第23話・実験は疲れる

「ふへえええ……」

 担当室に戻るなり、ぐっと出てきた疲労感に、僕は机に突っ伏した。

「お疲れだな」

「疲れますよ……一人で、三年の先輩のケンカ止めたんですから……」

「立派なものだったぞ」

 御影先生はハンディカメラのデータをモニターに移しながら、ねぎらって(?)くれた。

「三年生同士のケンカを止め、情状酌量を汲んで罰則を与えた。この一件で少なくとも君の株は上がるだろう」

「運がよかったんですよ」

 机の上に突っ伏したまま、先生の言葉を否定する。

「空木先輩が多分熱気。炎じゃなくて熱気、ってのは珍しいけど、もし相手していた天野先輩が氷を操るんじゃなかったら、僕は空木先輩のコピーをして熱気をぶつけるしかなくなる。そうすればいくら防火設備の体育館でも、コンクリートが歪むくらいのことにはなった」

「有り得たな。しかし、結果として上手く行った。それで充分だろう」

 最後に先生は冷蔵庫からミネラルウォーターを出して僕の前に置いた。

「飲みなさい。少しはマシだろう」

 一口飲んで、一口じゃ済まなくなって、五〇〇ミリペットボトルを一気に飲み干した。

 飲んだ後、大きな息が出る。

 僕は思っていた以上に疲れていたらしい。

「さて、授業に戻るとしようか。いいデータも取れたことだし」

 御影先生はさっきの戦闘を大型モニターに大写しにした。

「君が走り出してから、天野君の能力がコピーできると判断したのは天野君からおよそ二〇メートル離れた地点」

 僕が天野先輩に共闘を申し出たところで、先生は映像を止めた。

「どうしてやって判断したね?」

「難しいですけど……」

 僕は疲労で働きたがらない脳みその引き出しをひっくり返しながら答える。

「何か、波のようなものを感じたんです。コアの波。多分コア周波数。それをコアに転送できる……かな、って思ったらコアが変色して、できると感じて……」

 あの時、当たり前のように感じた感覚を、言葉に直して説明するのはとてもあやふやで難しかった。

「恐らくはコア主の本能だな」

 先生はメモを取りながら呟いた。

「コア主がコアの使い方が分からないということは滅多にない、ということは知っているね?」

 頷いた僕に。先生は頷き返して続けた。

「コアに自我があるかどうかはいまだに分かっていない。だが、コアが宿って、その色が確定した時、コア主はその色を見て能力を想像し、想像した脳波がコアに刻まれる。それがコア周波数なんだ」

「色によって能力が変わるんじゃないんですか?」

「現在までの研究結果では、コア主が、宿った色からできそうな力を想像する。こんな使い方ができるんじゃないかと思う。願望とでも言うのかな、見た瞬間の想像から、コア能力の方向性が決まる。無論宿したコア色を気に入っているかどうか、なども影響はしてくるようだが」

「つまり、コアのことを何も知らない人に宿った場合、色を見た、赤かった、火みたいだと思った、だからコア能力が火の方向に定まる……」

「そう、だから君が最初にコアを見た時淡いベージュに見えて、何も力が思い浮かばなかったのは幸いだね。無色、コア周波数を微弱にしか持たないという、貴重なコアに方向性を与えなかった。だから君の能力は周波数コピーと言う独特の方向になったんだ」

 ……言っちゃなんだけど、よく分からない。

「君はコアの力で、近くにいる人間のコア周波数を読み取り、それをコアに宿せる。脳波とコア周波数の関係にも影響してくるな。これはデータを取らないと」

「先生も分からないことばかりなんですね」

「ああ分からん。コア研究は長く続けられているのに、宇宙の成り立ちにも匹敵するほど分からんことが多すぎる。研究者にとっては宝島だよ。いつどこからお宝が出てくるか分からない」

 先生はコードがたくさんつながったヘルメットのようなものと、何やらコードのついた器具を持ってきた。

「早速やってみよう、実験だ」

「僕、疲れてるんですけど」

「それもデータには有益だな」

 ……担当教員って言うのはみんなこんななんだろうか。

 先生は無理やり僕に重いヘルメットをかぶせた後、右手甲のコアに器具を貼り付けた。

「さ、コピーをしてみろ」

「どのコピーをですか」

「今は私のコアでいい」

 先生も重いヘルメットをかぶって、自分のコアに器具を貼り付けた。

 僕はしぶしぶ先生の指示に従った。

 先生の方に意識を向ける。

 先生から感じるのは、何か波のようなもの。コア周波数。

 その波を自分の中に取り込んで、コアに移す。

 波の弱いコアが僕の送り込んだ波に同化し、変色する。

「できました」

 前やった時より比較的に速やかにコアの変色は終わった。

「ふむふむふむ、ふーむ」

 データを見ながら、御影先生は感心したように唸る。

「私の脳波及びコア周波数に異常はない。一方、君は一瞬脳波が私のコア周波数とシンクロした。その後、コアが反応し、周波数が私のコア周波数と同一となった」

「はあ」

「なるほど、君のコアは君の脳に直結している。君の脳がシンクロした周波数をコアに移動させている。これが脳波もなのかコア周波数なのかもわからないが……人類史上前例のない能力になることは間違いない」

「……はあ」

 僕はもう疲れ果てて先生に適当に返事する。

 そもそも僕には体力ってものがない。一先輩のコアをコピーして動いたら運動のし過ぎで全身の筋肉がちぎれ、全身最強筋肉痛で一週間はベッドでもんどりうつことになるだろう。

 体力……つけた方がいいのかなあ。

 筋力も……つけた方がいいのかなあ。

「君は波のような何かを感じたと言った。それはまさしくコア周波数。君はコアと同化することによってコア周波数を感知できるようになったんだ」

 もうコア周波数も要らないから、早く終わらせて。

「ふむふむ、適当にそこらを歩いている人間を引き込んで、不特定多数のデータを取った方がいいかもしれん。いやでも当初の研究予定はコピーできる距離だったんだ。しかしコア主が周波数を感知するというのは非常に興味深い普通の人間にはコア周波数は感知できないもので周波数を観測できるようになったのもここ十年……」

 暴走する御影先生を、唐突なチャイム音が遮った。

「何、もうそんな時間か? もっと実験がしたいのに。しかし授業時間以外のコア研究は学園長と生徒会とコア医の許可を取らねばならないからな……」

 まさしく今御影先生がなったような状態から生徒を救い出すためのチャイムは、きちんと僕を救ってくれた。

 ヘルメットとコア器具を外して立ち上がる。

「じゃあ、失礼します……」

「きちんと休んで、疲労を取り給え。さもないと」

「さもないと?」

「疲労時のデータを取る研究にシフトする」

 つまり疲れているところに更に疲れる実験をするということだ。

「何が何でも疲れとります」

 僕は失礼しますと頭を下げて担当室を出る。

「丸岡さんー?」

 授業中は大人しくしていたココが声をかけてきた。

「授業終了後ー、風紀委員は一日の報告をしなきゃいけないんですー。委員会室にご案内しますねー」

「あー、そう言うのもあるのか……」

 言って僕は思い出す。

「君が委員長に報告すればいいんじゃないの?」

「卒業後の訓練の一環だそうですよー?」

 なるほど、報告、連絡、相談、略して報連相の練習でもあるわけだ。

「はー、行くしかないかあ……」

「今日はお手柄でしたからねー。きっと先輩たちの見る目が変わりますよー」

 僕はいますぐ横になりたいという体に鞭打って、委員会室へ向かった。

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