第9話・合格したら

 合格……?

 え、マジ。どうして。

 僕、三次試験で負けたのに。

 でも合格の二文字はしっかり記入されていて……。

 それ以外の何か連絡の紙はないかと探して、封筒の中にもう一枚の紙が入っていたことに気付いた。

 小さく折りたたまれた紙。たたまれたところに朱色の判が捺されている。

 「合格者御本人のみお開きください」と言う但し書きもついていた。

 何だろう。

 そっと開いてみる。

 何も、書いてない?

 折りたたまれた白紙の用紙……いや、真ん中に、小さく何かが書いてある。

 「コアを当ててください」

 コアを? 当てる?

 僕は右手の甲を紙に当てた。

 その瞬間。

 ぼっと紙が燃えた。

 驚いて紙を手放して、熱くなかったことに気付くのに数瞬遅れて。

 紙は跡形もなく燃え尽きて、その煙だけが残って。

「合格、おっめでとーございまーす!」

 甲高い声が響き渡った。

 え。何。誰。

 ここは僕の部屋だよね? 部屋にはテレビないよね? 女の子の声が聞こえるはずないよね?

 頭の中をクエスチョンマークいっぱいにして、さっきまで煙が浮かんでいた方向を見る。

 そこにいたのは。

「……渡良瀬さん?」

「はい残念、外れー」

 僕の頭の大きさと同じくらいの身長をした、サイズ以外は渡良瀬さんにそっくりな、背中から透明な羽の生えた女の子が浮かんでいた。

「私は弧亜学園から派遣された、丸岡仁さん専用のコア監視員でーす!」

 コア監視員?

 そんなの、見たことはおろか聞いたことすらないぞ。

 そんな僕の疑問に気付いたのか、コア監視員はニコニコ笑顔で続けた。

「学園から派遣されたコア生物で、丸岡さんが、今この時から学園を出るまで、お傍でコア能力の監視をすることがお仕事でーす。ついでに規律違反などがないかなど監視するのもお仕事の内に含まれていますので、そこの所よろしくお願いしまーす!」

「は、はあ」

 コア生物。それはコアから生み出された特殊な生命体。

 相当のコア能力者が長い修練を積んでようやく達する、生命を生み出すという奇跡。動き回る樹なんかはカンタンに作れるけど、こんな風に自我まで持っている生物を作るのは相当な色の濃さと訓練が必要だとされている。聞いたことはあるけれど、この目で見るのは初めてだ。しかもそれを生徒の監視に使うなんて、さすが弧亜学園。

 でも、……なんで渡良瀬さんと同じ顔?

 僕の問いに、コア監視員はニコニコ顔で答えた。

「私たちコア監視員は、対象者にしか見えませーん。そして、二十四時間三百六十五日お傍にいまーす。なので、対象者が好意を持てる姿に見えるようになっていまーす。要するにー、好みのタイプか、好きな子の姿に見えちゃうわけでーす!」

 ……え。

 それって、僕は、渡良瀬さんのことが好き……ってこと?

 いやいやいや!

 確かに渡良瀬さんは可愛いし、優しい子だったけど! 彼女に迷惑だろ、僕なんかが好意を持ったら!

 僕の混乱を無視して、コア監視員は僕の顔の真ん前に来た。

「では早速ですが、入学を申請しますか?」

 …………え。

 さっきまでのテンションとはえらく違う真面目な声と顔で聞いてきた監視員に、僕は面食らってその顔をまじまじと見てしまった。

「これより二十四時間以内に入学申請をしないと、入学許可が取り消されます。速やかに保護者と連絡を取って、入学申請するか否かをご回答下さい。なお、コア監視員の存在は保護者にも秘密にしてください」

 そこまで言い終わって、また監視員はにっこり笑顔。

「さーあ、最初の訓練。親御さんを説得して学校に入学するべし! 急げ急げ!」

 僕は合格通知を持って、部屋を飛び出した。


 両親とおばあちゃんは相当驚いていたけど、封筒と合格通知を見て、泣いて喜んでくれた。だって、小学校の時から僕の第一志望は弧亜学園だったから。淡いベージュと言うコアの力を何とかして引き出そうと一緒に頑張ってくれたもんね。今までコアの力に目覚めたのを言わなくてごめん、と謝った。

 そして二十四時間以内に入学するかどうか決定しなければならない、と説明する前に、心配するな、胸張って入学しろ! と言ってくれた。

 ので、話し合いを見ていたコア監視員に頷きかけると、彼女は頷いて、それが入学届となった。

 あっさりと終わった届出に呆然としている間に、僕が弧亜学園に合格したという話は、ご近所と学校にものすごい勢いで広まっていた。

「え、マジ?」

「そんなことってあるの?」

「あの秘密の試験に通ったってこと!?」

 僕の所には同級生や、下級生の親御さんが来て、秘密の試験の内容を教えてくれと頼まれたけど、僕は口をつぐんだ。

 だって、喋った時点で入学取り消し、記憶も消されるから。しかも、彼らには見えないけれど監視員が二十四時間無休で僕の傍にいる。

 そりゃあ喋れないでしょ。


 だけど、どうして合格したのか。

 あの一対一の勝負、僕は間違いなく彼方壮に負けていた。

 渡良瀬さんを助けようと、油断した隙をつかれて屋上まで吹っ飛ばされ、自力帰還不可能になった。

 普通、その時点で僕の負けは決定となる。

 負けたのに、合格?

 その疑問を監視員に投げかけると、彼女はあの事務的な声と表情で首を横に振った。

「合格基準はお知らせできません」

 その後、二パッと笑った。

「入学後、担当の先生に聞いてみてくださーい!」

 担当の……先生……。

 そうか、僕は弧亜に合格したんだ。

 今更ながらにその実感がわいてきた。

 何もできないコアしか持っていなかったこの僕が。

 弧亜学園の三次試験まで通って。

 二ヶ月後には、あの学園に通うことになる。

 彼方もいるだろうけど、そんなの関係ない。嫌な奴の一人や二人、弧亜学園に入学できることを考えればいくらでもガマンできる。

 ベッドにゴロゴロしていても、お腹の底から興奮が沸き上がる。

 このコアで、僕の人生はマイナスに変わったと思った。

 だけど、違ったんだ。

 僕は使い方を知らなかっただけ。

 このコアで、弧亜学園に合格したんだ。

 僕が! 弧亜に!

 叫び出したくなる口を枕に押し付けて喜びが出ないようにして、じたばたする日が続いて。

 その間に、どさどさと入学金とか制服代とか教科書代とか寮費とかの請求書が来て、主に親が忙しくなって。


「忘れた荷物があったらあとから届けるから、連絡しろ」

「うん、お父さん」

「体に気をつけてね。何かあったらすぐ先生に言って」

「分かったよ、お母さん」

「あんたは合格を勝ち取ったんだ。胸を張って学校に行きなさい」

「ありがとう、おばあちゃん」

 弧亜学園は全寮制。長期休暇以外は帰宅できない。だから、今度家族と顔を合わせるのは夏休み。

 十五年間住んでいた家の玄関を出る。

「それじゃあ、行ってきます!」

 明日は入学式。

 どうして合格できたのか、それはいまだに不思議ではあったけど、受かったというなら行かせてもらう。今更学校のミスだったなんて言わせない。

 おばあちゃんの言った通り、胸を張って行く。

 学園に!

 今日から、僕の新しい人生がスタートするんだ。

 手を振る家族にもう一度手を振って、僕はその第一歩を踏み出した。

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