよ、彼方は」
「どうしてですー?」
「今よりもっと強くなりたいって、思ったからかな」
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