第8話・結果
「そこまで!」
風見鶏に引っかかりながら、僕はその声を聞いた。
ああ……終わったか。
勝てなかった。コアに目覚めはしたけれど、結果を残せなかった。
でもまあ……いいか。
記念受験じゃなく、本当に、この学校に挑めた。
この戦いのことも、僕は忘れてしまうんだろうな。コアの発動方法まで忘れてしまうのかな。
ぼんやり考えていると、救助が来た。
試験官の人らしい。二人そろって浮いている。
「怪我はありますか」
「多分、ないです」
「一応全員医務室に連れて行くことになっています。貴方もここを降りたらコア医の診察を受けてください」
「分かりました」
ぶ~らぶら状態から解放されて、無事、地上に降り立つ。
半分ぼーっとしてて、この人たちの能力をコピーして下りればいいなんて考え、思いつきもしなかった。
そのまま医務室へ連れて行かれる。
コア医は生真面目そうな、ギリギリお兄さんと呼べる人間だった。
「コアを見せて」
右手を突き出すと、コア医は眼鏡をかけなおし、じっと僕のコアを見つめた。
「なるほどねえ……」
コア測定機にかけて、波長を診たりしてから(僕のコアを最初に検診した近所のコア医より設備はずっと新しかった)、コア医は手を離した。
「初めて見たよ、こんな色は。あんな戦い方も」
「……はあ」
「是非とも本格的に調べてみたいところだが……」
「
僕を連れてきた試験官に睨まれて、阿古屋と呼ばれたコア医はおっとと首を竦めた。
「とりあえず、コアには異常なし、コアが肉体に与えた影響もなし。五体満足、おめでとう」
五体満足なのはいいけどそれでおめでとうと言われるとは思わなかった。
「じゃあ、今日はもう帰ってよし」
「え? 結果は?」
「普通、受験結果が即日に出るかね」
「……出ませんね」
筆記試験に千人近い人数がいた。実技の三次試験だって五十四人。色々な方面から見なければ合格は出せないだろう。
「だから、試験内容は誰にも言ってはいけない。言った時点で、たとえ合格だったとしてもその資格はなくなる。理由は分かるだろう?」
コアは職業上必要な場合及び自分の身を守るため以外に他人に攻撃的な使い方をしてはならない。コア法の基本だ。
そして三次試験の内容はそれを大きく外れている。
「政府と警察の許可は取ってあるが、うるさいPTAなんかに知られると色々まずいからな。そう言うことだ」
「じゃあ、失礼します」
カバンを抱えて、よれよれになった制服と体で高校受験の長い一日は終わった。
……に見えたけど、まだ終わってなかった。
校門を出ようとすると、僕より背の低い人がいた。
「丸岡君」
「渡良瀬さん」
どんぐり眼に涙をいっぱい溜めた渡良瀬さんが立っていた。
「……どうしたの?」
「ご、めん、ね」
震える声で、彼女は謝った。……どうして?
「私が、吹っ飛ばされなきゃ、丸岡君、あの人、倒せてたのに。私、庇って、吹っ飛ばされちゃって。ごめん。あんなこと言ったのに。丸岡君が、落ちたら、私の、せいだ……。ごめん」
「ちょ、ちょっと、泣かないで」
ハンカチで涙を拭う渡良瀬さんが泣いている理由が、正直分からない。
「もしかして」
僕はあの時のことを思い出して、言った。
「僕が、空気のクッションで、君を空気圧から助けた時のこと?」
渡良瀬さんはこくんと頷く。
「大丈夫だよ。僕は、十分に、いいことあったから」
「でも、合格に、手、届いて、たんだよ?」
「僕はいいんだ」
渡良瀬さんの目の前に右手を突き出す。相変わらず淡いベージュの僕のコア。
「これの使い方が分かったから」
「そ、うだ。どんな、力、なの?」
「多分、コピー、かな」
「こぴ?」
「色が変わる」
渡良瀬さんは涙の溜まった目で僕のコアを見る。
「どれくらいの距離かは分からないけど、傍にいる人のコアの色に変色する。そして、そのコア主と似たような技が使える」
「私のコアはマネできる? これ」
渡良瀬さんは服の袖をまくり上げて、左ひじについた白みの強いピンク色のコアを差し出した。
多分、できる。
相手の能力を見なくても、色を認識していれば。
この色に、変われ、変われ、変われ……。
ゆっくりと、僕のコアが、白みを帯びてきた。
切羽詰まっているわけじゃないから時間はかかったけど、僕のコアは渡良瀬さんと同じ色になった。
「……すごい」
渡良瀬さんは僕のコアに見入っている。
そう。すごい、能力だ。コアの使い方や歴史を学んできたけど、全然聞いたことがない。前例もないんじゃないだろうか。
「距離とか、コピーできる能力とか、謎だらけだけど、それでもこのコアにちゃんと力がある事が分かっただけで、僕は満足。渡良瀬さんが謝る必要なんて、ない」
「あのね。試験の邪魔してごめん。それから」
邪魔なんかじゃない、と言おうとした言葉を遮って、渡良瀬さんは笑顔で……ちょっと涙が混じって崩れた笑顔で言った。
「助けてくれて、ありがとう」
うわあ……。
こんな笑顔、今まで誰にも向けられたことなかった。
だって、今までノートを貸す時以外にありがとうなんて言われたことなかったから。
ヤバい。心臓がバクバク言ってる。頭に血が上ってくる。
思わずコアのついた右手で顔をこする。
すると、急激に心拍数が落ち着いた。
はっとコアを見る。
コアはゆっくりと淡いベージュに戻っていくところだった。
「君ばっかりに聞いて私の能力明かさないなんて卑怯だよね。私は、相手を鎮静化させることができる」
「鎮静化?」
「そう。精神的にも肉体的にも」
だから僕の心拍数があっという間に戻ったのか。
「色々な方面に使えそうだね。医療方面で引っ張りだこになりそう」
「発展途上だよ。試験相手を完全に無力化させることができなかった。もうちょっと遠い距離から鎮静化できるようにしないと危ないね。遠距離攻撃を受けたら防御しようもないし」
「実際にコア攻撃を受ける事なんて滅多にないよ」
「ううん、それが、あるの」
笑って流そうとした僕を、渡良瀬さんはさえぎった。
「特に私の能力だと、興奮・暴走状態のコア主を無理やり静めなきゃいけなかったりするから」
ああ、そうか……。
「でも、結局、負けちゃったし」
「そっか……」
「君と会って、こうして話したことも、忘れちゃうのかな」
「多分」
「残念だなあ。すごいコア主に会えたのに」
僕も残念だ。こんな優しい女の子のことを忘れてしまうなんて。
もちろんそんなことを言える勇気や度胸は僕にはなく、その後は何も喋らず、駅まで行って渡良瀬さんを見送ってから、僕は家に向かった。
試験のことは忘れているよう装った。コアに目覚めたことも言わなかった。コアに目覚めたことを話せば二次・三次試験の内容を喋っちゃうことになるから。
そうして、一週間後。
一通の封筒が届いた。
弧亜学園高校からの手紙。
ごめんなさいの手紙だと適当に封筒を破って開くと、
「受験番号一八三番 丸岡仁 合格」
一枚目の用紙には、その言葉だけがぶっきらぼうに書かれていた。
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