第4話・秘密の二次試験

 辿り着いた弧亜学園は、そりゃあ立派な校舎だった。

 先代の学園長が私費を投じて建てたって言うこの学園は、コアの強さだけでなく、扱いに長けた卒業生を大勢、政治や法律や上級公務員、もっと夢のある所で言えばアイドルやスターなどの芸能界、エンタメ系にも、とにかく色々な方面に送り出している超名門校。

 記念受験だけでも人気者になれる。


 だけど。

 僕は本気だったんだ。

 コアをゲットする前から、高校は弧亜って決めていて、その為に筆記試験も頑張った。模試でも合格圏内に入り、後は強いコアをゲットするだけだった。

 はあ。

 校舎を見上げてため息が漏れ、地面に目を向けてため息がまた漏れる。

 せめて、記念受験だと思われないよう、一次試験……筆記試験だけでも頑張ろう。

 受験票を提示して、僕は案内されるまま、憧れの高校に足を踏み入れた。


 午前中に行われた筆記試験は、よかった、と思う。

 自己採点で十分合格点は取れてた。

 でも、筆記じゃない。本当の試験はここから……昼から行われる二次試験、いわゆる秘密の試験だ。


 休憩時間、学校の食堂に集められた受験生はピリピリしていたけど、僕は食欲もなく、お母さんの作ってくれた弁当を箸先でつつくだけだった。

 時間も終わりそうになって、結局ぐちゃぐちゃにしただけの弁当箱を片付けている時、後ろから声が飛んできた。

「おい、そこの……貴様!」

 誰だよ、中学生で貴様なんて人のことを呼ぶのは……。

 と思って。聞き覚えのある声だと顔を上げる。

「コアを使っておきながら自分だけ逃げ出すなんて、最低の男だな」

 やっぱり。交通違反の。

 名前は、確か。

「彼方、壮、くん?」

「フン、最低でも最低なりに人の名前は覚えてたか」

 そりゃあね。

 受験日に交通違反とコア使用法違反に引っかかりそうな知り合いなんてそうそういないし。

 相手の顔を初めてまともに見る。

 背も高くて顔もいいのに、切れ長の三白眼が彼を威圧的に見せてる。うん、なんて言ったらいいかわかんないけど……僕の正反対の位置にいる? みたいな外見。

 こんな性格だから三白眼なのか、三白眼だからこんな性格になったのか。

「貴様が合格することは、ない! 俺が合格するんだ!」

「うん、君は合格するだろうね」

 警察にバレなきゃ、と心の中で付け加える。

「そして貴様が落ちることもな!」

 好きにしてくれ。

 僕のコアで合格できるとは思えないんだから。受験前から落第を確信してるから。

「第一、貴様はなぁ」

  ジリリリリリリリ……。

 ベルが鳴った。

「ふん。まあいい、二度と顔を合わせることもないからな」

 彼方壮は鼻息荒く自分に割り当てられた席へ戻った。

 僕も二度と会わないだろうな、と思って、それ以上何も言わず、カバンにお弁当をしまった。


      ◇     ◇     ◇     ◇


「えー。では、受験生の皆さん」

 試験官のお兄さんがやって来て、マイクなしでもよく通る声で説明を始めた。

「これより、二次試験を開始しますが、その前に。二次試験以降の試験内容は、失格された方には大変申し訳ありませんが、忘れて頂きます。また、二次、三次を通過しても、当校に入学なさらない方にも同じく忘れて頂きますので、ご了承ください」

 秘密の試験は二つあったのか?

 受験生に動揺が広がる。

「それでは、受験番号一番から五〇番の方、移動します。私についてきてください」

 ピリピリした空気の中、威風堂々、って感じで歩いて行くのは彼方壮だった。強コア持ちだから相当自信があるんだろう。

 呼ばれて、生徒が五〇人ずつ出て行って、一〇分ほどしてまた次の五〇人が呼ばれていく。

「一五一番から二〇〇番の方、どうぞ」

 一八三番の僕は、のろのろと立ち上がった。

 負けの決まった勝負をするのは、気が重い。

 ぎっくしゃっくと歩く受験生の中、僕だけ、重い足取りで試験官のお兄さんの後をついて行った。


 連れて行かれたのはだだっ広い階段教室。

 三段目と五段目に、僕らは番号順に二列に並ばされた。

 一番下の教卓には、何人もの試験官が座っている。

 何をしろって言うんだろう。

「えー、では、二次試験を開始します」

 大人の一人が声を上げた。

「これから、私の言うとおりにコアを使ってみてください」

 あ、こりゃダメだ。これ僕落ちるヤツ。

「まず、コアの色を全身に行き渡らせるようにしてください。イメージとしては、自分がコアの色に染まっているような感じで」

 あはは、普段からコアと同じ色だよ……。

 チラリと受験生を見る。

 浅緑に染まっている人もいれば、目だけが紫になっている人もいる。髪の毛が群青になっている人もいる。

「一六五番、一九〇番、失格!」

 うまく全身染まっていない人が、容赦なく切られていく。

「一五三番、一六六番、一五一番、一七九番、失格!」

 どんどん落とされていくけど、何色にもなっていない僕……一八三番は、何故か、呼ばれなかった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


「一八三番は何をやっているんだ」

 受験会場から離れた、会議室。

 受験会場に失格の指示を与えながら、試験監督の和多利わたりは、何故か何色にもなっていない一八三番の失格許可が下りないことに、自分の後ろを見た。

 判定役は、まだ、と首を振る。

 そして、監督に告げた。

「それは……本気、なのですか?」

 判定役はもう一度頷く。

「分かりました」

 試験監督はマイクで会場の試験官にひっそり指示を与えた。


     ◇     ◇     ◇     ◇


 呼ばれた人間が試験官に連れられて泣きながら教室を出て行くのに、僕はまだ呼ばれない。

 もしかして、今の状態で染まっていると思われてるのか。いや、それはないな。コアの色は受験届を出す時に申請してるんだから。

 まあ、こんな試験だったら確かに練習すればできそうだから、秘密になってるのかな……。

 ぼーっと突っ立っていたら、急に右手が跳ね上がった。

 僕の意思を無視して。

「え?」

 はっと顔をあげると、目の前に、水が。

 誰かの出した水が、僕めがけて飛んできた。

 避けるか。いや無理。

 濡れるのを覚悟した時、また右手の甲を上から下まで貫く感覚が襲った。

  ぎゃんっ!

 僕に向かっていた水が、真っ直ぐ跳ね返って、試験官の一人をびちゃびちゃにした。

 何が、あった?

 分かるのは、彼方壮の時と同じように、自分めがけて飛んできた何かが跳ね返ったということだけ。

 何が?

「一七四番、一八三番! 合格! 三次試験を認めます!」


 ……へ?


 何が、あった?

 ていうか、合格?


 僕は呆然としていた。


 失格者は泣きながら出て行き、一緒に合格した一七四番の受験生を見た。

 相手はちょっと幼い顔立ちをした女の子で、全身から嬉しいがにじみ出ているのがよーく分かる。

 だけど、僕は呆然としていた。

 秘密の試験の一つを、突破?

 まさか。

 一体、何が、起きたんだ?

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