14
昨晩、大きな地震があった。
突如として襲ってきた地震に、その場から一歩も動けず身をすくませていた。
幸い、家具はなに一つ倒れることも、落ちてくることもない。
ただし緊急地震速報が鳴り響くスマホとテレビ。それがなによりも心臓に悪かった。
丁度蒼グリのアニメ、その再放送が流れていた時間帯である。
そんなことが起きた直後だ。ぐっすりと眠れるわけがない。アラームが鳴る前に目が覚めるも、二度寝する気にはならず。軽い睡眠不足の中ベッドから起き上がったのだ。
シャワーを浴び終わる頃には、そんな睡眠不足が気にならないくらいにはシャキっとしていた。
朝のニュースを見るような習慣なんてないが、昨日の今日だ。地震が引き起こした影響に、関心くらいは持ち合わせていた。
案の定、昨夜の地震について大々的に報じられていた。
一番酷い地点で震度六弱。その影響は計り知れない。
地震被害にあった惨憺たる現場を、これでもかと映し出された。崩れ落ちた家屋や門壁、地割れや液状化現象に見舞われた道路、果てには民家を飲み込んだ地すべりなど。
地震被害がどれだけ甚大であるかを、嫌でも思い知らされた。
ただしわたしは、それに眉一つ歪めることはなかった。被害にあった人たちを軽んじているのではない。他人事のように感じているからだ。
自らの身体どころか、この部屋に置ける全てが傷一つついていない。それでどうやって、当事者のように辛苦や悲哀を持てばいいのか。
実際、わたしのような人間が大多数だろう。テレビの向こう側の世界はここから地続きこそしているが、当事者意識を生み出すほどの力はない。海の向こう側で起きている戦争より、気持ち身近に感じるくらい。まさに距離の問題である。
だからこそこの眉が動いたのは、その変事が近隣で起きたからだ。
トラックが突っ込み、家屋が倒壊する事故があったらしい。稀によくある、なんて胡乱な言葉を扱うくらいには、珍しくもなんともない悲劇だ。
ただその事故現場は、来年受験するつもりの大学の近隣で起きたもの。ここからそう遠くない、自転車なら三十分圏内である。
上空から映し出された映像を見て、うわっとなった。家屋はまさにペチャンコだ。
事故の原因としては、あれほどの地震に襲われ、運転手がパニックを起こしたのではないか。曖昧なのは運転手が意識不明の重体だから。意識が回復次第、詳しい事情を聞くとのことだ。
そして肝心の事故被害者。
家屋を借りているのは、どうやらあの大学に通う学生らしく、連絡は未だ取れないとのこと。
今確認できている死者は一人だけ。身元の確認を急いでいるらしいが、それが誰の者であるか。ニュースを見ている者は皆、同じ結論に辿り着くだろう。
そんな悲惨なニュースを見届けたわたしの胸のうちに湧いたのは、たった四文字。
大変だな、だ。
身近に感じてこそいたが、結局のところ他人事である。明日は覚えていても、はて、明後日まで覚えていられるだろうか。毎日のように不幸なニュースが飛び交うのだから、そんな事故の一つ、一々記憶に留めてはいられない。
なにより今日は遊びに行く予定がある。それに引きずるほどのものではない。軽く胃に物を入れ、身支度を整えていると、すぐに時間は訪れた。
十時に玄関前。いくら扉を開けたらすぐ集合地点とはいえ、五分前行動を心がける常識は持ち合わせている。しかし隣人には常識が見についていないらしく、四、三、二、一分前になっても出てこない。
仮にもわたしよりは大人なのだから、そのくらいちゃんとしろ、と言ってやりたい。が、十時を過ぎてもその姿を見せることはない。
もしやギリギリになって、トイレに引きこもってしまったのか。
仕方ないのない奴、と肩をすくめながら、黙って待ってやることにした。
そういう意味ではわたしは我慢強かった。なにせ十分も待ってやったのだから。
「あの男……!」
いつまで経っても顔を見せないのは、トイレのせいではないと確信した。
短針が一周する前に、言われた通りのことを実行した。チャイムの連打である。一分近くひたすら続けるも、ドタバタとする気配一つない。
ついには扉をガチャガチャ、ドンドンしようと実力行使に出たが、
「不用心ね……」
あっさりとその扉は開いたのだ。
鍵が開いているのならそれはそれで都合がいい。不法侵入なんて知ったことかと、部屋の中に乗り込んでやろうとしたが、すぐに踏みとどまった。
扉を開いた先、タタキにあるのはサンダル一つ。昨日隣人が履いていたスニーカーがなかったのだ。部屋にいないのは明らかである。
――嫌な予感は、このとき既に感じていた。
コンビニでも行って、なにかあって遅くなっているのか。はたまた、昨晩そのまま友人の家で泊まり、未だに寝ているか帰宅中か。
どちらにせよ、これ以上玄関先で待ってやる気はなくなった。
部屋から持ち出したメモ帳に、『戻ってきたらチャイムを押せ!』となぐり書いて、上がり框に放り投げた。
ベッドにこの身を投げ出し、チャイムが鳴るのをひたすら待った。
イライラしながらも、嫌なもやもやが胸を支配する。こういうときはいつだって、時が流れるのが遅いのだ。
約束の時間から三十分後、チャイムが鳴った。
嫌なもやもやのせいで、イライラ以上にまずはホッとする。そして次の瞬間にはもう憤怒がこの胸を支配していた。
わざとらしくドスドスと踏み鳴らし、扉を開くと怒声を響かせたのだ。
「全く遅いのよ、今何分だと思ってるの!?」
「……も、申し訳、ありません」
宅配のお兄さんに向かって。
人違いにペコペコと何度も頭を下げながら、またベッドへとこの身を投げ出した。
あいつのせいでとんだ大恥をかいた。お昼だけじゃない。これは夜も奢らせなければ割に合わない。決定事項だ、と脳内であいつに説教しながらも、無為に流れる時間を過ごしていた。
十一時。
十二時。
十三時。
十五時。
十七時。
そうやってダラダラとチャイムが鳴るのを待っている内に、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。目が覚めた頃にはすっかり日も沈み、短針は再び約束の時間を指していた。
夏休みも終わろうとしているのに、変な時間に寝て、こんな夜分に起きてしまった。
胸の内に宿っている二字熟語。
憤怒でも失意でも不審でも悲哀でもない。
予感であった。
ベランダへ出て、向こうを側を覗くと、そこにいつもの光景が広がっている。なんてことはない。そこは部屋からの明かりも差さぬ無人の地だ。
ベッドへ座ると、テレビをつけた。深夜アニメを見るためではない。
ニュースにチャンネルを合わせると、地震被害の報道ばかり。朝見たような光景が広がるばかりで、代わり映えがまるでしない。
凄惨な光景なれど、日常の一幕としか捉えられず、興味はまるで引かれなかった。どうせ他人事。海の向こう側で起きている戦争と同じ、関わり合いのない日常だ。
だからそれに引かれたのは、やはり身近で起きた悲劇だから。
トラックが突っ込んだことによる、家屋が倒壊した事故。朝の続きにして最新情報が流れてきたのだ。
現在、現場から見つかった死体は全部で四体。身元の特定を急ぐ中、朝の段階で報道された死者は特定されたようであった。
渡辺彦一郎。
見たこともなければ聞いたこともない、どこにでもありそうなそんな名前。ピンとくることはなにもない。
けれど、そこに映し出された生前の写真には覚えがあった。
目を見開くすらことなく、ただポカンとこの口は半開きとなる。
数刻を置いた後、
「……あいつ、死んだんだ」
涙もなく、ポロッとそんな言葉が漏れ出した。
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