第22話・担当授業中も風紀委員は風紀委員

 午前中の合同一般授業は、何も起きなかった。

 いや、彼方が先生に「どうして一年生が風紀委員なんだ」とか「選考理由を教えろ」とか詰め寄って、風紀委員長に直接聞きなさいと言われて、あのスタンが相当効いていたのか黙って席に戻ったりはしたけど、少なくとも風紀委員が必要なことはなかった。

 一応風紀委員としての仕事もあった。ココに言われて、学校の廊下を歩く。いわゆる巡回ってヤツだけど、上級生の教室から僕たちを興味津々な顔で見る先輩の多いこと多いこと。やっぱ一年入ったばかりで風紀委員と言うのは僕の透明コアと同じくらいにレアなんだろう。

 昼食も無事すぎて、僕は渡良瀬さんと別れ、担当教室へ向かった。


 コア認識のドアを開け、入ってきた僕に、御影先生は機嫌よさそうに声をかけてきた。

「やあ。人生が劇的に変わった気分はどうかな?」

「はい?」

「初の新入生風紀委員だ。さぞ注目を浴びただろう」

「劇的にって……風紀委員になったってだけで、他は何も」

「それは学園のことを知らないから言えるセリフだよ、丸岡君」

 御影先生は何やら備品をいじりながら返した。

「学園で風紀委員はかなりの権力を持っている。時には教師に罰則を与える風紀委員もいるくらいだ。この日本最高のコア主養成校でコアを使った違反に立ち向かう能力と権力を持っている……一介の新入生がなったことはない。今回の君達が初めてだ。だから、劇的に変わったと言ったんだ。君に自覚がなくてもね」

「先生がゴーサイン出したからじゃないですか」

「もちろんだとも。コア研究に一番必要なのはコアの使用例だ。使用例が多ければ多いほど研究ははかどる。コアを自由に使っても文句を言われない立場になれるというこのチャンスを、どうして逃すことができる?」

「彼方にケンカ売られましたよ。風紀委員はコア使いたい放題の権力振るいたい放題だって」

「そこも含めて私は許可を出したんだ」

 担当室のスイッチを入れながらの先生の言葉に、僕は意味が分からず首を傾げる。

「君はコア使いたい放題の権力振るいたい放題にはならないだろうと判断した。コアは使ってもらわなければ困るが、権力を無闇と振るう人間にろくな奴はいない。君はそんな人間じゃないと私は判断した。だから風紀委員になって舞い上がって目に触れる全てに罰則を与えたりすることはなかろうと許可を出したんだよ」

 …………。

 認められたのか甘く見られてるのか。

「分かりませんよ。僕だって、権力の使い方を知ったら、それを使いまくるかもしれない」

「同じことを言った生徒がいたよ」

 準備を終え、御影先生は僕に向き直る。

「自分に権力を与えて本当に大丈夫だと言い切れるのか、と担当教員に言った生徒がね。彼女は今は風紀委員長だ」

「……!」

「風紀委員長になって、権力を発動する立場になっても、それでも彼女は冷静だ。コアを使わなければならないと判断した時しかコアを使わず、風紀委員たちの頂点に立っている。権力の使い方を知ったら堕落するかもしれない。そう危惧できる人間こそが風紀委員に相応しいということだ。風紀委員に関することはこれで終わり」

 僕が口を開く前に会話を終えてしまった御影先生は、椅子に座る。

「今日の実験は、距離の実験だ」

 距離、とな?

「今の君ならば相手のコアを読み取って自分のコアに再現するという手順は身についているだろう。その能力をどのくらいの距離から使えるかの実験だ。他にも色々試したいことはある。遮蔽物があったりなどの視覚で相手を確認できなくてもコアを感知できるのか。対象によって距離は変化するのか。まずは……」

 その時、チカチカと光るものに気付いて僕は顔を上げた。

「ココ?」

「風紀委員の呼び出しです」

 ココはあの無表情でそう告げた。

「体育館で無許可のコア戦闘が行われています。至急現場に急行し、校則違反を止めてください」

「え? でも、僕今授業中で」

「風紀委員の任務は授業に優先されます」

 僕は御影先生にそれを話した。

「それは行かなければならない」

 渡良瀬さんがいないのに出動か……。どうなるんだろう、僕。

「私もついて行く」

「先生が? でも先生って基本生徒に干渉しないんじゃ」

「いいデータがとれそうだ」

 ああ、やっぱりコア研究者だなあ……。

 僕は御影先生を引き連れて、ココが案内するまま、廊下を駆け抜けた。


 体育館に入った途端、空気が熱気を帯びているのが分かった。

 何をしてるんだ? 体育館に限らず、弧亜学園は防火防煙対地震の造りになってるって言うけど、それでもこんな熱気を当てたら……。

 体育館の真ん中では、制服の袖三本ラインの男女が睨み合っている。

「男子は三年、空木うつぎ和也かずや、女子は同じく三年、天野あまの美和みわ。このままだとコア戦闘だけでなく体育館の施設破損による罰則追加が予測されます」

 三年の先輩か……。これは大変だ……。僕よりコア戦闘にずっとずっと長けた二人から攻撃を食らうことも覚悟しなきゃならない。

「近くに三年の風紀委員は?」

「最短距離にいる風紀委員に連絡はしましたが五分はかかるかと」

 五分。それじゃあ遅い。

 しょうがない。

 僕は拳を固めて、体育館に踏み込んだ。

「三年生の、空木先輩! 天野先輩! コア戦闘を中止してください!」

 精一杯上げた大声に、天野先輩の方が反応する。

「一年の新入風紀の出番はないわ! 下がってなさい、怪我するわよ!」

「けっ、こんな時に一年の心配か? 随分お優しいじゃねえか、俺なんか用済みってか!」

「用済みなんて言ってないじゃない! 何で分かってくれないのよ! 勝手に勘違いして勝手に怒って! そもそもあんたが身勝手なんじゃない!」

「ああ身勝手さ! 身勝手で悪かったな!」

 これは……あれか。

 痴話ゲンカ、ってヤツ?

「ココ、あの二人、恋人?」

「風紀委員にアクセスできる生徒情報を上げると」

 ココは無表情のまま答えてくれる。

「いわゆる恋人と言う間柄ですが、最近空木和也が友人に彼女から別れを告げられそうだと相談していました」

 あ~……まあ、高校生だしね……好きな人はいるだろうし、好きな人に恋人ができたら嫌だなーってのもあるだろうし。

 と、納得している暇はない。

 空木先輩が生み出している熱気が、天野先輩に叩きつけられている。

 天野先輩は薄い、氷の膜のようなもので身を守っているけど、勢いに押され、氷が弱まり、熱気に当てられ、弱っている。

 氷……水。

 それなら!

 僕は駆け出した。

 目標を天野先輩にして、走って近付きながら、自分のコアが反応するのを待つ。

 二〇メートル。

 距離にしてそんなところで、ぴくん、と波のような何かを感じて、コアが反応した。

 これが……天野先輩のコア。

 その波……恐らくはコア周波数をコアに刻み込むように念じる。

 コアは渡良瀬さんのコアをコピーした時より早く、スノーホワイトに変じた。

「天野先輩!」

 同じく氷の膜で自分を守りながら、僕は息を荒げている天野先輩に声をかける。

「一、二の、三です! 二人で空木先輩の頭を冷やします!」

「邪魔だ一年坊主ぅぅ!」

 最初は断ろうとした天野先輩も、このままではじり貧だと気付いたらしい。頷いた。

「行きます。一、二の……」

 三!

 僕と天野先輩は同時に攻撃に転じた。

 薄かった氷の膜が、二人分の力で強力になる。

 それを操って、空木先輩の上空に持って行ってくと、熱気で溶けかけた氷を空木先輩の周りを取り巻いている熱気を強引に突破させて頭に叩きつけた。

  ばしゃあん!

 氷の溶けた、バケツをひっくり返したくらいの量の水が空木先輩にかけられた。

 熱気が急速に引いていく。

 僕と天野先輩はしばらく肩で息をしていたけど、天野先輩はぺたりと床に座り込だ。

「和也……」

 ぶっ倒れている空木先輩に声をかける。

「新入り! 大丈夫か!」

 走って来たのは、朝委員会室にいた三年の風紀委員だった。

 体育館の有様を見て、そして座り込んでいる天野先輩と倒れている空木先輩を見て、頷く。

「御影先生、どうせ録画してたんでしょう。確認させてください」

「構わないよ」

 何時の間に持っていたのか、御影先生はハンディカメラを三年風紀委員に渡した。

「ふむ……空木が一方的に天野に攻撃してる……」

「あの……お願い」

 天野先輩が座り込んだまま、言う。

「和也の処分……軽く、してあげて」

「一方的なコア戦闘、体育館の損傷、難しいぞ」

「でも……和也がキレたのは、私のせいだし……私も罰則受けるから」

 三年の風紀委員は溜め息をつくと、僕を見た。

「丸岡君。君は、どう思う?」

「え。僕の意見を聞くんですか」

「君は現場に真っ先に駆け付け、コア戦闘を収束させた。この一件の担当は君だ。罰則は君の判断に委ねられる」

 僕は次にココを見た。

 ココは無表情で答える。

「空木和也には一方的なコア戦闘、体育館破損、合わせて停学十日が妥当な所ですが、委員の判断によって軽減は成されます。天野美和は仕掛けられて防御をしていましたから、反省文五枚が適当だと」

「じゃあ……」

 僕はしばらく考えてから答えた。

「空木先輩には罰則として反省文五〇枚、それと、天野先輩と一緒に体育館の掃除をお願いします」

「それでいいのか?」

 三年の風紀委員の言葉に、僕は頷いた。

「ただし、仲直りすることが条件です。またケンカになったりしたら、停学十日にします」

「一年生君……いいえ、丸岡君だったわね」

 天野先輩はボロボロの顔で、ニコッと笑った。

「ありがとう」

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