第18話・やってみよう
僕と渡良瀬さんは、半ば呆然としながら廊下を歩いていた。
「風紀委員、だって」
「だね」
「なんでだろ」
「なんでだろね」
彼方にものまねオウムと言われるけど、今の会話がそのまんまものまねオウムだけど、今は渡良瀬さんの言葉を繰り返すしかできない。
風紀委員が一体何をするか分からないし、何ができるかも分からない。何故百先輩が僕らを選んだのかも分からない。
分からないことだらけで思考停止してしまう。
なんでだろ、なんでだろ、と言いながら、僕は女子寮の前まで渡良瀬さんを送った。
渡良瀬さんが首を傾げながらも手を振って寮に入った後、僕はぶんむくれた顔をしたココに声をかけた。
「ココ、聞きたいことがあるんだけど」
「ふーんだ」
ココはツーンと顔を横に向ける。
「所詮、丸岡さんにとって私は便利な案内コア生物でしかないんですよねー。聞きたいことがある時しか声をかけられませんしねー」
あ、拗ねてる。
「いいんですよー。私なんてー」
まずいなあ。
百先輩がガイダンスで言ってた。コア生物は学園で生きていくための羅針盤だと。機嫌を取る必要もないし大事にする必要もないけれど、彼らの忠言は聞いておけと。
しかし、拗ねた場合はどうしたらいいんだろう。
相談できる相手もなく……。
「ごめん、ココ。でも、僕が学園のことで相談できるのはココしかいないんだ」
「?」
「ココにしか相談できないんだよ、頼むよ」
「んー。もう一声ー」
「信頼してるんだから。君がいなくなったら僕は学園でどうやって生きていけばいいんだよ」
「ん-……まあ、いいでしょうー」
コロッと機嫌を直したココは、にっこり笑って聞いてきた。
「で? 聞きたいことって?」
「風紀委員って、何をするの?」
「基本的な質問ですねえ」
「仕方ないよ、本当に知らないんだから」
機嫌を直したココは、あちこち飛び回りながら説明してくれた。
風紀委員とは、学生に校則を守らせるためにある委員会。
生徒指導なら教師にも和多利先生とかって言う生徒指導員がいるけれど、教師は基本的に生徒にものを教え、生徒から結果を得ることが目的なので、生徒同士の揉め事などにはあまり干渉しない。
だから、生徒同士の揉め事は生徒の中で解決することが求められる。
生徒が生徒会に依頼して作った校則を、生徒に守らせるのが風紀委員のお仕事。校則違反に罰則を与えるのも風紀委員で、あの時百先輩が彼方と落語研究会の先輩に反省文一〇枚の罰則を与えたのも、そういうこと。
当然のことながら最高罰則の記憶操作&学園追放は風紀委員長が判断したとしても生徒会長の許可と生徒過半数の同意を得なければ下せない。
そこまで行かなくても、悪用すれば嫌いな奴にいっぱい罰則をつけたりできる。おまけに生徒同士のコアケンカなどに、風紀委員はコアを教師・研究院・コア医の許可を得ずに発動させることができる。
好きな時にコア発動できて、嫌いなヤツの学校生活を最悪なものにもできるなんて、風紀委員くらい。
だから、風紀委員は希望生徒の過去の行動をコア監視員に命じて徹底的にチェックして、感情的にならない、冷静にコア能力を使える、校則に詳しい、判断力がある、など色々な方面から判断して、生徒会、風紀委員会、教師連のゴーサインが出た生徒だけが風紀委員になれる。
ただし。
「一年生が風紀委員になるなんてものすごく前例のないことなんですよー」
「どうして?」
「だって、一年生からは学園生活のデータから取れないでしょうー?」
それもそうか。コア監視員がついてからまだ一ヶ月。しかも学校に入学したその日だ。データなんてあるはずない。
「優秀な一年生委員もいたことはいたんですけどー。それって現委員長なんですけどー。やっぱり二学期からの採用だったんですよー」
「なら、何で風紀委員長は僕たちを誘ったんだろう」
「丸岡さんならできるって思われたんじゃありませんかー?」
「それこそデータないだろ」
「期待されてるんですよー」
「何処が」
「色がー、じゃないですかー?」
「そりゃレアカラー……カラーがないんだよな……無色なんて珍しいだろうけどさあ、それでそんな重役を任せるなんて」
「重役とー、理解してるならー、いいんじゃないですかー?」
「なんで」
「自分のやることがー、重いものだって思うのはー、責任を背負うことだってー、分かってるってことじゃないですかー?」
「そうなの、かな?」
「私はそう、思いますよー? あとですねー。将来にも役立つんですよー」
「将来?」
「警察系とかー、自衛隊とかー、ガードマンとかー。弧亜学園の卒業生でその方面に向かうのはー、ほとんど風紀委員だってデータがありますよー?」
「就職かー……」
実は弧亜学園から普通の大学へ行く生徒はかなり少ない。
普通の高校は、基本コアは使用禁止。目覚めて一年も経っていない能力を振り回して暴走させて大怪我を負う学生もいるんだそうだ。
一方弧亜学園は教育と同時にコア能力開発も進めているため、卒業段階でコアは自在に使えるようになっている。しかも特定の分野専門に教育をされた生徒は十分社会人、プロとなって活躍することができるのだ。
だから、弧亜学園大学に入って引き続き担当教員とコア能力を更に開発するか、就職を選ぶか。普通の大学なんてつまらないというのが本当の所らしい。
「でもなあ……中学時代の僕の同級生が、僕が風紀委員になったって聞いたら、きっと笑うだろうなあ……」
「人が笑うか笑わないかでー、進路を選ぶんですかー?」
ココの言葉に、僕ははっと顔を上げた。
ココは横を向いたまま。だけどその横顔は、合同教室で陰口を叩いていた同級生に反論した渡良瀬さんと同じ顔をしていた。
「人のいうことなんてー、関係ないでしょー? 自分のことなんですからー。自分の将来にー、どうして他人の意見を入れちゃうんですかー?」
「……そう、だね」
考え込む。
「親とかならまだともかく、中学の同級生が僕の未来に関わってくるんじゃないんだから、あの人たちのことを考える必要はないよな……。将来の道が多いのはいいことだし……」
「やってみろと言われたんならー、やってみてもいいんじゃないですかー?」
「そう、だね」
男子寮の前まで来て、僕は頷いた。
「やってみろって機会をもらったんだから、やってみた方がいいよね」
両手で自分の頬を叩く。
「やってみるか!」
「お知らせしますかー?」
「誰に?」
「渡良瀬さんと八雲風紀委員長ですよー。正確にはお二人のコア監視員を通じて、ですけどー」
「え、報告必要?」
「渡良瀬さんは一緒に頼まれたんだから報告の必要があるしー、八雲委員長には当然でしょうー?」
「そう言うのって、僕が言わなくていいの?」
「問題ないですー。コア監視員は通信役でもありますのでー」
「うん、じゃあ、頼む」
ココはチカチカと光り出した。通信している時はこうなるんだ。
「報告終了しました」
またあの無表情になって、またチカチカ光る。
「八雲委員長からのご連絡です。志望感謝、明朝風紀委員室まで来てほしいそうです」
風紀委員室ってどこ、って聞きかけてそれを飲み込む。そんなことを言うとココがまた拗ねるだろうから。
「あ、渡良瀬さんからも連絡ですー」
何て言うか、百先輩と渡良瀬さんの時と反応が違う。偉いさんと同級生だとやっぱり違うんだろうか。
「私もやるよ、一緒に頑張ろうね、だそうですー!」
その言葉に、僕の心臓が躍った。
ドキドキドキドキして、渡良瀬さんのコアのコピーをしたいとこれほど思ったことはなかった。
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