第24話・褒められるって、嬉しい
よれよれになりながら風紀委員会室に辿り着いた僕は、そこで渡良瀬さんと半日ぶりの再会をした。
「大丈夫? 顔色悪いけど」
「大丈夫……チャイムのおかげで先生の実験はストップかかったから」
「はいそこ、静かに」
先輩が小声で注意する。
「校則違反を取り締まる風紀委員が公用の場所で私語はいけません」
「すみません……」
「ごめんなさい……」
小さくなった僕ら二人に、注意してきた先輩は笑顔で頷く。
……なんで笑顔?
そこへ、八雲委員長がやって来た。
「全員揃っているわね。反省会を始めましょう」
反省会とは、一日の終わりに風紀委員が集まって、その日にあったトラブルとかその対応策なんかを話し合う場なんだそうだ。
だけど、僕は半分以上聞いていなかった。
あの熱気の中を走って氷のコピーを使って、その後先生の実験に付き合ったら体力がめっちゃ消耗していた。三次試験ではそんなことなかったのに。彼方のコアをコピーして操って、そんなに疲れたことはなかったのに。
「……丸岡さん」
頭の中でそれが何なのか分からないまま耳がスルーしていった。女の人の声だとはわかっていたけれど、それ以上の情報は聞き取れなかった。
こん、と肘を小突かれた。
「え?」
「丸岡くん」
頭の中で渡良瀬さんの声だと気付いて顔を上げる。
横に座っていた渡良瀬さんが不安そうな表情をして、委員長が僕のほうを見ている。
「反省会は聞いていた?」
「……すいません」
僕はひたすら小さくなるしかない。
「聞いていませんでした……」
「素直に認めるのはいいことよ。でも、せっかく褒められるんだからちゃんと聞いていなさい」
「え?」
「では、もう一度。
「はい」
立ったままだった先輩は、笑い含みに頷いた。
どっかで見た顔だと思って、体育館の騒動の時駆けつけてくれた三年生だと思い出す。
「午後、体育館で生徒二人のコア戦闘がありましたが、駆けつけた丸岡委員が静め、人的被害なし、体育館の床が濡れた程度で事なきを得ました」
「はい。そして
「はい」
今度は女性の先輩が立ち上がる。
「昼食時、丸岡委員と渡良瀬委員が一年生に絡まれる事態が発生しましたが、問題行動なし、罰則なしで終わりました」
思わず見た丸岡さんの丸い目が更にまん丸になっている。
「まずは二人とも、お疲れ様」
八雲委員長が笑顔で言う。
「風紀委員は不良に絡まれることが多いの。この学園は優れたコア能力者が集っているけれど、その分プライドが高かったりコア暴力に訴えたりするような問題児も多くいる。そんな問題児に絡まれて、罰則ではなく説得で場を収めたことは素晴らしいわ。風紀委員の鏡よ」
……褒められた?
「そして丸岡さん、三年生同士のコア戦闘、特に攻撃的なコアを持つ戦闘を静めるのは、並大抵のことではないわ。新入委員が派遣されても、説得も聞かず、
八雲委員長は、にっこりと微笑んだ。
「丸岡仁さんを本日のMVCに相応しいと思う委員は挙手してください」
ざっと、手が上がった。
え? え?
風紀委員全員が手を挙げている。
「では、満場一致で丸岡さんを本日のMVCとします」
「え、МVCって?」
「最優秀委員の略だよ」
渡良瀬さんとは逆隣に座っていた先輩が教えてくれた。
「反省会で毎日今日のMVCを選ぶんだ。風紀委員に相応しい行動をした委員をね。委員会の中だけなんで特にご褒美とかはもらえないけれど、選出された回数の多い委員は委員長に近くもなるし委員会内での発言権もあがる」
へ? どういう意味?
「つまり、今日一番頑張った委員と認められたってことだね」
「でも、無茶をしてはダメよ。今日は何とかなるって確信があったから出来たんでしょうけど、自分一人で無理だと判断した場合は応援の到着を待ってから行動して構わないわ。MVCを取るために無茶をする委員もいるけど、貴方がその二の舞にならないように」
ぱちぱち……。
ぱちぱち。
ぱちぱちぱちぱち……。
拍手されてる?
僕が?
中学校の時は陰キャラでテスト前のノート貸す時しか役立たなかった僕が?
弧亜学園風紀委員会の一番頑張った委員だって?
信じられない。
込み上げてきたのは、弧亜学園の合格を知った時と同じ、喜び。
これだけの人がほめてくれてるんだ。
僕が頑張ったんだって!
立ち上がって、深く深く頭を下げた。
頑張ったって、認めてくれた全委員に。
もちろん全員が本当に心から僕を認めているわけじゃあないだろう。腹の底で文句を言っている人がいたっておかしくない。
でも、その拍手は、合格が決まった時に泣いてくれた家族の涙くらい、大事なものに思えた。
思ったんだ。
「では、本日の反省会を終わります」
先輩たちがばらばらと立ち上がる。
「よく頑張ったな」
「私だったら逃げてたわ。えらいえらい」
「度胸あるなー」
先輩が僕の脇を通り過ぎる時、肩や背中を叩いてそんなことを言ってくれる。
「丸岡くんはすごいね!」
渡良瀬さんも笑顔で言ってくれた。
「三年のケンカを収めるなんて!」
「大したことはしてないよ。でも」
「でも?」
「なんか……って言うか、とっても……嬉しい、かな」
「嬉しいに決まってるじゃん!」
渡良瀬さんは僕の背中をどんと叩いた。
「一年生で委員会にはいったばっかでお手柄立てて褒められたんだもん、嬉しいでいいんだよ!」
「そ、そうかな」
「そう!」
「そうよ」
八雲委員長も笑顔でやって来た。
「でも、さっきも言った通り、無茶はダメよ。自分の身の安全を第一に考えてね」
「はい!」
「今日は疲れたでしょうから、ちゃんと食事をとって、入浴して、寝なさいね。問題児に絡まれているそうだけど、それは出来るだけ渡良瀬さんと二人で行動していれば穏やかに済むはずだから」
「はい!」
「じゃあ、寮に戻ってね」
「失礼します!」
僕は立ち上がって委員長室を出ようとして、渡良瀬さんに笑われた。
「え、何」
「丸岡くんの歩き方、ロボットみたいだよ!」
嬉しいが先行してぎくしゃくしていたらしい。
「しょうがないなあ」
渡良瀬さんはコア能力で、緊張しているのか興奮しているのか分からない僕の精神を静めてくれた。
「ありがとう、やっと」
「やっと?」
「息、できるようになった」
「そっか」
渡良瀬さんは笑って、そして背筋を伸ばして言った。
「あーでも、悔しいなあ」
「どうして?」
「MVCなんてさ、先輩でもなかなか取れないって言ってた。それなのに風紀委員一日目で取られちゃうんだもん。私も欲しかったなあ」
「そう言う委員を減らすために、委員会内だけの称号にしているの」
八雲先輩は苦笑して言った。
「MVC欲しさに罰則を増やしたりとか、偽造戦闘をさせたりとか。風紀委員会が出来た時はそう言うことがあって、委員の士気を高めるMVPは委員会だけの称号になったのよ」
そうして、八雲先輩は渡良瀬さんに微笑みかけた。
「貴方も風紀委員に相応しい行動をしたわ。喧嘩を売ってきた相手を暴力なしで押さえた。それが風紀委員の一番の仕事だもの」
「一先輩も言ってました。風紀委員は校則を守らせることが仕事だって」
「あら、兄さんも珍しくまともなことを言ったのね」
言って、軽く僕と渡良瀬さんの肩を押して、出口へ向かう。そこで委員会室には三人しかいないことに気付いた。
「さ、もう遅いわ。帰って、ゆっくりお休みなさい」
「失礼します、委員長」
「ありがとうございました!」
◇ ◇ ◇ ◇
モニターに映る仁の顔。
困ったような、でも嬉しいような。
「やはり、彼、ですか」
「一年生でここまでやるとはな」
「彼の監視を怠らないで」
その声に、彼ら彼女らが頭を下げた。
「覚醒の日はそう遠くはない。その時手に入れ損なったら、全ては終わり」
「分かっています」
「承知しました」
モニターが消え、辺りは真っ暗になる。
静まり返った室内の中、モニター会議を終えた人物は、窓から外を見た。
もう日の暮れた弧亜学園敷地内。
その日が近いことを、疑いもしていなかった。
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