第14話・チートは使いこなすのに不便かもしれない

「さて、誰かのコアでなければコピーできない能力なら」

 御影先生は立ち上がった。

「それを伸ばすには、コア主に頼んでどんどんコピーしていくしかない。しかも、できるだけ多くのコア主から」

「そんな、協力してくれる人っているんですか?」

 色々聞いた話によると、担当教員同士の仲はそんなに良くないって言う。

 僕の場合みたいに一人の生徒を取り合ったり、研究内容が一部似ていて、早い者勝ちで栄光を掴むとか。

 そんな、競争している研究員やコア医が、能力コピーに協力してくれるんだろうか。

「心配はいらない、君の教員の候補者は大勢いたからね。研究の一部に協力できるだけでも私も相手も研究は進む」

「……そう言うもんなんですか?」

「そう言うものだ」

 先生はそう言い切って、机の傍にあるモニターのスイッチを入れた。

「これは?」

「君の二次試験、三次試験の録画だ」

 映し出されたのは、確かに中学の制服を着ている第二次試験の時の僕で。

 周りのみんなが微妙に色が変わっているのに、僕だけ色は変わってない。

 だけど。

 モニターの外から、コア能力と思われる水の噴射が僕めがけて飛んできた。

 その時、僕の体は、確かに全身青に染まっていた。

「分かるかね?」

 モニターに映る青色の僕を示して、先生は言った。

「君のコピー能力は、君に敵意を持ったコア攻撃を感じた時、相手の色を確認しなくても速やかに発動される。こちらもだ」

 今度は第三次試験。中庭のど真ん中で彼方に攻撃を仕掛けられ、僕の全身は白に近い青に染まった。そして、相手の攻撃がどんなものか分からないのに(技名を言ってたじゃないかと思われるだろうけど、技名だけでどんな攻撃が来るかは完全に把握できない)、全く同じ力を使った。いや、相手の技のマネをして、相手と同じ力を発揮した。

「危ない、と感じると、君は無意識のうちに相手のコア周波数を読み取って、それをコピーする。そして相手と同じ技で相殺できる。だけど、これを見たまえ」

 試験の様子。僕が放った空気圧殺エア・プレッシャーが自分のものと同威力だと感じた彼方は、僕と彼方の真ん中で押し合っている空気の塊に空気弾エア・バレットを撃ち込んで、力を増そうとした。

「今のところ、君は攻撃された能力を無意識でコピーしている。逆を言えば、攻撃されない技をコピーはできないんだ」

 御影先生は、ホワイトボードに字を書き殴った。

 課題1。相手の色を見ずにコピーすること。

 課題2。コピーした能力を、相手を上回る力で発動すること。

 課題3。攻撃された以外の技を使えるようになること。

「この三つをクリアできれば、君は恐らくコア戦闘では最強のコア主になれる」

「……それって、どういう理屈で」

「コンビニのコピー機のようなものだな。同じ書類をコピーしても、インクの濃い薄い、色が白黒かカラーか、写真コピーが書類コピーかで仕上がりが違ってくるだろう。それと同じだ。相手の情報を得る前に、君のコア威力を高め、そして相手が放つ前に相手の技で攻撃できれば、泥仕合にならずに済む。コアをどれだけ相手より強い力で発揮するかだ」

「……すいません、よくわかりません」

「まあ推論より実践だな。データは多い方がいいから、大人数のコアをできる限りコピーしなければいけない。後はコピー速度の上昇か。攻撃されない限り瞬時に色を変えられないのは致命的だ」

 そして先生は僕のコアを見た。

「私のコアをコピーするには十分くらいかかったが、わたら……もとい、以前コアをコピーした時はどれくらい時間がかかった?」

 一瞬動揺した僕に気付いたのか言いなおした御影先生の言葉に、僕は渡良瀬さんのコアをコピーした時のことを思い出した。

「確か……三分、くらいかな」

「そこまで差が出たか」

 先生は腕を組んで考え込む。

「コア主との相性か、コア色との相性か、それともコア周波数との相性か。そこまで調べなければならないな」

「すいません、手間をかけて」

「なに、研究と育成は手間をかけるものだ。手間のかからん育成など育成とは言わない」

 研究者らしいことを言って、先生はモニターのスイッチを切った。

「コアを知らない人間のコアをコピーすることも必要だな。これは君が暇な時にやればいい」

「はい?」

「授業で隣に座った人間のコアをコピーするんだ。断りなくてもいいだろう」

「いや、それって失礼なんじゃ」

「研究に礼儀など必要ない」

 ……真面目そうな人に見えるけど、やっぱりそう言うところは研究者なんだなあ……。

「攻撃を受ける前にコピーして相手の能力を把握すれば、その分勝ちやすい。その理屈は分かるね?」

「分からなくもないですが」

 その時、ブザーの音がした。

「む」

 先生が顔を上げる。

「何です?」

「来客だ」

 先生は外の様子を確認してからドアを開けた。

「御影先生、うちの担当教員から預かり物」

 メモリを持って入って来たのは、かーなーりー筋肉質で背の高い、なんて言うかごつい人だった。その人の視線が僕の顔に来る。

「お、お前がコピーくん?」

「コピーくんて」

「悪い悪い、御影先生が無色コアコピー能力生徒をゲットしたって噂になっててな。いやー俺の色もかなり珍しいと思ったけど無色と来るとは思わなかった」

 ニッと笑った人は、悪意のある人には見えなかった。

「丸岡君、彼は二年生の八雲やくもはつ君だ」

 先輩なんだ。

「よろしく、お願いします」

「おう。じゃあ先生、俺はこれで」

「ありがとう八雲君……いやちょっと待ちたまえ」

「なんすか先生」

「ちょっと実験に協力してもらえないだろうか」

「俺のコアをコピーするんすか? いやそれはやめた方がいいんじゃ。こんなひょろい身体じゃ……」

 八雲先輩は眉間にしわを寄せた。

「なに、コピーして能力を使うわけじゃない。コピーできるかどうかを調べるだけだ。君のコア能力の弱点はよく知っている」

「いいっすけど、見せたりとかはしなくていいんすか? 俺のコア見せるといちいち服脱がなきゃいけないんだけど」

「その必要はない。十分かそこらの時間、ここにいてくれればいい」

 と言って御影先生は僕の方を見た。

「やってみたまえ」


 八雲先輩に意識を集中する。

 先生は僕がコア紋を読み取ってコピーすると言っていた。だから、別に目で見てコピーする必要はない。それは分かるんだけど。

 どうすれば、と思った瞬間、不意にそれは来た。

 何て言うか、波動のようなもの。

 八雲先輩の周りにある何かが、波となって、僕のコアに影響を与える。

 この波をコアに移せばいいのか。

 イメージで、感じる波のイメージをコアに読み取らせる。

 ゆっくりと、ゆっくりと色のないコアに色がついてきた。

 赤みを帯びた強い黄色……いや、金色、か?

「へえ」

 八雲先輩が口笛を吹いた。

「マジでコピーできんだ」

「もういい、丸岡君」

 集中した影響で疲れた僕に、先生は声をかけた。

「この色は……」

鬱金うこん色。ターメリックとも言うな。彼の場合は金色に近いが」

「俺も自分のコアの色をこんな形で見れるとは思わなかった」

「コアを見たことないんですか?」

「背中だからな。鏡を二・三枚使わないと見れねえよ」

 先輩の豪快に笑う声の終わりに、凄まじい音量のチャイムが響いてきた。

 振動が床に響くほどの大音量。

 思わず耳を押さえる僕の目の前で、御影先生は明らかに舌打ちしていた。

「もう時間か」

 迷惑チャイムが鳴り終わって、耳から手を離した僕に聞こえたのは、そんな言葉。

 あれだけの大音量だったのに、平然とした顔をしている。

「この学園のチャイムって、どこもこんなにうるさいんですか? 寮は普通の音量だったのに」

「いや」

 残念そうな顔をして御影先生は言う。

「我々研究者は、育成・研究に夢中になって時間を忘れるということが多々ある。その場合、対象である生徒への負担が大きくなるので、夢中になった教員を止めるためにこれだけ大音量なんだ。研究者の使っている部屋や場所のチャイムは大体さっきの音量だ」

 確かに。もう一時間以上は経っている。僕は先生のコアのコピーで結構疲れていたのに、先生はけろっとしている。

「この音に早く慣れときな。いちいち驚いていると心臓がいくつあっても足りねえよ」

 八雲先輩は笑って、じゃあな、と部屋を出て行った。

「では、今日の担当時間は終わりだ。これから休憩を挟んで、午後から一年生合同教室で自己紹介と授業担当教師、時間割などの発表がある」

「ありがとうございました」

「ではー」

 それまで黙っていたココが口を開いた。

「一年合同教室までご案内いたしますー。行きましょうー!」


 さっきのチャイムの音量の動揺が落ち着いても、僕の心臓は高鳴っている。

 これから同級生に会うというのもちょっと緊張している理由だろう。

 同級生で、僕が知っているのは、彼方と渡良瀬さんだけ。残る五十人近くの全員とも顔を合わせているはずだけど、受験の緊張や僕みたいな落ち込みで誰かさんの顔を覚えている余裕なんてなかったはずだ。あと三次試験の対戦相手くらいか。

 階段を上って少し行くと、「一年生合同教室」と書かれたドアがあった。

 何人かの生徒が入って行くのが見える。

「ではー、こちらにお入りくださいー」

「その前に、他の人の監視員の顔は見えないし、君も他の人には見えなのは確かなんだね?」

「はいー! そう言う能力を持っていれば別ですが、一年生に今のところコア監視員を視覚できるコア主はいませんー!」

 よかった。本当によかった。

 僕は一度深呼吸して、ドアを開けた。

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