第11話・顔合わせ

 彼方を追いかけて二人が走っていき、残った一人……受験の時試験官を務めていた人が頭を下げた。

「入寮早々済まなかった」

「いえ、運が悪かったんですよ」

「コア監視員にも入学式まで顔を合わせないように、と命令してあったはずなんだが、彼方君の判断力は相当なものだ。監視員の言い分によると、君たちが近付いているのに気付いて遠回りのルートを選ぼうとしたところ、自分に見られたくないものがあると判断して振り切って来たんだそうだ」

「彼が合格するのは予想してました」

 あの空気を操る能力。才能・実力ともに、これまで僕が見てきた同年代の中でも上の上のそのまた上を行っているような感じだった。

「不思議なのは、僕が合格したことです」

「ふん?」

「一対一のバトルでの判断なら、空中に吹っ飛ばされて自力で戻れなくなった僕は間違いなく失格でした。なのに結果は合格。勝ったと思った彼が怒っても仕方ないですよ」

「合格したのが不思議と?」

「ええ」

「普通なら合格したら敗北したことなど忘れて浮かれるはずだが」

「浮かれたかったですけど、僕のコアが使えるようになったのは試験中。僕のコアの能力……多分、コピー能力で彼と同じ力を性質を持っていたかもしれないけど、使い方はやっぱり相手が上でした。なのに……」

「慎重なのか、自己評価が低いのか」

 試験官はニッと笑った。

「弧亜学園の、今年の入学者は五十四人だ」

「三次試験参加者、全員合格?」

「そうだ。それで納得できるか?」

「できません」

 試験官は口元に笑みを浮かべたまま、僕を見た。

「正確には、二次試験の時点で合否は決まっている。コア能力の性質とそのコントロールができるか。学園にとって有益となるか否かを見極める。三次試験は、入学後……全員が入学したとして、どのような方面にどう育てればいいかを考えるための模擬戦闘だ」

「どう育てれば、いいか?」

「そうだ。学園案内で気付いたろう? この学園には合同教室があってもクラスというものはない。一人の生徒に一人の教員がつく。弧亜学園の教師が全員コア研究院あるいはコア医なのも知っているだろう? 生徒全員を見て、誰がその生徒を担当し、伸ばしていくかを、コア研究員に割り振ったり、あるいは気に入った一人を取り合ったりする……三次試験は合格後の君たちの生活を決めるものなんだ」

「じゃあ、僕にも担当の人がいるんですか?」

「ああ。本来なら入学式後に紹介される予定だが……」

 青年試験官……コア研究院としても若手なんだろうインテリ風の大人はにっこりと笑って、手を差し出した。

「私が君の担当教員、御影みかげ秀敏ひでとしだ。これから三年間、よろしく頼む」

 僕は呆然としたまま手を握られていた。


 部屋に戻って、僕はベッドに転がり込んだ。

「大変な目に遭いましたねー」

「大変なんてもんじゃなかっただろ」

「ええ、ええ! チェンジにはきつく言っておきました!」

「チェンジ?」

「彼方壮さんのコア監視員の名前です」

 ……彼方のコア監視員もココと同じような性格かも知れない。名前が「交代」だって……。

 でも、クラスがないのは助かった。間違って彼方と同じクラスになってたら、毎日ケンカ吹っ掛けられるのが目に見えている。

「でも、合同授業とかでは顔を合わせますからねー?」

「まあ……先生たちのいる前で僕にケンカ吹っ掛けるほど分かってないヤツじゃないだろ」

 ベッドに大の字になって、僕はココに聞いた。

「これからの予定はどうなってるの?」

「十八時半に食堂が開きます。その後は自由時間の後、二十一時半点呼、二十二時消灯。明朝六時起床、七時より朝食、午前十時より本校舎講堂にて入学式が行われます」

 真面目な顔と声で言ってから、ココは二パッと笑った。

「自由時間は何をしても自由ですけど、羽目を外し過ぎないようにしてくださいねー」

「安心して、初めての場所で問題を超すほど度胸ないから……」

「はいー! これまで観察した丸岡さんの性質では、問題行動はまず起こさないものと信じておりますのでー!」

 スマホのアラームをかけようとすると、ココが止めた。

「そう言うことはー、私がやりまーす! その為の監視員でーす! コアだけでなく、コア主の体調、精神状態、全てを監視するのが監視員ですから、ひと眠りの目覚ましくらいお手の物ですー!」

「……じゃあ、十八時に起こして」

「了解しましたー! 十八時ぴったりに起こして差し上げますー!」


 文字通り十八時ぴったりに起こされた僕は、ココに案内されて食堂へ向かった。

「食堂には教師がいるの?」

「いますともー。食堂は男性生徒・教員・研究員全てが利用できるようになっていますー」

「……じゃあ、彼方と顔を合わせても誰かが止めてくれるかな……」

「多分ー」

「多分って」

「あの行動で分かったのは、彼が優れたコア主であるというだけでなく、勘も鋭く、判断力もあるということですー。それがいい方に働けば、日本を代表するコア主にもなるでしょうが、悪い方に働けばー」

「僕になんかやってくるってことだね……」

「そう言うことですねー」

 はあ、と溜め息をついて、ふと顔を上げて、ココの顔を見て、御影先生の話を思い出して、訊いた。

「渡良瀬さんは?」

「はい?」

「僕と一緒に三次試験を受けた渡良瀬さんだよっ! 君の顔のモデルの! 彼女も合格したんだよね?」

「御影先生が仰ったようにー、二次試験合格者は三次試験の結果如何に関わらずー、全員合格していますー。当然、渡良瀬瑞希さんも合格なさっていますよー」

「そっか……」

 自分のせいで僕が落ちたのだと泣いていた女の子。

「合格したんだ……よかった……」

「何なら会う時間を作りましょうかー?」

 爆弾発言に僕が呆然としているのに気付いているのかいないのか、いや気付いて勿体ぶっているんだろうコア監視員は続けた。

「コア監視員は監視員同士で伝達ができますー。彼女の監視員に伝えて、お二人が会える時間を作るなんてお茶の子さいさいですー」

「で、でも、彼女に迷惑は」

 その時、ココがちかちかと発光した。

「ああ、ちょうどよかった」

 ココは渡良瀬さんそっくりの顔でにっこり笑った。

「渡良瀬瑞希さんから、夕食後にお会いできないかとご連絡を頂きましたー。二十時過ぎに、校門で待つそうですー」

「え? 僕の都合、じゃなくて決定事項?」

「だって、行くでしょう?」

「行くけどさ」

「断らないでしょう?」

「断らないけどさ」


 夕食は下手するとお母さんのより美味しかった。さすがは最高峰の学園、食事も最高峰。

 だけど、時間が近付くにつれ、心臓がバクバク言い始めた。

 僕と会いたいって? 本当に? 冗談じゃなくて?

 食事もそこそこに部屋に戻り、一応髪を撫でつけて、校門に向かった。

 受験の時、彼女が待っていてくれていた校門。

 あの時と同じに、彼女が待っていた。

「丸岡くん!」

「渡良瀬さん」

「よかったー!」

 僕の顔を見るなり渡良瀬さんは膝から崩れ落ちた。

「渡良瀬さんっ?!」

「丸岡くん落第したものだって思ってたから、ずっとずっと心配だったんだ……。電話番号も聞いてないし、ミャルに聞いても「入学までは教えられません」って言うしさー! もう、私が合格して丸岡くんが落ちたらどうしようって思ってさ!」

「ありがとう、ごめん」

 僕は頭を下げた。

「この通り、無事合格できた」

「よかったー……」

 座り込んだまま、渡良瀬さんは良かったを何度も繰り返す。

「明日から、同じ学校なんだよね」

「うん」

「じゃあ、これから、よろしく!」

 時間がないから、と女子寮に帰る彼女の姿が見えなくなるまで見送って、僕はきびすを返した。

「顔がにやけてますねー」

 にやけてた? 何で?

「理由が分からないんですかー。うーん、それなら言わない方がいいですかねー」

「何をだよ」

「なんでもありませーん。私は丸岡さんのコア監視員、丸岡さんの精神安定と体調管理とコア観察がお仕事でーす」

 やっぱり渡良瀬さんとココは違うなあ……。

「それより、早く寮に戻りましょうねー。私がついていながら入学式に寝坊なんて真似はさせませんのでー」

「寝坊したことないよ」

「今の興奮状態で眠るのは難しいと思いましてー」

 うっ。

 反論できない。

 渡良瀬さんの笑顔を見て、心臓のバクバクがまた復活してる。

「明日は入学式、弧亜学園の生徒となる大事な日なんですからー、遅刻なんてさせませんー! ええ、させませんともー!」

 盛り上がるココに先導されて、僕は寮への道を道順も覚えず歩いていた。

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