第16話・勧誘ラプソディ

「なんか外騒がしいな」

 気付いたのは、一人の生徒だった。

 一年生ガイダンスが終わって、八雲(百)先輩がドアを開けて出て閉めたそのわずかな間に、ざわめきを聞き取ったのだ。

「なんだろ」

「んなもん関係ないだろ! さっさと出りゃいいんだよ!」

 怒りの持って行き場を見つけた彼方が怒鳴りつけて、ドアをガッと引く。

 その瞬間、三十人近い人が流れ込んできた。

 人の雪崩に巻き込まれてあっと言う間に彼方の姿が見えなくなる。

「新聞部、新聞部!」

「陸上部に入りたい奴!」

「コア実験同好会、楽しいよ!」

「うわ、うわ」

 僕と渡良瀬さんも人雪崩に巻き込まれそうになったところで、首根っこを掴まれて、ひょいっと持ち上げられ、人の流れから反らされた。

「よっ、一時間ぶり」

「八雲先輩!」

「え?」

「あ、えーと。さっきの八雲先輩と違って……」

「俺は八雲一。さっきの百の双子の兄だよ」

 ニッと笑って降ろしてくれた先輩は、背中で僕らを人雪崩から庇ってくれた。

「これ、なんなんです?」

「クラブ勧誘だよ。弧亜学園は人数は少ないけど、部活や同好会が結構あってな。一年生ガイダンスが終わった後は勧誘タイム、ってわけだ」

「ちなみに先輩は」

「陸上部。一応キャプテン」

「陸上って、私、そう言うのできるわけじゃ」

「確かに入ってくれりゃ嬉しいけど、嫌がるのを入れるほど陸上部は部員に困ってないんでね」

 それに他の部員が勧誘をしてるはずだし、と先輩は笑った。

「で、顔見知りがヤバかったから助けたってだけ。お前がいっしょうけんめい庇おうとしてた彼女もついでにな」

「い、いや、彼女じゃ……!」

「何の話?」

 それまで人団子を見て呆然としていた渡良瀬さんが会話に戻って来て、僕は慌てて言葉を切った。

 そして、別の話題を見つける。

「ここでは、何か部活に入らないといけないんですか?」

「いいや。クラブ・委員会・同好会、入るかどうかは自由だ。コア授業が忙しくなって幽霊化するのも結構多いし。ただ、数がいると学校からの助成金がデカいんだよ。球技部なんて野球もサッカーもラグビーも全部ひっくるめてるから結構な人数いてなー……でも人数不足だから今日は野球、明日はサッカー、って好きなスポーツの練習できないって嘆いてるヤツもいる。けど、本気で将来を球技系に向けたいんだったら球技研究している教員に変わってもらってコア開発授業をコアスポーツの球技にするヤツもいるし。俺もそうだな。さっき百が言ってたろ? 生徒指導課の和多利先生。あれ陸上部の顧問なんだわ」

「和多利って先生、忙しくないですか?」

「この学校に長いと、時間をひねり出すのが上手くなってな。交通法規のDVD見せてる間に部員のコンディションから練習内容考えて、終わったら移動法の実習を見ながら担当生徒の教育をして……てな感じ。教員ができるほどの研究者は大体みんな時間の使い方が上手いな」

「はあ」

 コア監視員に聞くより、生の実体験は役に立つ。

「八雲兄! そこにいる一年生を寄越せ!」

「一って名前があるんだからそっち呼べよ」

「その一年生を陸上部に入れる気なのか?! 男子の方、あの無色コアだろう!」

「球技部でコアコピーして全球技制覇して見ないか?」

「いやいや、書道部で心を落ち着けてって効果もあるぞ」

「萌えを追いたいなら文芸部に!」

「お前ら文芸名乗ってるけど漫研と根っこおんなじなんだろ、知ってるぞ!」

 何か知らないが、僕を勧誘しているはずが先輩同士のケンカになった。

「しゃーねえなあ……」

 先輩のコアの周波数が変わったのが分かった。コアを発現させている。まさか、コアを使った勝負? でもあれ、八雲(百)先輩が言ってたように教員の許可なしでのコアケンカは……。

「おし」

 先輩は平然と、僕と渡良瀬さんを右肩と左肩に乗せた。

平間ひらま! 勧誘やっとけよ!」

「あっ。ずるいキャプテン逃げるんすか!」

「しっかり捕まってろよ。よーい……」

 八雲(一)先輩は低く体勢を整えると。

「スタートッ」

 物凄い勢いで、人団子を突っ切った!


「はいゴール」

 人団子が追いかけてこない位置まで走って、先輩は僕らを下ろした。

 物凄い力だった。筋力と瞬発力、その二つが図抜けている。

 これが。

「俺のコアは自身肉体強化でな」

 軽くはっはっと呼吸をしながら、先輩は説明してくれた。

「筋力や運動能力、再生力が発動するついでに頑強にもなる。人間重戦車なんてあだ名を頂くくらいに」

「す……ごい」

 渡良瀬さんが口に手を当てて呟いた。

「でも、そんな能力なら、陸上部に入らなくてもよかったんじゃ」

「きっちり副作用があるんだよ」

 先輩は苦笑した。

「酸欠、オーバーヒート、反動。……いわゆる息切れ、熱中症、筋肉痛は普通に起こるんだ。肉体を強化すればするほど、副作用は大きくなる。だから陸上部」

「なるほど、本来の肉体を鍛えないと使いづらい能力なんですね」

 僕も納得した。先輩と初めて会って御影先生がコピーさせてくれと頼んだ時、「こんなひょろい身体じゃ」と言った意味がようやく分かった。今の僕の肉体であの力を使ったら、次の日と言わず直後にガッタガタになっているだろう。

「兄さん、何してるの?」

 冷静で穏やかな声がした。

「八雲先輩」

 もう一人の八雲先輩がいた。

「おう百。クラブ勧誘のついでに一年生助けてきた」

「全く、私が教室を出た瞬間に全員がコアを発動させようとしてたのが分かったわ。一年生がドアを開けるまで乱入は禁止って言ったけど、守られてた?」

「それは大丈夫」

「ならいいけど……乱闘にならないか心配ね。今年の一年は個性やコア能力が強い生徒が多いから」

 そして、僕と渡良瀬さんに目を向けた。

「兄が失礼しました。怪我はありませんか?」

「あ、それは大丈夫です。八雲先輩……えーとお兄さんの八雲先輩が助けてくれたんで」

「一でいーよ」

 先輩が言った。

「八雲先輩って呼ばれる度にどっちだってなる方が面倒くさい」

「私も、百で結構です」

 八雲(百)先輩も、穏やかに微笑んだ。

 困ったなあ。年上の人を名前呼びなんてできない質なんだけど。

「八雲委員長!」

 一人の腕章をつけた二年生が走ってきた。

「勧誘が乱闘になってます! あの問題児がケンカ吹っ掛けて、上級生が面白がって!」

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