06

 隣人に進められるがまま、新たなアニメに手を出していく。


 青春、恋愛、SF、ファンタジー、スポーツ、アクション、日常ものから果てはロボットものまで。


 花の青春女子高生たるわたしに似合うものから、今までなら絶対に手を出さなかったであろうジャンルまで、次から次へと渡り歩いていった。


 絶妙なのは、隣人のおすすめの仕方だろう。肌に合わない、微妙だったと、食わず嫌いしないで感想を告げても、折角すすめたのにと怒ることはない。そうか、とだけ口にして、わたしの嗜好傾向を吟味して次の作品を選んでくれる。


 一週間前であればまず楽しめなかったな、という作品が多々あった。まさにわたしの成長に合わせて、作品を与えてくるのだ。


 時には胸が熱く、時には涙したり、そして笑ったり。


 正直、アニメが面白くてたまらない。


 蒼グリのアニメの放映から一ヶ月。テレビをつけるときは、深夜アニメを見るときという始末であった。


 わたしは花の女子高生。オタクとは無縁な友人関係を築いている。つまり周りの話についていけなくなり、共通認識たるテレビの話題に興味すら持てなくなっていたのだ。


 そんなわたしの有様に、友人たちは訝しがることはない。代わりに心配された。


 夏休み明け、ビンタを入れたことで元カレへの想いを吹っ切った。そう安堵されていたのだが、やはりまだ引きずっており、自分たちの前では元気に振る舞っているが、家ではなにも手がついていないのでは、と。


 それならテレビの話題についてこれず、テストの数字が落ちているのもわかる。


 友人たちはそう認識し始めていた。


 身の上を心配して貰えるのは、素晴らしき友情であり素直に嬉しい。


 その分、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。なにせ原因は、余暇のほとんどをアニメに注ぎ込んでいるだけなのだから。


 このままではまずい。


 勉強はともかくとしても、友人たちとの会話に混ざれないのは問題だ。テレビの話題に興味を持てずとも、せめて内容がわかった上で相槌くらい打てねば。


 だが今のわたしはもう、ドラマや映画、バラエティに耐えられる身体ではない。興味を持てないものを延々と見続けるのは、苦行以外なにものでもないのだ。ニュースを見ているほうがよっぽど面白い。


 せめて流し見くらいはしなくては、と思うも、アニメと並行して見るのは無理だ。スマホを弄りながら見続けるのも限界がある。


 そこでわたしは閃いた。


 その日の夜のベランダ。


「ねえ、なにか面白いマンガとかってある?」


 隣室のベランダを覗き込んだ第一声だ。


「待っていろ」


 そして話が早い。


 かつてはその台詞を残すと、必ずメディアケースを手にして戻ってくる。だが今日手にしているものはトートバック。仕切り壁の境界線上、その中空で渡してくるのではなく、こちらのベランダ側までその手を伸ばしてきた。


「少し重いぞ」


 トートバックを受け取ると、ずっしりとした重量感を感じた。ベランダの外に落とさないよう、配慮してくれたようだ。ちなみにそのトートバックは青く、隣人の魂の嫁が描かれていた。


「すすめる予定だったアニメの原作だ。実写映画化するくらいの作品だから、貴様でもとっつきやすいはずだ」


 隣人はそれだけ告げると、満足そうに椅子へと腰を下ろした。


「ありがと」


 わたしは初めて礼を口にして、部屋へと戻ったのだ。


 どんな物を貸してくれたのかと早速中身を確認する。


 タイトルに覚えがあった。前に番宣やCMなどで、映画の告知を見る機会が多かったからだ。その主演となった男性アイドルと女優の名も、すぐに思い出せたほどだ。


 どうやら主人公とヒロインが、互いに告白させようとするラブコメらしい。


 これがまた面白かった。


 時間も忘れ読んでいく内に、さあ次は四巻目だ、となったところで我に返った。


 このマンガはテレビを垂れ流しをするときのお供である。テレビを付けずに作品に耽るなど本末転倒。その日は気になる続きを、明日の楽しみとしてベッドへ潜り込んだ。


 こうして次の日から、アニメをそこそこに、マンガを読み漁る日が始まったのだ。


 かつて忌避し気持ち悪いとすら感じていた萌え絵は、今や日常の風景。実家のような安心感すら抱いていた。


 トートバックで貸し出されていたマンガは、一週間もすればタブレットに変わっていた。もう使っていない眠らせていたものらしく、これで電子書籍のマンガを読めとのこと。


「ちょっと意外。あんたって好きな物は、全部形として手元に置くものだと思ってた」


「そうしたいのは山々だが、場所を取るものだからな。引越しのことを見据えて、よっぽどのお気に入り以外は、電子書籍に切り替えたんだ」


 どうやら隣人は、後先考えない性格ではなかったようだ。オタクっぽいコレクター癖に目を曇らせず、計画的に物を増やしているらしい。


 電子書籍のアプリを開いて、なおさら納得した。一体、合計すると何百冊になるのか。これは確かに、全部手元に置くわけにはいかないだろう。


 とりあえず黙って、隣人のおすすめから読み漁る。アニメで計られた嗜好傾向のおかげか、


合わなかったり微妙な作品に当たることはない。すすめられた全てを夢中になれた。


 テレビを垂れ流しながらマンガを読み漁り、深夜アニメを見続けるこの生活。中途半端に友人たちの会話についていけるものだから、危機感もなくダラダラと続いていった。


 その代償は決して安いものではないと、わたしはすぐに思い知る。


 やってこなかったそのツケを、すぐに支払うハメとなったのだ。

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