03
花の女子高生生活、初めての夏休み。
友人と街に繰り出し遊んだり、彼氏とのデート三昧。そんなよくある青春生活を送れるものだと信じていたのに……
その始まりの一週間は、昼夜逆転したアダルトゲームをやる生活であった。まさにわたしがお近づきになりたくない、クラスの隅っこにいる男子たち。そんな彼らが満喫していそうな夏休みを送っていたのだ。
嫌々ではない。けれど女子高生のプライドにかけて、嬉々としていう単語も使いたくない。代わりの表現として、没入していたと言わせてもらおう。
イベントCG回収だけではなく、選択肢を間違った先にあるバッドエンド。その全て見るほどにやり込んでしまった。
深夜十一時。
五日ぶりにベランダに出ると、隣からは人の気配がした。喉を鳴らしているのはきっと、お酒でも飲んでいるのだろう。椅子に座りながら寛いでいる光景が目に浮かぶ。
「神ゲーだっただろ?」
ほら、この通り。向こう側に顔を覗かせると、挨拶代わりの得意げな顔を見せてくる。
ベランダに出た時点で、わたしが顔を覗かせてくるのをわかっていたのだ。
わたしは花の女子高生。アダルトゲームを楽しかったなんて、口にして認めるような真似はしたくない。なによりこの男の得意げな顔が、未だ気に入らないのだ。
ただ、わたしの脳みそはこの一週間、蒼グリ漬け。
「……不承不承」
もう反抗的な態度を取る余裕などなかったのだ。
次の瞬間にはその得意気な顔が、天狗の鼻のように伸びるのかもしれない。文字通り鼻高々と、鼻につくしたり顔を浮かべるのだ。
……と、思ったのだがそうなることはなかった。
「どのキャラが良かった?」
嬉しそうに笑ったのだ。
そこにはキザったらしくも嫌味ったらしさもない。褒められたことに喜ぶ、少年の笑顔そのものだったのだ。
「……ソフィアかな」
だからそんな笑顔に毒気を抜かれ、大人しく質問に答えることにした。
「話が重くて可哀想な娘だった分、最後にあんな風に報われてほんと良かった」
ふと思い返してみた中で、感想は自然と口から漏れ出した。
わかるぞ、と言わんばかりに隣人は大きく頷く。大した感想を述べたわけでもないのに、とても嬉しそうにしてくれる。
映画やドラマの話を友人とするときと変わらない。そんな空気が流れているのを感じた。
だからつい、わたしの口は動き続けたのだ。
「その次は小太郎かな。ただの最低な友人キャラかと思えば、サクラルートでは頼れる親友っぷりを発揮するんだもん。クリスルートからのギャップが良かったわね。……それがソフィアルートでは敵に回っちゃって。小太郎が死んだときは、ちょっとうるってきたわ」
「そうだろう。蒼グリはルートによって、キャラの立ち位置が大きく変わってくる。敵だったのが味方になったときの頼もしさ、高揚感は格別だ。逆に味方だったキャラが敵に回ったときの辛さ、葛藤がまたたまらん」
隣人は早口で一気にまくし立ててくる。
一週間前、正論を叩きつけてきたその早口。今は淡々としたものはなく、むしろ滾るような熱量が込められていた。
「立ち位置が変わったキャラといえば、ユーリアも良かったわね。クリスルートでは死んで清々したくらいだけど、最後までやったら見方が一番変わったキャラだったわ」
「そうなんだ!」
と、急に張り上げられた叫声に、ビクリとしてしまった。
先日のわたしの行動を棚に上げて言うのなら、近所迷惑甚だしい。それを指摘しようとする前に、その早口はもう始まっていた。
「サクラとソフィアルートで掘り下げられる、ユーリアたんの過去と内面、そして活躍。人生の幸福を知らず得られず、どうやっても満たされない幸福の器。クリスルートでカノンによって力こそ与えられたが、その代償はあまりにも重すぎた。ユーリアたんは肉体的苦しみを受け入れ、その身を全て投げ出しクリスと戦っていたんだ。その先でユーリアたんが残した最期の台詞、『ありがとうお姫様。楽しかったわ』は命と引き換えに得た、刹那の幸福から漏れ出たもの。そこに深い意味が込められていたとわかるのは、まさにソフィアルートをやってからなんだ!」
嬉々としてまくし立てるようなその語り口。自分が喋りたいことを一方的に叩きつけるその早口が、少しキモかった。
だが、それ以上に思ったのは、本当に蒼グリが好きなんだ、だ。
好きな物を語るその目は、少年のように輝いてすらいた。
一度火がついてしまったせいか、その熱量は一気に燃え上がった。延焼するかのように次から次へと、その早口は作品の設定、裏話を語りに語った。
それを止めることも、聞き流すこともなく、合いの手を入れながらわたしは聞き届けた。
生涯無縁だと思っていた、アダルトゲームの話が面白かったからだ。
「おっと、もうこんな時間か」
その早口が終わりを告げたのは、日付が変わった頃。ふと腕時計に目を落した隣人は、目を丸くすらしていた。
明日は平日。
わたしは夏休み真っ盛りであるが、大学生の夏休みはもう少し先らしい。喋りたりなそうにしている隣人の横顔が、少し面白かった。
人生初めてのアダルトゲーム。
女子高生のプライドから口には出さないが、心の中でくらいは素直に認めよう。
蒼グリは楽しかった。
一過性の衝動で一度は投げ出さんとしたこの命。それを救ってくれる面白さが、あのゲームには宿っていた。
でも、これでもう終わり。
綺麗に物語が終わった。これより先はない。
アダルトゲーム漬けの昼夜逆転生活。無理やりここから寝て、また戻さなければ。
また明日から、女子高生らしい生活に戻ろう。未読無視しを続け、心配をかけた友人たちに謝ることから始めなければ。
そうやって明日のことを考えながら、お祭りが終わってしまったような寂しさ、その余韻に浸っていると、
「待っていろ」
かつてのように一方的にそう言い残し、隣人は部屋の中へと戻っていった。
そして戻ってきたその姿、手にしているそれを渡してくる光景は、まさにかつての繰り返しであった。違いがあるとすれば、無言で渡してきたことくらいか。
「なにこれ……蒼き叡智の……協奏曲?」
「蒼グリのファンディスクだ。もしカノンが黒の賢者の声を聞いていなかったら。そんなイフの世界の物語。話は重くはない、お祭り騒ぎで楽しめる神ゲーだ」
かくしてお祭りが終わるどころか、お祭り騒ぎのアダルトゲームを渡され、昼夜逆転生活が続くのであった。
五日後。
作品の感想を言い合う中で、とある疑問が湧いたのだ。
本編である魔導書と、そのファンディスクである協奏曲。
たった一つの違いから、イフ作品として分岐した。協奏曲を貸し出されたときにそう伝えられたのだが、そうなると矛盾してくる設定があったのだ。
わたしはその矛盾を指摘すると、
「手を出せ」
「え?」
言われるがままに手を差し伸べると隣人は握手してきた。
手とはいえ女子高生の柔肌だ。そう安々と触れることは許されるものではない。
そんな抗議の声を上げる暇もなく、
「ぎゃああああああ!」
思い切りこの手を握りつぶされた。
「貴様はただ、蒼グリの素晴らしき世界観を、黙って受け入れればいいんだ」
ドスを利かせた声色で、隣人は怖い目つきで睨んできた。
触れてはならない逆鱗に触れてしまったようだ。その目はまさに、神ゲーに矛盾などないと言い含めてくるそれであった。
首を何度も縦に振ることで、ようやくわたしは開放された。
「待っていろ」
そして一方的に言い残し、隣人は新たなメディアケースを取りに行き、それを渡してきた。
「蒼き叡智の……狂想曲?」
「ただのファンディスクで終わるレベルではない、文字通り神ゲーだ」
一週間後。
「蒼き叡智の……追走曲?」
「満を持したユーリアたんルートが追加された、神オブ神。まさに神ゲーだ」
一週間後。
「神作品だ」
「神だ」
「神」
神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神神。
花の女子高生。
初めての夏休み。
かくして昼夜逆転生活のまま、
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