ジュリエットとジュリエット

二葉ベス

ジュリエットとジュリエット

「ねぇ、どうして私なの?」

「んー、キミなら来てくれると思ったからかな」

「なんだそれ」


 劇の練習を請け負ってしまった。

 お相手は親しくしているものの、未だによく分かっていない、いわゆる変わり者というやつだ。

 そんな相手からの要望を受け入れてしまうほどには気を許しているつもりだし、暇だったのも事実。ペラペラと台本をめくって、なんとなーくで台詞を頭の中に入れていく。


「ロミジュリなんだ」

「そう。ありきたりだろう?」


 よくあるよね、高校の演劇だと。なんてケラケラと笑う。

 そのありきたりだと笑うロミジュリの内容を私は知らなかったのは内緒。

 最後の1ページまで来て、ようやくロミオとジュリエットの結末を知ってしまい、少し泣きそうになってしまった。

 単なる悲劇ならいいんだけど、誤解によってロミオは自殺し、後を追うようにジュリエットも短剣を首元に突き立てる結末。泣く人は泣きそうだ。事実私が既に泣きそう。


「ロミオとジュリエットを知らなかった、みたいな反応をしているね」

「だってぇ! これって悲劇の塊みたいなものじゃん!」


 変わり者は何がおかしいのか、私の方を見て優しく、それこそ夏のそよ風のようなひんやりと撫でる心地いい笑みを浮かべる。


「なんか文句あるの?」

「いや別に。可愛いなって思って」

「はいはい、ありきたりなんて思って悪ぅございました!」

「そんなことは言ってないさ」


 ただ。変わり者はそう言って、目を閉じる。


「お互いに愛し合い、愛するが故に人生の幕を下ろす。美しくないかい?」

「美しくない。もっと愛し合ってほしいし!」


 変わり者はそんな返答に口角を緩ませて笑う。

 何がそんなにおかしいんだか。まったく、笑われる身にもなってほしいところだ。


「ホント。キミで良かった」

「何がさ」

「劇の内容を語るのが、だよ」

「台詞合わせじゃなかったの?」


 ちょっとキザっぽい口調で『だよ』なんて言うもんじゃない。少しだけかっこいい女性だからって、何でもかんでも落とせると思ったら大間違いだ。

 私は友達だから呼ばれたのであって、それ以上の他意があったわけではないのだから。


「ではこういうのはどうだい? キミが私をときめかせたら、その時は台詞合わせをしようじゃないか」

「あなたが誘ったのにそれぇ?」

「ほら、さっさと練習するんだろ? ん?」


 はぁ。なんでこんな事になったんだろう。

 だいたい、なんで私が変わり者に対してときめかせたら、なんだよぅ。

 逆なら何度も言われてきた。ギリギリのところで熱を抑えつけてきたし、今日だって他意はないとか言ったけど、実際気分が浮ついている。

 前を見れば星。煌くのは笑顔。ホント、勘弁してほしい。


 まぁいい、兎にも角にもときめかせたらいいんだよね。んーっと……。

 台詞が浮かんでは消えて。私の中に過ぎる2つの文字が言えって言ってくる。

 これでいいや。これでときめいてくれるなら、私の熱も浮かばれることだろう。


 目いっぱい身体を縮こませて、目の前に座る変わり者を下から見つめる。

 瞳を丸々と見開いて、驚きを浮かべているような表情。それでも余裕で感情を隠しているのか口元は上に緩みっぱなしだ。分かったよ。見せてやるからな、私の全力。

 軽く息を吸い込んで、今まで言えなかった言葉を口の中で解きながら、微熱を込めて。


「……好き」


 どーだ、私の本気。ホントはあなたに伝えることができない本気の言葉だったとしても、あなたに言われた、という体で口にすればこんなもんよ!

 さーて、変わり者の顔を拝んでやるとしようか。フフ、普段から私のことを試しているみたいに壁ドンしたり、口づけ数センチの距離を保ちやがって。余裕のないその、顔を……。


「……私も、そのつもり。だ」


 口元を片手で隠して、潤んだ瞳を私に見せないように俯かせて。

 え?

 ちらりと通った視線の意図を私は都合よく察する。

 え?

 わた、私は。えっと、私? え、でも……。いやいやそんな。


「私の、ジュリエットになってくれないか?」

「……ぇっと。…………はぃ」


 消え入りそうな声。食堂の蛍光灯が私たちを灯す。まるでステージのスポットライトみたいに。

 差し伸べる手を遠慮がちに取る。


「な、なんか。ありがとうございます?」

「ふふ、なんだいそれは」


 わ、笑うな! 私だって、その。困惑してるんだから。

 結ばれた恋と、笑うこいつと、照れる小娘。

 なんというか、納得いかない!

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ジュリエットとジュリエット 二葉ベス @ViViD_besu

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