第10話・入寮早々
学生寮は、学校の敷地内。校門から向かって右に男子寮、左に女子寮がある。
そんなに大きな建物じゃない。
それもそうか、三次試験まで来た全員が入学できたとしても五十四人。たった二クラスで教室が足りてしまう。
「はいはーい、こっちですよー」
コア監視員が寮の中を案内する。
同じコア監視員を持っている同級生には見えるんじゃないかと心配したけど(なんせ同じ試験を受けた顔なんだ)、誰の傍にも監視員は見えなかったし、虚空を見て何か話している人も結構いた。
「はい、その通り。コア監視員はコア主の波長に合わせて作られていますので、基本的に他の人間には見えませーん」
「基本的?」
「例えば同じ監視員とか、私たちを創造したコア主には見えるということでーす」
よかった。「こんな子タイプ」って一発バレしてしまうのを見られてしまわなくて本当によかった。
「はい、丸岡さんのお部屋はこちらでーす。このコア紋読み取り機に右手をかざしてくださーい」
ドアの脇、右手の形をした黒いパネルに手を当てると、コアが反応して、かちりとドアが開いた。
「登録されたコア主以外には基本は入れませんので、プライバシーは完全に守られているわけでーす」
コアはそれぞれ独自の周波数、コア紋を持っている。だから、指紋や網膜と同じように、個人識別に使う機械なども開発されてるって言うけど、学生寮に組み込んでいるってのは珍しい。さすがは弧亜学園、最先端の学校。
中に入ると、実家の部屋より一回り広い部屋に、家から送られた段ボールとかが置かれていた。家具家電は基本寮持ちだけど、テレビや洗濯機、エアコンまでついている完璧さ。キッチンもあるけど、学食もあるのでそこで食べても構わないとか。
「すごい学校だなあ……」
ベッドに腰かけて、僕は溜め息をついた。
「丸岡さーん」
監視員が僕の顔の前でにっこり笑っている。
「何?」
「あなたは私に名前を付けないんですかー?」
「名前?」
「はーい。さっき確認したところ、丸岡さん以外の学生はコア監視員に個体認証用の名前をつけてるって聞きましたー。コア監視員なんてカタッ苦しい言葉はやめて、もっと親しみを込めて呼んでくださーい」
いや、そう言われても。
「何故ですかー? 長いお付き合いになるんですから、私も、もっと親しく呼んでもらいたいでーす。例えばー。「ミズキ」とか?」
「……なんか聞いたことあるんだけど」
「はーい。私のモデルとなった受験番号一七四番のー」
「待った! 待ったあ!」
それって渡良瀬さんの下の名前じゃんか!
「何故ですかー? 同じ顔をしてるんですから、その名前を付ける方も多いと聞きましたー。不思議じゃないでしょー?」
「聞かれたらどうすんだよ!」
誰にも監視員の姿は見えないし声も聞こえない。だけど監視員と話しているコア主の声は聞こえる。
誰かいる時間違って呼んだらどうすんだよ!
言い訳できないだろ!
「渡良瀬瑞希さんと親しくなるためにー、私で名前呼びする練習とかー」
「僕は女子を下の名前呼びすることはない!」
「今時硬派ですねー」
硬派じゃなくて下の名前呼びする度胸がないだけ、なんだけど、この監視員に知られたくなかった。
渡良瀬さんと同じ顔をしてるけど、どうもこの監視員、お喋りって言うかおせっかいって言うか……。
「じゃあ、違う名前、つけてくださいよー。認識名称のついてない監視員は私だけなんですよー? つまんないですよー。私だけコア監視員だなんてー」
あーもー。監視員なら監視員らしく監視しとけ!
「お願いですよー。名前ー。な・ま・えー」
名前を付けないと喚き続けそうだ。
だけど、名前ってったってなあ……。うち、ペットも飼ってなかったから、何かに名前なんてつけたことないぞ。
無難で、呼びやすくて、監視員が納得する名前……?
「……ココ」
「ここ?」
「ココ。君の名前だ」
「わー!」
ココは花が咲いたように笑った。
やっべ、その笑い方、渡良瀬さんそっくり。
「ココ、ですね! 個体認識名称ココで登録します! ありがとうございます丸岡さん! つきましてはー……」
「まだなんかあるの?」
「私は丸岡さんのことをどうお呼びすればよろしいんでしょうか?」
「好きに呼んでくれ」
「ア・ナ・タ。とか?」
「丸岡さんでいい!」
こいつを作ったコア主はどんな性格してんだ! それともコア監視員はみんなこんな性格なのか? だとするとコア監視員が集まると相当やかましいぞ。
でもよかった、他の人には見えなくて、他の人のも見えなくて、本当によかった。
「では、丸岡さん。名前と呼称も無事決まりましたので、これより寮及び学校内の案内をします。ついてきてくださーい」
「顔合わせとかは?」
「それは明日入学式後に行いまーす。大勢揃って歩くと説明漏れなどがありますのでー」
ココに案内され、寮内を歩いた。
入り口にも当然ながらコア紋認識があって、外部からの侵入者を警戒している。
一階には談話室と食堂があり、大浴場も設置されている。温泉の湯を引き込んでいるのだとココは得意げに教えてくれた。
二階以上は四棟に分かれている。一年棟、二年棟、三年棟、そして監視棟。監視棟には男性の先生が住み込んでいるのだと教えてくれた。
一年棟や二年棟と呼ばれているけど、進級によって部屋が変わるわけでなく、棟の呼び名が変わるだけとか。
その方がいいよな。学年が上がる度に部屋引っ越すのも色々大変だし。
その後は学校を案内された。
不思議なことに、教室にはクラスがない。普通一年A組とかあるはずなのに、一年生から三年生までクラスがない。あるのは合同教室と、大小さまざまな教室や、研究室などで、学生が使うスペースはそんなに広くない。広いのはコア研究の為の設備などを収めておくスペースだ。
弧亜学園は日本コア研究の最先端を行く。高校と銘打ち、教師やコア医、生徒と学園の体を作ってはいるものの、その実態は優秀なコアとコア主を集め、コア教育や新能力の開発に勤しんでいるという。
だから、学園で編み出されたコアの教育法はそのまま他の学校に伝えられる。
この学校にいれば、常にコアの最先端の分野に触れられるわけだ。
「で、こちらが中庭になりまー……」
ココの説明は最後まで聞こえなかった。
あの時と同じ、嫌な気配。
気配から感じる色を、コアにコピーするようにしながら、僕は横っ飛びに飛んだ。
ずががががぅ!
派手な音を立てて地面が抉れる。
「何故、貴様が……」
間違いない。こいつは……。
「俺に吹っ飛ばされた貴様が、何故のうのうと学園に来ているんだよ!」
やっぱり!
彼方壮!
「ココ!」
ココはコア攻撃の影響を受けた様子もなく、彼方のほうを見ながら何かチカチカ光っている。
そして彼方が吠えた。
「そんなもの知るか! 俺は奴に勝ったんだぞ! 負けた奴がこの学園にいるってことは、裏口か何かに決まってるだろ!」
チカチカを終わらせたココが溜め息をついた。
「困ったものですねー……あちらの監視員にもできるだけ遭遇しないルートの案内を言っておいたのですがー……勘が鋭いというかなんというか」
「僕があいつと遭遇しないようにしてた?」
「はーい。三次試験の報告から、できるだけ彼と丸岡さんが誰もいない所で接触しないようにしようって話だったんですけどねー。あちらの監視員が遠回りのルートを案内しようとしたら、この道を通ってまずいことでもあるのかってこっちに来ちゃってー……。あ、でも、大丈夫ですー。今、責任者を呼び出しましたのでー」
バタバタバタっと足音が響いて、三人の大人がやって来た。ココの言う責任者らしい。
「彼方壮! 授業以外でのコアの暴力的指導は違反だ!」
「なんで奴がいるんだよ! 奴は! 俺に負けて!」
それは僕も聞きたいことだった。
「入学式前に退学になりたくなかったら、下がりなさい! それとも彼に関する記憶を全部消したほうが大人しくなれるか!?」
ぐう、と彼方は息を飲んだ。
そして、彼方を取り押さえていた大人の手を振り払って、寮の方へ戻って行った。
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