第21話・風紀委員長の兄だからこそ知っている
「この、オウム野郎ぅぅぅ!」
昼食中だというのに、食堂中の視線を集めながら彼方は僕の所にすっ飛んできた。
「何だよ風紀委員って!」
「風紀委員は風紀委員だけど」
「知ってるぞ。風紀委員はコア使いたい放題の生徒に言いがかりつけたい放題だって!」
……入学二日目にしては風紀委員のことに詳しいな。
「どこで聞いたの」
「そんなの貴様には関係ない!」
はあ、と息をついて俯く。目についたのは、金色にきらりと輝く星と輪をかたどった風紀委員のバッチ。
「君が何にもしなきゃ、僕も何にもしないよ」
「そんなわけがあるか! 手に入れた権力を使わない人間なんているはずがない! 俺だったら貴様を即退学にしている!」
一委員の決定で退学は無理だって。
何でも自分基準なんだなあ……。
その時、ココが言ってきた。
僕はその言葉を伝える。
「風紀委員に言いがかりをつけるのは立派な校則違反だよ。今なら罰則なしにしてあげるから、椅子に戻ってお昼食べなよ」
「貴様、何を上から……」
「上から見ているのはあなたでしょう?」
助っ人は隣の席の渡良瀬さんだった。
「みんながお昼ごはん中の食堂。そこでケンカなんかしたら反省文一〇枚じゃすまないわよ」
「クッソ、どいつもこいつも!」
どすどすと足音を立てて、彼方は去っていく。
「ごめん、助かった」
「いいよ。でも、できるだけ二人一緒にいた方がいいかもね」
どきん。
また僕の心臓が跳ね上がる。
そういう意味じゃないと分かってはいても、渡良瀬さんの言動は僕には衝撃が大きいんだ。
「彼方くん、丸岡くんが風紀委員ってだけでケンカ売りに来たんだもん。どっちか一人だったら他の風紀委員が来る前にやられてるかも知れない。私たち二人とも半人前以下なんだから、一緒にいた方がいい」
「おう、そうしろ」
聞き覚えのある第三者の声に見上げると、食事のたっぷり乗ったトレイを持った一先輩がいた。
「先輩」
「ここ、空いてるよな」
座っても足は投げ出されてるし座高は僕より高い。鍛えられた身体をした一先輩は、カツ丼を五口ほどかっ込んで言った。
「上手い事風紀委員やれてたじゃねえか」
「さっきの? いや、あれは」
「罰則も出してないし、そもそも何も起きてなかったし」
「そう、何も起こさせなかった。お前ら二人が」
お茶を飲んで、口を手で拭ってから一先輩は言ってくれた。
「風紀委員って生徒に罰則を与える委員だってみんな思ってるけど、校則違反を事前に防ぐのが一番重要なんだよ。お前らは協力して、あの一年にケンカさせずコア使わせず下がらせた。初仕事としちゃ満点に近いんじゃないか?」
初仕事。
そうか、風紀委員としては初仕事だったわけだ。
「風紀委員の仕事についてはコア監視員や百に聞いたと思うが……」
今度は漬物をかじってから、一先輩は続ける。
「本来は、生徒に校則違反をさせないためにある委員会だ。休み時間の巡回ってのもあるが、それも風紀委員が歩いているから校則違反ができない雰囲気を作るんだな。だから風紀委員やってると威圧感が増してくる」
「……僕、増しますかね」
「今すぐには無理だなあ」
カツをご飯と一緒に口に放り込み、噛んで、飲み込んでから、先輩は笑った。
「だから、嬢ちゃんの言ったことは大事だよ、コピーくん。特に二人ともちっこいしひょろいかんな、人数で圧を増すってのは重要だ」
「委員長も苦労したんでしょうね」
「百か? あいつも相当苦戦してたぞ」
一先輩は丼の中身を片付けて、話を続けた。
「あいつは温厚で、理性的で、冷静で、だけど大人しくて自分のコアに自信がなかったから正直一年で風紀委員に選ばれた時無理なんじゃねーかって俺だって思った」
「自分のコアに、自信がない?」
「順番に話すから、待ってな。百はな、相手を立ち直らせるためには平常心で平手も張れる女だけど、外見だけ見るとそうはとても見えない」
委員長の穏やかな笑みを思い出すと、とてもいきなりケンカを売ってきた彼方に五万ボルトの電圧をお見舞いした人間と同一には思えなかったので、僕は頷いた。渡良瀬さんも何度も頷いている。
「だから、あいつは諦めてたコア能力を伸ばすことにした」
「諦めた? あんなに強力なコア能力なのに」
「電気系のコアってなー、大体、代用が効くんだよ。百の能力で言えば発電機やスタンガン、除細動器。あと充電か。まあ俺のコアだって肉体強化だから薬とかである程度代用できるけど、百の能力はそこそこのお値段で大体手に入れられる」
「そっか、スタンガンも売ってるし……」
「そうだ。だけど、基本的に学校に武器を持ち込むことはNGで、コア能力じゃないと相手を静められないってのは痛いところだから、あいつは風紀委員をこなすためだけに、能力を伸ばした。そして自分のなめてかかるヤツらの目の前で、自分の最強技を見せた。雷だ」
「雷って、あの雷?」
「おう。落雷並みの最大出力を全開放して、実験用に作ったプレハブを一個、消し炭にしたんだ。それ以来あいつをなめてかかるヤツはいなくなった。あいつを怒らせると雷を落とされる、いうことは聞いたほうがいい……ってな。あのお前らの同級生と落研のケンカで、落研のヤツが大人しく言うこと聞いてたろ? あれも、それがあったからだ。……あいつはほとんどコア能力は使わない。使う場合は大体警告だ。自分はこれ以上のことができる、その覚悟があるのなら……ってことだ。あの一年、相当調子に乗ってたから、この学園ではそれが通用しないって警告」
「でも彼方は勝つ気満々ですが」
「少なくともコア能力授業を受けていない今の状態ではあいつは百に勝てないだろな。解放と制御、両方ができない力は力とは言えない」
おっと、話がずれたと一先輩は笑った。
「とにかく、不良生徒に恐れられるのには時間がかかるから、それまでは複数で固まって歩いてた方がいいってことさ。俺もいてやりたいが学年が違うし部活もあるから難しい。だから、相手の足りないところを補って風紀委員やってみな。案外上手く行くかも知れないぜ。俺の妹の人を見る目は確かなんだから」
「あ、ありがとうございます、先輩」
「おう」
話ながら食べ終わったトレイを持って、一先輩は立ち上がり、ひらひらと手を振りながら歩いて行った。その背中が大きく見える。
「うん、そうだね」
渡良瀬さんが頷いた。
「危険かもしれないんだもん、お互いで協力し合わなきゃ無理だよね」
「時間を稼げれば、別の委員が来てくれるだろうし」
「そうだよね、決めた」
渡良瀬さんは顔を上げた。
「私たちの任務は、時間稼ぎ。校則違反を見つけて、説得して、その間に先輩が来れるようにする」
「うん、それが現実的だと僕も思う」
「と、決まれば、時間があればできるだけ一緒にいよう。委員長の方法は丸岡くんは使えるけど、私には使えない」
確かに落雷一閃ドーンは渡良瀬さんの能力ではマネしようがない。
「うん、頑張る」
◇ ◇ ◇ ◇
「ふう」
食堂から廊下に出た一は溜め息をついた。
本当なら、傍にいてやりたい。二人とも善意の生徒で、風紀委員などと言う役職には向いていない。確かにコア能力を伸ばすには適任だろうか、他人に罰則を与えるなんてことからは無縁のところにいたはずだ。
しかし。
「学園長がなあ……」
ポケットに手を突っ込んで歩きながら一は呟く。
(あの二人……コピーくん、もとい丸岡仁を管轄下に置きたいって……)
生徒は既にコア監視員によって学園の管轄下に置かれている。そこを更に強化するとは。
(なんかきな臭いんだよ。あの百が動かざるを得なかったってことは、学園側から相当な圧力がかかったはずだ)
同時に生まれた妹だ。彼女のことはよく知っている。理不尽を認めない彼女が彼らを風紀委員にしたのは、せめて何かあった時守れるように。
「何にも起きなきゃ、いいんだがなあ……」
だが何かが起こるであろうことは、一には分かっていた。
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