第15話・そう言えばここは学校だった
一年合同教室に来ていた数十人は、僕が入ってくるのをチラリと見て、挨拶もせずにぼそぼそと話している。
「私の担当、本当は彼が欲しかったんだって」
「俺もだよ。二番目の男ってな」
……確かに無色ってのはないし、コピー能力もこれまでない超レアだってのは認めるけど、そんなことで嫉妬されてもなあ……。第一、二次試験で水の攻撃を受けなければ、僕は間違いなく受験滑ってたし……。
……ん?
そもそも、二次試験の時、水をぶっかけようとしたのは、誰だ?
彼方ならコアは白に近い青だから、可能性はある。でも、空気操作に特化した彼が水も操れるなんて、ちょっと無理があるよな。能力や、もしかして二つ以上コアを持ってるなら、そもそも受験の前に出会ったあの時に名乗りを上げていただろうし。でも、受験生への攻撃は三次試験以外では認められていなかった。彼方が何度も僕に突っかかって来ては警告されていたことを考えると、これからここに集まる五十四人のうちの誰かとは考えにくい。
試験官の先生や研究者? 僕があまりにも色が変わらないから頭に来て?
いや、それなら、その前に失格を宣告すればよかっただけの話だ。
攻撃のおかげで合格できたわけだけど、僕に攻撃してきた誰かが間違いなくいるんだ。この学園に。
……夢の学園生活なんて浮かれてられない。
第一、ここにいる僕を含めた五十四人は全員ライバル。どんな手段を使ってでも相手を出し抜こうとするヤツだっているかも知れない。
ただ弧亜に受かったって浮かれてるだけじゃダメなんだ。マンガや小説ならエンディングだけど、僕の人生は僕が死ぬまで終わらない。敵がいる可能性があるのなら、警戒はしておいて当然だ。
「丸岡くん!」
高く心地のいい声が耳に届いた。渡良瀬さんだ。
「担当教員、どうだった? 丸岡くんの担当は御影先生、だっけ?」
「切れ者っぽい、でも面白そうな人だったよ。渡良瀬さんの担当は、受験の時に診察してた阿古屋先生だね」
「そ。会うなり、『丸岡くんが欲しかった~』って大溜め息」
けらけら笑いながら言う渡良瀬さんに、この教室にいる全員の視線が集まる。
「でも、『他者を強制的に鎮静化する能力の方が私の研究に向いているか』って立ち直ってた。なかなか打たれ強い人みたい」
それは打たれ強いと言うんだろうか。
ひそひそ声が更に低くなる。
「担当教員が自分以外を欲しかったって言ってるのに」
「あの女、感情なんてのがあるのかな」
「あるに決まってるでしょうあなたたち悪口は聞かせたいなら大声で言いなさい」
渡良瀬さんはスパッと切り返した。
「教員だって人間なんだから、欲しかった生徒をゲットできなかったのは残念に決まってるでしょ。それでも自分を選んでくれたんだから、先生の誇れる生徒になるように努力するのが当然でしょ? 他人を選びたかったからってどうなのよ。確かに本命じゃなかったかもしれなくても、今その先生に選ばれたのは私でありあなたたちなのよ。どうしてそれを誇りに思えなくて、丸岡くん以上のコア主になろうと思わないのよ」
ひそひそ声がぴたりと止まった。
「というわけで、私も丸岡くん以上のコア主になるつもりだから、よろしくね!」
「うん、よろしく」
にっこりと前回の笑顔に、引き込まれそうになるのを必死で押さえながら、僕も笑顔を作って握手した。
言っている間にも教室には人が入ってくる。
「ふん。くそチートがいやがった」
そんなことを、わざわざ大声で聞こえるように言う相手は、やっぱり。
「彼方くん」
渡良瀬さんが咎めるように言ったが、どうやら一番最後に入って来たらしい彼方は止まらない。
「いいか、貴様ばかりがコア主じゃないんだぞ。俺のコアをコピーできたからって、俺に勝てたわけじゃない。むしろお前は吹っ飛ばされていた」
「彼方壮さん」
「うるさい、このものまねオウムが偉そうな顔をするのが弧亜なんて、入らなきゃよかったぜ。誰も彼も丸岡丸岡って……!」
「彼方、壮さん」
「しつこい! 俺の邪魔するヤツは……!」
「今からでも記憶を消されて、学校追放されたいんですか?」
自分を呼ぶ声が背後からと分かって、彼方は振り向いた。学園の制服を着て眼鏡をかけた綺麗な女の人が、そこに立って、彼方を見上げている。袖には二本のライン。二年生だ。
「何様だてめえ」
「貴方の先輩です」
細身の女性は、牙をむき出しにしたような彼方を相手に動揺する様子もなく、冷静に穏やかに声をかけた。
「この学校では、コア開発のため以外の暴力行為は一切認められていません。暴言もそうです。ここにいる五十四人は厳正な試験を通って合格しています。コア能力を理由に暴言を吐くことは、自分の価値を下げますよ?」
「貴様、俺がどんなに強いか知ってんのか」
「この学園に合格するというだけで、貴方の実力は分かります。でも、戦闘能力が高くても喧嘩を売っていいという理由にはなりません」
「貴様……!」
彼方が拳を振り上げた。
「俺の実力を……思い知れ!」
彼が空気を練る前に、先輩は動いた。
軽く、握手でも求めるかのように彼方に手を差し伸べる。
バチッ!
火花が散って、彼方は座り込んだ。
「五万ボルトの電圧です」
温厚そうな先輩は、冷静にそう言った。
「中学校ではどうだったか知りませんが、ここは弧亜学園。貴方より一年、二年先に入学してコア能力を磨いている人間がいることをお忘れなく」
「…………!」
すごい……。電流を使えるんだ。
でもあの顔、どっかで見たことが。
「では、改めまして。弧亜学園生徒会風紀委員長、
ああそうか、八雲一先輩に似てるんだ。体格とかは全然違うけど、やっぱり顔の作りが何か似てる。双子なのかな。下の名前で呼んだら怒られるかな。いや、話す機会はないか。
「寮や学校の案内は既にコア監視員によってなされていると思いますが、基本的に鍵のかかっている部屋は部屋の担当教員の許可がない限り入室禁止です。強引に入ろうとした場合罰則となりますのでご注意ください」
八雲(百)先輩は穏やかな声でおっかないことを言ってくるけど、それはこの学園が日本最高のコア研究施設でもある証拠であって。
「ちなみに、この学園の最高罰則は、記憶操作の上学校追放となります。私と同学年でも、三人、校則違反の繰り返しによってこの罰則を受けました。皆さんが一人も欠けることなくこの学校を卒業できることを心から祈っています」
それから主に午前中に受ける一般授業の教師が順番に紹介されて。
「そして、コア車道移動免許を取得されたい方は、コア移動法と交通法規、車道移動練習の特別授業を設けますので、生徒指導課の
八雲(百)先輩が車道移動免許のことを言っている間、やっとショックから立ち直った彼方は僕の方をギンギンに睨んでいた。しょうがないか、コア車道移動法違反を中学の時点でやらかしてたんだから、バレたら免許もらえるはずないし。
コピーしなきゃ何にもできない僕には関係のない話だし。
「では、何か質問は」
手を挙げたのは一人だけ。
「……はい、彼方さん」
「コア開発のため以外の暴力行為は一切認められていないって言うんなら、さっきの俺への攻撃は、明らかな暴力行為だよなあ?」
……あれだけひどい目にあわされたのに、まだケンカ売るかな。
「生徒会、及び風紀委員会などの一部の生徒は、素行不良あるいはコア使用による暴力を静める為のコア使用が認められています。それに、貴方に関しては」
「あんだよ」
「成績優秀なれど問題行動多しと内申書に明記されています。優れた成績とコア能力があって学校の入学が認められましたが、基本的に貴方は問題児なのです」
「なっ……」
そこかしこで、吹き出す音が聞こえた。
「貴様ら、笑ってんじゃ……!」
「その為に、貴方の担当教員が和多利先生となったのです。和多利先生は生徒指導担当でもありますので、貴方のしたことは全て和多利先生の知る所となります。コア車道移動免許が欲しいのなら、大人しくしておいた方がよろしいのでは、と」
彼方は拳を作って振り上げて……そのまま拳を横に持って行って壁を殴った。
「では、質問がないようでしたら、これにてガイダンスは終了いたします。何か問題が起きたと思ったら、コア監視員を通じていつでも生徒会や教員を呼んでください。生徒会は皆さんが平和な学園生活を送ることを願っていますし、その為なら如何なる協力も致します」
八雲(百)先輩が頭を下げて、ぱらぱらと拍手が起こって、ガイダンスは終わりとなった。
「先輩、すごかったね」
横の席にいた渡良瀬さんが小声で言ってくる。
「バチッて、スタンガンみたい」
「五万ボルトの電圧って言うから、本当のスタンガンと同じ威力だよ。多分色々な電流技持ってるんじゃないかな」
「やっぱり弧亜学園って、すごいねえ……」
渡良瀬さんの言葉に、僕は二年生の先輩二人を思い浮かべて大きく頷いた。
彼方には、天敵その2があらわれた、だったみたいだけど。
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