18
隣人が亡くなった地で繋がった、意外な縁。人生の教訓として引っ張り出された、元ネトゲ廃人のイケメン。
話を聞かせてほしいと連れられてみれば、すっかり話を聞いてもらう側。夕食にデザートまでつけられ、すっかりご馳走となってしまった。それを恩着せがましくないどころか、こちらがお礼を言われてしまったのだ。
少し申し訳なく感じるも、中村さんは四つも年上の人である。ここは素直に甘えさせてもらい、隣人のことでまたなにかあったらと、最後には連絡先まで交換してしまった。
彼女さんは大丈夫なのかと意地悪く聞くと、
「パスは彼女の誕生日なんだ」
と、あっさりどころか自慢気に惚気けられたのだ。本日二度目のご馳走様である。
マンションにつく頃にはすっかり日も暮れ、夜の時間へと至っていた。
まさに閉まらんとしていた、先客入りのエレベーター。それを急ぎでなくても駆け込んでしまうのは、これを逃すと損した気分になるからだ。世の中にはそんなわたしみたいな人間ばかりだから、駆け込み乗車はいつまで経ってもなくならない。
先客の人はそんなわたしを厭うことなく、
「何階ですか?」
ボタンの前に佇んでいるからか、自らの役目のように聞いてきた。
「あ、大丈夫です」
わたしはただそう答えた。
先客はどこかくたびれた顔をした中年男性。仕事の帰りか、どこにでも見るようなスーツ姿である。
わたしは花の女子高生。それも一人暮らし。
だから中年男性に住処の階層を知られたくはないのだ。というわけではない。目的の階のボタンが既に光っているから、新たに押す必要がなかっただけ。そもそも知られたくないならば、始めから駆け込んだりはしない。
そんな中年男性の横顔を、斜め後ろからマジマジと見る。
枯れ専に芽生えたわけではない。どこかで見たことあるような既視感を覚えたのだ。
同じ階で降りるのだから住民なのだろう。ならどこかで顔を合わせていてもおかしくない。ただそんな直接的に相対した記憶の引っかかりではなく、どこかで似たようなものを見た、そんな既視感なのだ。
エレベーターが目的の階で開くと、こちらを向いた顔に、手のひらを入り口に差し出した。お先にどうぞと促したのだ。軽く頭を下げてきた男性の背を追うように、エレベーターから降りる。
はて、どの部屋の住人なのか。
この階は全て1Kの単身向け。左手の薬指に指輪をしている人が、居住を構える部屋はないはずだ。
かといって友人を訪ねに来たという風でもなさそうだ。なら単身赴任か。
人の背景をあれこれと勝手に想像した先で、男性はとある部屋の前で立ち止まった。
「あ……」
つい声を漏らした。
驚きから漏れ出たものではない。立ち止まったその部屋。それだけで男性の背景、その全てを察してしまったからだ。なぜそんなにもくたびれた顔をしているのか。それに至った原因までも。
わたしの漏らした音に、男性は不思議そうにしながらこちらを向いた。
思わぬ遭遇に戸惑いながらも意を決して、
「ご家族の方……お父様、ですか?」
隣人の部屋の前に立ち止まった、その人に話しかけたのだ。
「あの子の……彦一郎のお友達、かな?」
意表をつかれたように目を見開きながらも、その首は縦に振られる。
わたしが女子大生に見えているか、はたまたそのまま女子高生に見えているかはわからない。ただ、息子に女の子の知り合いがいたなんて、そんな驚きが伺えた。
「あの、隣の部屋の者です……マンガとかよく、貸して貰っていました」
「そうだったのか……あの子にこんな可愛らしいお嬢さんの知り合いがいたなんてね。驚いたよ」
喉と鼻を鳴らしながら、息子の思わぬ一面に言葉通り驚いている。本当だったら喜びたいところなのだろうが、空元気のような声しか出ていない。
「この度は突然のことで……本当に、残念です」
こういうときのお悔やみの言葉。なにが正解なのかもわからず、そんな言葉しか出てこなかった。
「あの子のために、ありがとう」
それでも不正解ではなかったのだろう。息子のために出てきたそんな言葉に、実直なまでの感謝を述べられた。
あの子。
何度も隣人を指すのに使われたその表現。わたしにとって少し大人のあいつは、社会から見てまだまだ子供だったのを思い知る。いや、親にとっていつまでも子供は子供なのだろうと。
それがこんな形で早くも失ってしまった。まだまだ子供に過ぎないわたしには、その心中に蔓延る悲哀が、どれほどのものかは想像できない。
見ていて痛々しいほどの隣人の父親。
そんな姿から逃げるように黙って頭を下げ、自分の部屋へと入ろうとする。
同じようなタイミングで鍵を差し回した。しかし扉が開いたのは、わたしの部屋だけ。逆に鍵がかかって開かない隣室に、不思議そうな音がこの耳に届いた。
扉を潜り、そのまま閉めるだけ。
なのにそれができずにいるのは、胸の中に湧いた衝動。このまま時間の流れに任せるだけでは終わりたくない。そんな割り切れない気持ちがあったからだ。
扉を締めたわたしは、
「あの……!」
玄関先で再び声をかけたのである。
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