第17話・やってみない?

「全く」

 はあ、と百先輩(僕のポリシーには反するけど、ややこしくなるので心の中でだけこう呼ばせてもらう)は溜め息をついた。

「渡良瀬瑞希さん」

「え? あ、はい!」

「一緒に来てもらえる? 貴方の力が必要かも知れない」

「おい、一年生巡っての乱闘に一年生を入れるのか?」

「彼女の能力は他者強制鎮静化よ。私のように替えの効く能力じゃないわ」

「まーだこだわってんのかよ」

「いいから。心配だと言うのなら兄さんが護衛すればいいでしょう。丸岡さんもついてきてくれるでしょうし」

 そりゃ行くけどさ。

「せーっかく抜けてきた乱闘現場にまた行くのかよ。お前の放電一発でいんじゃね?」

「一年生を巻き込むでしょう」

「絞り込むことだってできるだろ?」

「……可能な限り穏便に済ませたいの」

「一年相手にいきなり電撃食らわせたヤツがねえ」

 この一言で、上級生が百先輩が教室に入ってくる前から待機していたのが分かった。教室かそのすぐそばにいないと、百先輩が彼方に電撃食らわしたなんて知らないはずだから。

 一先輩が駆け抜けてきたルートを戻ると、人団子が大きくなっていた。

「おーやれやれ一年! 派手に行け!」

「こンの……上級生だからって偉そうにしてんじゃねーよ!」

「そっちの方がえらそーじゃないっすかあ!」

 案の定、彼方が一人の上級生とケンカ状態になっていて、周りでは見物する人、賭けてる人(ギャンブルもいけないんじゃ?)、気にせず勧誘してる人とされてる一年生、ごっちゃごちゃになっていた。

「落語研究会、彼方壮さん、ケンカはやめて下さい! 二重の校則違反です!」

「えー。あっしはなーんもしてないっすよー。この一年生が風を吹かせてるだけでー」

「くっそ、ひょいひょいよけやがって……!」

 落語研究会の先輩が、……少なくとも一年じゃ最強クラスだろう彼方の攻撃をひらりひらりとよけ続ける。コアも使ってないのに。

 これが、上級生の実力?

「では、彼方さんが治まれば、貴方も挑発をやめますね?」

「そりゃあケンカを買って出たわけじゃないっすからねー」

「電撃なんてもう食らわねーぞ俺はあ!」

「渡良瀬さん」

 百先輩に言われ、渡良瀬さんが一歩前に出た。

「こいつが俺を倒せるわけないだろう。それとも、生贄に差し出すって言うのか?」

 渡良瀬さんはゆっくりと前に出た。

 渡良瀬さんのコア周波数が変わる。

 一度読み取った、あの穏やかな桃色。

 右の拳にぎゅっと白い光を集めて、それを彼方めがけて投げつけた。

「こんなもん、当たった……って……」

 擬音にするなら、ぷしゅう、とでも言おうか。

 他者強制鎮静化は、見事に効いて、あれだけ興奮していた彼方が、拳を落として、緩んだ顔をしていた。

「よかった、効いた」

「すごい力だね……」

「当てられなきゃ意味がないけど。彼方くんが油断して真正面から当たってくれてよかった」

 謙遜する渡良瀬さんの横を通り過ぎ、百先輩は落語研究会の先輩と彼方の前に立った。

「落語研究会。彼方壮さん。明日までに、反省文一〇枚、ですよ」

「へーいへい。あっしはなーんにもしてねーのに、反省文かあ……」

「何か異論でも?」

「いーえいいええ、やりますとも。雷は落っことされたくないからねぇ。地震雷火事オヤジっと」

「彼方さんも」

「……はい、わかりました」

 おお。初見以来、ここまで大人しい彼方を見たのは初めてだ。

「ありがとう渡良瀬さん。お礼に、お茶でも一緒にいかがです?」

「え?」

 渡良瀬さんがどんぐり眼を丸くして百先輩と僕を交互に見る。……どうして僕を見るんだろう。

「コピーくんも一緒がいいんだってよ」

「せせ先輩っ?!」

 今度が僕がわたわたする番だった。

「構いません。丸岡さんとも一度お話をしておきたいと思っていましたから。兄さんは……」

 一つの部屋に、女性二人と僕一人。

 ……まずい。そんなシチュエーション、今まで出会ったことがない。

 僕は助けを求めるように一先輩を見た。

「くっく、そうだろうなあそうだろうなあ」

 一先輩は楽しそうに笑う。

「彼女いないクチだったろうからなお前。美人二人と一つ部屋って、そりゃあ気まずいだろうなあ」

「あら、私を美人と認めてくれるのかしら」

「俺の妹だからな」

 百先輩は軽く肩を竦めて、言った。

「兄さんも一緒に。陸上部の会計報告、まだだったわよね」

「チッ、そう来るか。まあ行くつもりではあったからいいけど」


 案内されたのは、生徒会会議室と書かれた大きなドアの前。

「ここは生徒会のメンバーと一緒じゃなきゃ入れねえ開かずの間だ」

 一先輩が教えてくれる。

 ココは黙っているが、これまで喋る機会がなくて相当溜め込んでいるのか、渡良瀬さんそっくりの顔で膨れっ面。

「どうぞ?」

 百先輩に言われて入ってみれば、そこは会議室と言うよりは、ホテルのラウンジ。ソファやふかふかの椅子があちこちに置かれていて、テーブルもおしゃれなものだった。

「紅茶かしら。それともコーヒー?」

「俺ウーロン茶」

「……冷蔵庫に冷えたペットボトルがあるからそれをどうぞ」

「ありがたいありがたい」

 許可を頂いた一先輩はおしゃれな冷蔵庫のドアを開けて、常備されているらしいペットボトルを取り、一本を僕に投げてよこしてくれた。

「兄さん……」

「こいつも俺と同じクチかと思って」

「す、すみません」

 紅茶と言う飲み物がある、としか分からない僕に、百先輩の淹れる多分高級そうなお茶は豚に真珠になると思ったのを一先輩は察したらしかった。

「構いませんよ」

 百先輩は軽く肩を竦めると、渡良瀬さんオーダーのミルクティーを淹れる。

 甘い香りが広がる。

 百先輩の分の紅茶と、渡良瀬さんのミルクティー(両方紅茶らしいけど僕にはどう違うのか分からない)が準備出来て、一先輩はペットボトルのふたを開けた。

「さあ、どうぞ」

 一先輩はペットボトルのお茶を半分ほど一気に飲み干して、息を吐いた。

「渡良瀬瑞希さん」

 百先輩が切り出した。

「生徒会の風紀委員をやってみない?」

「え? 私が、ですか?」

「ええ。丸岡仁さんもぜひ一緒に」

「え? 僕も、ですか?」

 渡良瀬さんは分かるよ。あの乱闘を穏便に終わらせたんだもの。だけど僕は、見てただけだよ?

 百先輩は穏やかに微笑む。

「風紀委員と言われたって、何をすればいいのか……」

 僕の小声の訴えに、そうね、と百先輩は頷く。

「朝の挨拶運動。イベント時の警備。服装チェック。校則違反行為生徒への指導……と言ったところかしら」

「む、無理無理無理無理」

 僕は慌てて首を横に振った。

「ぼ、僕、生徒への指導とか、できません」

「私も……今の力じゃ、とてもじゃないけど校則違反の指導だなんて……」

「二人とも、担当教員に話を通して、許可は得ているわ」

「相変わらず仕事の早いことで」

 一先輩が呟く。

「渡良瀬さんの課題は、遠距離からの強制鎮静化。それは数をこなすしかない」

「そりゃあそうですけど……」

「丸岡さんの課題の一つは、コアコピー回数をこなすこと。ただし、相手の色を知らずにコピーする」

「はい、そうですけど……」

「合法的にコア能力を使うには風紀委員になって、不良素行生徒の相手をするのが一番だと思うけれど、どうかしら?」

 うぬぬぬぬ。

 渡良瀬さんは、コア能力を使うには誰かが興奮してないといけない。四六時中彼方の傍にくっついてればいいかも、と思うけど、あの三白眼を渡良瀬さんの傍に置いておくとあいつが彼女に何をするか分からない。

 僕のケースもだ。

 確かに百先輩の言うとおり、誰彼構わずコピーして気付かれたらそれで相手が怒る可能性が高い。相手がこっちに攻撃してこようとしているという事情があるなら、いくらでもコピーできる。合法的に。

 御影先生もそれを考えてゴーサインを出したと思うんだけど……。

「危なく、ないですか? 風紀委員って」

「そうね。でも、希望者は多いわ」

「どうして?」

「ガイダンスで言った通り、風紀委員は攻撃的なコア使用が認められているの。それが欲しいがために、希望者は常にいっぱい。でも、間違った方向に使う可能性のある人には任せられない」

「じゃあ、何で私たちを……」

「渡良瀬さんの他者強制鎮静化は滅多にある能力じゃないわ。相手を平和的に抑え込める。警備とかには欲しい人材」

「僕は?」

「貴方のコアはまだ未成熟。でも、今、攻撃されたら、反射的に相手のコアをコピーしてしまう。そうよね?」

 頷いた僕に、百先輩は微笑んだ。

「なら、合法的にコアをコピー・使用できる。間違っているかしら」


     ◇     ◇     ◇     ◇


 生徒会会議室で、二人の一年生が出て行って、双子が残った。

「随分あの二人に詳しいじゃねぇか」

 一が空になったペットボトルを握り潰す。

「一年生を風紀委員にするなんて例外中の例外と思うがな。確かにあの嬢ちゃんの能力はすげーよ。でも、コピーくんまで入れることは……」

「兄さん、私が一年生を風紀委員にするわけないと思っていたでしょう」

「思ってたさ。さっきまではな」

「仕方がないわ。御指名があったんですもの。しかも、直々に」

「誰だ?」

 百は、静かにその名を告げた。

「何ッ」

 一が反射的に立ち上がる。

「学園長が……?」

「そう。あの二人……特に丸岡さんを生徒会の管轄下におけと」

「学園長は生徒会には基本不干渉だったんじゃねぇのか?」

「そこを押しての御依頼よ。生徒会と言ったって、学園の一組織。学園長の意向には従うしかない。そうでしょう?」

「…………」

 一は立ったまま、同時に生まれた妹の顔を見ていた。

 百も、座ったまま、兄の顔を見上げた。

「しゃーねえ」

 ぼすん、と椅子に座り直す。

「お前が俺を同席させたのも、目の届くところにいたら、庇ってやってくれ、そう言うことだな?」

 百は小さく頷いた。

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