第5話・嬉しかった言葉

 残された二人で、案内されて教室から出る。

 部屋から出された失格者の姿は何処にもない。

 信じられない。

 コアを操ることが上手く行っていなかったのに、どうして合格したのか。

 僕に向かって飛んできた水がどうして僕じゃなく反対方向にいる試験官に浴びせられたのか。

 合格者は五十人中二人。……僕よりずっとはっきりした色を持っていた受験生もいたのに、どうして。

 どうして、どうしてと頭の中で繰り返しながら、別室に通された。


 別室にいたのは、五人だった。

 僕たちを合わせて、二百人中七人になる。

 この調子だと、千人は受けるって噂だったから、二次試験を通るのは三十五人くらい……?

 その中には、彼方壮もいた。

 一番端の席に座っていたヤツは僕の顔を見るなり立ち上がってやってこようとしたが、案内の人に止められた。

「自分の席から動いてはいけません」

「んだよ、立ったら落ちるってわけじゃねーんだろ?」

「落ちます」

 その一言に、教室中が静まり返った。

「試験官の指示に従えない受験生は、受験資格を剥奪されます。それでも、と言うのであれば止めはしませんが」

 彼方は舌打ちして椅子に座り直した。

「怖い人だね」

 僕と一緒に合格した一七四番の女の子が、こそっと話しかけてきた。

「なんか、あった?」

「関係ねーだろ貴様はよぉ!」

 小さな声を彼方壮は聞きつけたらしく、椅子の向こうから威嚇してくる。……僕に無免許飛行の上コア使用法違反をバラされたらヤバいと思ったんだろうな。

 んー、と女の子はあごに指を当てて少し考えて、言った。

「私、渡良瀬わたらせ瑞希みずき。北谷中学。あなたは?」

「丸岡仁。鹿子木中学」

「女には名乗るのか貴様はよぉ!」

「彼方壮さん」

 試験官が口を開いた。

「他の受験生への暴言も受験妨害とみなして受験資格を剥奪しますが?」

 彼方壮はしばらく試験官と僕を交互に見ていたが、

「くそったれ!」

 椅子に座ったままそっくり返って、天井を睨んでいた。

「試験官。普通に話している分には問題ありませんか?」

 渡良瀬瑞希さんが手を挙げて聞いたのに、試験官は頷く。

 ほっとしたように息をついて、渡良瀬さんは僕に話しかけてきた。

「すごい試験だったね」

 顔を近づけてきた渡良瀬さんは、なんか甘いいい匂いがした。

 あ、ヤバい。心臓がばくばくしてる。

 女の子と話すなんて、テスト間近のノートを貸してくれって時しか話したことなかったから。しかもこんなに可愛く、僕に笑顔を向けてくれる女の子なんて、今までいなかったから。

 落ち着け……普通に、普通に返事するんだ……。

「……うん」

 一言。なのに、その一言を言うのにどれだけ緊張したか。

「すごかったね、君のコア」

「……え?」

 予想外の言葉に、今度こそ僕の声はひっくり返った。

「ど、どこが?」

「すっごく青く染まって、水を跳ね返してたじゃない。あの一瞬だけだったけど、本当に、綺麗な青だったよ」

「……青?」

 彼女には僕が青く染まって見えたんだろうか。

 聞いた僕に渡良瀬さんは笑って頷いた。

「そう、青。基本色の青に近かった。深い海みたいな。いいなあ、基本色のコア……」

「ちょ、待って待って」

 僕は右手を突き出した。

「僕のコア、これなんだけど」

「え?」

 今度は渡良瀬さんの声がひっくり返る番だった。

「……ベージュだね」

「うん。淡いベージュ」

 渡良瀬さんが髪をかき上げてコアを覗き込んでくる。ヤバい、近い。

「そ、それに、今まで、力らしい力は、発揮したことがない」

「実は別コア持ってるってのは?」

「ない」

 僕は吐き出すように彼女に言った。ずっと吐き出したかった言葉を。

「だって、コア医に言われたんだもん、このコアにキャパ食われて、新しいコアは宿せないって」

「本当、に?」

 本当だと頷く。

 僕の右手の甲を見て、渡良瀬さんは首を傾げた。

「でも、確かに見たよ。そのコアが青く光って、丸岡君の全身がすっごく青になって……ああ、こりゃ私落ちたって思ったもん」

「そんな……」

「……ていうかさ、そんなコアで受験したの? 記念受験?」

「このコアを宿すまでは本気だった」

 九ヶ月の無駄な努力を思い出して、僕は項垂れた。

「筆記も頑張った。どんなコアを手に入れても操れるようにってイメージトレーニングも散々やった。でも、淡いベージュなんてイメージの範囲を越えてた。何をしてもうまく行かなかった。ここを受けたのは、せめて筆記だけでも、頑張ったって証を残したかったんだ」

 ああ、ずっと愚痴りたかったんだな、僕。

 家族は僕に色々やってくれたから、言えなかった。

 友達に話せば適当な意味のない励ましの言葉が返ってきそうで、言えなかった。

 僕、ずっと誰かに言いたかったんだな……。

「ならいいじゃない」

 声は予想以上に近い所から聞こえてきた。

 心臓が高鳴る。

 可愛い女の子の無邪気な笑顔が、間近にあった。

「君は二次試験に合格したんだよ? あの秘密の試験の一つを乗り越えたんだよ? 受験で追い詰められてコアの力に目覚めるって話はよく聞くじゃない。それが君にも起きたんだよ、きっと」

「そ、うかな」

「そうだよ」

 渡良瀬さんは笑って頷いてくれた。

「この瀬戸際で目覚められたなんて、君、すごく運がいいよ。よかったね。おめでとう」

 笑顔で言ってくれた彼女は、驚いた顔をして、ちょっと笑ってから、ハンカチを差し出してくれた。

 え?

「ほら、拭いて拭いて。感激するのはまだ早いぞ。三次試験が残ってるんだからさ」

 え?

 僕、泣いてる……?

 ごめんとハンカチを断って、自分のハンカチで顔を拭く。彼方に何か言われるかと思ったけど、喧嘩腰で失格になったらたまらないと思ったんだろう、何も言わないでいた。

「ごめ……ありが、と……」

「それはお互い三次を受かってからにしようよ。大丈夫、だって君はコアを使えたんだもん。どういう力かは分からないけど、きっと君を助けてくれる力だよ! だから、君はきっと三次も通る! ついでにそのラッキーを私にも分けてくれればうれしいな」

 ……世界に、こんなに言われてうれしい言葉があっただなんて。

 ティッシュで鼻をかんで、涙が引っ込んだのを確認して、僕は頷いた。

「ありがとう。渡良瀬さん」

「どーいたしまして」

 渡良瀬さんは人のいい笑顔で微笑んでくれた。

 ……そうだ。

 どういう理屈かは分からないけど、僕のコアは青色になって、僕は青く染まってたって言う。

 色を変えるコアなんて聞いたことなかったけど、聞いたことがないからない、と言うのはせっかちな話だ。空気とかみたいに目には見えなくても存在してるものだってあるんだから。

 未だにこのコアをどう扱うか分からない。

 でも、コアは力を出したと渡良瀬さんは言った。言ってくれた。

 なら。

 もしかしたらだけど。

 三次試験を通ることができるかも知れない。

 そう思った僕の心臓は、今度は熱い鼓動を刻み始めた。

 その間にも、一人、二人と受験者が入ってくる。

 二次で一体何人が落とされたか。

 最終的には別室に来たのは五十四人。

「では、これよりまた場所を移して三次試験を始めるので、ついてきてください」

 試験官の言葉に、僕を入れた五十四人は、一斉に立ち上がった。

 三次試験がどんな試験かは分からないけど。

 頑張ろう。

 記念受験だなんていわれないために、頑張って来たんだから。

 この試験も、通るんだ。

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