第19話・二日目は天敵から

「あーさーでーすーよー。起きてくださーい」

 甲高いが決して不愉快じゃない声に、起こされた。

 時計は起床時間ぴったり。コア監視員がいれば時計やメモ帳がいらないってのはこういうことなんだと思う。

「おはよう、ココ」

「はいー。おはようございますー。昨日は帰寮するなり眠ってしまったから、心配しましたよー。体調は大丈夫でしたからー、それだけ気疲れしたのかなーって」

「この状態で気疲れしない人間って、いる?」

「いますよー。彼方さんとかー」

 ……まあ、あいつなら、自分こそがそれに相応しいと胸を張るだろう。

 肩で風を切って校則違反するヤツはいないかと探して回りそうだ。

「そう言えば彼方さん、随分丸岡さんに御執心ですねー。何かありましたかー?」

「いや、別に……」

「初めて会ったのはこの学園の受験でですよねー。それなのにー、まるで親の仇みたいにケンカ売って来てますよねー。元々好戦的なんでしょうけどー」

「僕が弱味握ってるからだろ」

「弱味?」

 おっと、これは言っちゃいけないんだ。

「弱味ー? 弱味ってなんですかー、教えてくださいー」

「いや、君に教えると、学園中のコア監視員が知ることになるから……」

 コア監視員同士は常にテレパシーのような形で通信して、情報を共有しているという。だから、どこそこの誰々が何々が好きだとか、揉め事起こしたとか、特に人間関係については知られたくないところまで知っている。

「信頼してくれないんですかー? 悲しいですー、泣いちゃいますー」

 べそべそと泣き出したけど、……多分これ泣きマネだな。

「君の所だけで情報を止めるってことはできないのかい?」

「それはコア監視員の気持ち一つですー」

 あっと言う間に泣きマネをやめてココは答えた。

「それが知られることで、監視対象が危険な目に遭ったりする場合がありますねー。国家機密に関わるとかー、研究員同士の争いに巻き込まれるとかー。その時はー、コア監視員は機密保持しなければならない情報をー、通信ラインとは別の記憶媒体にロックすることができますー。つまり、お金に例えるとー、ATМで貯金しているお金とは別にー、金庫にしまうことができますー」

「ATМのお金はコア監視員間で回ってるけど、金庫のお金は世間に出ない、そういうこと?」

「はいー!」

「じゃあ、その金庫に入れといておける? 正直僕もこの秘密気疲れしてるんだ。学園に受かったのは彼のおかげかも知れないけど、三年間彼に付きまとわれる秘密を一人で抱えるの正直しんどいんだ」

「感動ですー!」

「ふへ?」

 いきなり言われ、僕はパジャマから制服に着替える手を止めた。

「ごめんなさい丸岡さんー、昨日は膨れたりなんかしてー! 丸岡さんは私のことを信用してくれているのにー! 私ー、丸岡さんは私のこと忘れちゃったのかって思ってー!」

「ああ、泣かないで泣かないで……」

 今度はどうやらマジ泣きらしい。コア監視員ってどういう精神回路をしてるんだ。でもそれを言うとまたココが拗ねるので言葉を飲み込んで、ココが泣き止むまで待っていた。

「じゃあ、言うね。実はね。受験日の朝、彼が道交法違反をしているところを目撃しちゃったんだ」

「と、言うとー」

「無免許で規定速度以上で車道を飛んでいた」

「あ、なんだー、そう言うことですかー」

 けろっと泣き止んだココに唖然としてしまう。

「彼方さんも人間が小さいですねー。学園に合格すればちゃんと移動免許取れるのにー。カッコいいトコ見せたいってところなんですかねー」

「……驚かないの?」

「既に学園中のコア監視員が知ってますー」

 僕はもう一度唖然とした。

「彼方が違反したのを、みんな知っている?」

「はいー」

「もしかして、彼が自分のコア監視員に話したの?」

「いいえー。詳しくは言えませんがー、学園関係者がその違反現場に居合わせていましてー。合否判定は相当揉めたらしいんですけどー、十六歳未満でそのスピードで空を飛べるというコア能力を高く買ってー、でも要注意人物としてー、学校にいれたと聞きましたー」

「金庫情報じゃなくてATМ情報なんだね……」

「はいー」

 学園中の人間が知ろうと思えば知れるんじゃないか。一人で溜め込んでて損した。

「だから生徒指導担当の和多利先生が担当教員についたんですよー。目を離しちゃいけないってー」

「もしかして、僕と渡良瀬さんが風紀委員になったのも、一年生だから近くで監視できるってこと?」

「それは分かりませんー。金庫情報なのでー」

 ココはバッテンを作った。

「さ、朝ご飯ですよー。今日は早くに八雲風紀委員長とお話があるんでしょうー? 急いで準備しないとー」


 制服に着替えて食堂に行く。

 まだ朝早い時間と言うのもあって、食堂は空いていた。

 今日の朝食は……スクランブルエッグかあ。

 野菜たっぷり、栄養バッチリ。

 そんな健康的食事をしていると、隣に座って来た人がいた。

 気にしないで食べていると、どん! とテーブルが叩かれる。

 ……彼方だ。

「ものまねオウム」

 それは間違っていないので、何も言わない。

「お前、自分の立場が分かってんのか?」

 何を言い出したのかは分からない。

「一年で最強はこの俺だ。学園で最強なのも俺だ。俺であるはずなんだ」

 でも負けてたよな。風紀委員長に電撃食らって、落語研究会の先輩には攻撃かわされて。

「そもそも三次試験で俺が貴様を完膚なきまでに叩きのめしてれば、貴様が合格する余地なんてなかったはずなんだ」

 三次試験を受けた人間は全員合格したって言うことに納得のいかない一年生もいるという。彼方はその代表格だろうなあ。

「ものまねしなきゃ戦えない貴様なんて、そのうち叩きのめしてやるからな」

 そのまま、彼方は出て行った。

「ケンカ売りに来たんですかねー」

「さあね。でも僕の委員入りは知らないみたいだ」

「それはー、監視対象機密情報でー、コア監視員は知っていても許可なく監視対象に知られてはいけない話なんですー。丸岡さんもー、正式に入るまでは喋っちゃいけないですからねー?」


 彼方のせいで遅れた朝食を挽回するためにかっ込んで、僕はココに案内されるまま校舎に移動した。

 今度案内されたのは生徒会棟の風紀委員会の部屋だ。

 部屋の前で渡良瀬さんと鉢合わせした。

「おはよ、丸岡くん」

「おはよう、渡良瀬さん」

 風紀委員って言う共通事項が出来ただけで、親しくなれる。

 あ、ヤバい、心拍数が上がってきた。

「どうしたの? 丸岡くん、顔真っ赤」

「い、今から、風紀委員になるって思うと、緊張して」

 ウソだけど、納得はしてもらえた。

「大丈夫。こういう時の為に私のコア能力はあるんだから」

 渡良瀬さんは手を差し伸べた。

 コア周波数が変わる。

 心臓が、ゆっくりと、落ち着いてきた。

「……便利な能力だね。パニックでも落ち着けられるんじゃない?」

「それはこれからの訓練次第かな」

 ニコッと渡良瀬さんは笑った。

「ミャル、八雲委員長さんはいるの?」

 渡良瀬さんが虚空を見て喋ったので、コア監視員と会話していることが分かった。

「いるって。じゃあ入ろう」

 僕は深呼吸を一つして、コア識別に自分の手を当てた。

 コア周波数が計測される。

 続いて渡良瀬さんも手を当てると、カチャン、としてドアが開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る