第3話・コア、発動(?)

 僕は、当初の志望通り弧亜学園高校を受験することにした。

 記念受験ってやつだ。

 せめて筆記試験だけでも合格点を取りたい。

 もしかしたら受験中にコアが何が起こすかもしれない。

 そんな、コアの色より淡い期待を持って、受験会場に向かった。

 親は、受験費がどうとか何も言わなかった。

 家を出る時、お父さんは僕の肩を叩いて一言、「納得するまでやってこい」と言った。学校の先生みたいに、無駄なことを、とか、諦めろ、とかも言わなかった。

 それが、本当に、嬉しかった。


     ◇     ◇     ◇     ◇


 弧亜学園高校の受験会場は、当然ながらその学校。

 時間にはかなり余裕をもって出てきたので、自分の淡いコアを見ながら、何か力は出ないかと、意識を集中して見たり、本能的に知っているはずなのに僕には分からない力の発動方法を考えたり、とにかく最後のあがきをしていた。

 その時、背後から空を切る気配がした。

 振り返ると、ものすごい勢いで飛んでくる……人間がいた。

 コアの色と力の使いようによっては、空を飛べたり自動車より速く走れたりする。そう言う能力の持ち主は、コアの使い方、移動能力の安定、交通法規などを学んで、車道を地面または地面から二メートル以内の低空飛行で移動できる免許を持てる。

 だけどあれ、どう見てもスピード違反だぞ。

 車道の法定速度は五〇キロ。これは車も走者も飛行者も同じ。

 あの飛行者は……ちょっと待て、自動車よりだいぶ早いぞ。警察がいたら捕まるんじゃ。

 飛行者は歩道の横を歩く僕の横を飛びぬけて、急停止。いや、急停止もアウトなんじゃ。

 そして、歩いて僕の所に近付いてきた。

 そこで気付いたけど、相手も制服を着ている。見たことない制服だ。

「あの……何か用ですか」

「制服着てるってことは、この道歩いてるってことは、弧亜の受験生だな」

「はあ」

「俺は那佐中のスピードスター、彼方かなたそう!」

 彼方なる中学生は胸を張った。

「今年の試験に合格するのはこの俺だ!」

「……それじゃ、どうも」

「待て待て待て」

 迷惑そうな相手だ、離れるに限ると道をそれて進もうとした僕の前に回り込んで、那佐中のスピードスターなる彼方壮は話しかけてきた。

「お前も弧亜受けるってことは、相当なコア主ってことだよな。色はなんだ? 俺は白に近い青! 文字通り風を切るってわけだ!」

「それはどうも」

 更に進もうとすると更に妨害される。

「待て待て待て。俺は名乗ったしコアの色も教えたぞ。そっちも名乗るのが礼儀じゃないか」

 いやそっちが勝手に教えたんだけど。僕、君の名前やコアの色なんて興味ないんだけど。

「ん? いや。いやいやいや。これは俺をライバルと認めての行動なのか? 俺にコアの色や能力がバレると受験でまずいことになる、から、俺のコアへの対策を練って黙っているだけなのでは? 安心しろ、俺は合格する。お前ひとりに知られたからって恐れることはない」

 それはそっちの勝手だけどさ。

「いいの? 君」

「もちろんだ、俺の力は誰にも邪魔できない! 俺には弱点なんてないんだからな!」

「いや、君」

 僕は、相手の目を見て、きっぱりと、言った。

「無免許だろ」

 その時、彼方壮の顔は強張った。

「車道移動免許は高校に入ってからじゃないと取れないだろ? 受験日に無免許の車道飛行がバレたらまずいんじゃないの?」

「貴様……俺を……脅すつもりか……?」

「そうじゃなくて。ちゃんと歩道を歩いて学校に行きなよ。無免許飛行は黙っておいてあげるからさ。あのスピードで警察に見つかったら、例え弧亜に合格したとしても取り消しになるよ?」

 じゃあね、と僕は歩き出す。

 その時。

 後ろで、空気が動いたのが分かった。

「俺を……馬鹿に……したな!」

 風が動いている。

 空気は、あまりコアの色に関係なく操れる要素の一つ。周りにいくらでもあって、操りやすく、効果は絶大。

 だけど、背後で動いている空気の量は多い。さすが弧亜を目指すだけのことはある。

 って、悠長に考えてる場合か、僕?

 後ろの受験生が風を操って何をしようとしているか、分かってるのに。

 馬鹿にした(と勝手に思い込んだ)相手を、傷付ける為だって!

「弧亜まで送ってやるよ陰キャラ! 空から降ってくるなんて面接官の心証もすごいだろうなあ?!」

 そこへ、車のブレーキ音が聞こえた。

 黒い高級車が止まっていて、後部座席から女の人が顔を出していた。

「そこのあなた!」

 女の人が彼方壮に向かって叫んでいた。

「往来での理由ない他人へのコア攻撃は傷害罪になるわよ! やめなさい!」

「安心しろ、このナマイキなヤツを吹っ飛ばすだけさ、怪我なんてさせねぇよ!」

 慌てて振り向いた先で、目に見えないけど空気が塊になっているのが分かった。空気を塊にしているのは彼方。

「ふっとべええええええ!」

 風の渦が、僕を取り囲むように飛んできた!

「飛んで消えな!」

 咄嗟にカバンで頭を庇った僕の右手に、何か熱いものがあった。

「ん?」

 一瞬、掌を貫くような感覚が走り。

 次の瞬間、風の渦は彼方壮めがけて飛んで行った。

「うわっ」

 彼方壮はもう一つ風の渦を作って、渦で渦を受け止めた。

 何が起きたか分からない。

 だけど、今がチャンスとばかりに、僕は前を向いて走り出した。


     ◇     ◇     ◇     ◇


  ばしゅうん!


 二つの風の渦が潰れて消えた。

「え?」

 壮は、必死で中和しようとしていたコアを止めて、すぐわきに止まった車を見る。

 若い女性が、高級車の後部座席窓を開けて、手を突きだしていた。

「特別に、見逃してあげるわ」

 女性は壮に向かって言った。

「ただし、二度とこんなことをしたら、高校には入れない」

 女性は窓を閉める。

 何か叫んでいる壮を無視し、運転手に車を出すように告げる。

「驚いたわね」

「確かに」

 運転手は相槌を打つ。

「あの年であれだけの風を操れるとは……」

「あら、私が驚いたのは、彼じゃないわ」

「え」

 運転手は運転しながら問い返してきた。

「もしかして攻撃された側の少年のことですか」

「そうよ」

「私はてっきり貴女があの少年を守ったと」

「あの少年は間違いなく自分の身を守ったわ」

 女性は車窓を流れる景色を眺めながら続ける。

「やっと見つけたのかもしれないわね……最後のピースを」


     ◇     ◇     ◇     ◇


 あれだけのエネルギーを無力化するには結構時間がかかるはず。

 少なくとも僕が学校に辿り着くまでの時間は稼げる!

 彼方壮が追いかけてくる前に学校近くまで辿り着けるはずと、僕は走った。

 走りながら、僕は右手の甲を見る、

 何もなってない。

 ただの、でかいおできが、でん、と鎮座している。

 でも、さっきの感覚は、間違いない、コアから感じた。

 もしかして。

 コアが発動した?

 どうして今になって発動したのか。何の条件で発動したのか。

 分からないけど、あの風の渦を跳ね返せる力って……。

 あの感覚を思い出してみる。

 右手を上から下に貫くような感覚、あれを頭の中でリピートさせて……。

 風よ、動け!


 …………。


 ……何も、起きなかった。

 コアも、何の反応も示さない。

 そう言えば、黒い車から顔を出していた女の人がいた。

 あの人がコアで止めたのかもしれない。

 そうだよな、淡いベージュで風が動くわけないもんな……。

 はあ。

 あれは、全部、気のせいだったのか?

 ……そうだよ、九ヶ月も努力して何もなかったコアが、唐突に発動するなんてありえない。

「はは……そうだよな……」

 期待した分惨めな気持ちは倍になった。

「そうだよな、所詮僕も記念受験の一人だもんな……」

 声に出して呟くと、気分は三倍落ち込んだ。


 それから、もう、コアの実験をする気力すら失くして、俯いたまま受験会場に辿り着いた。

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