第59話 うたの行方を見守る人達

「お母様は、イチカについて何か知っているのですか?」

「いいえ、素敵な本以外、この本については何も知らないわ」

「でも、ヒナタもアカリも寂しい想いをさせるために、私は……」

 そう言うとヒナタを抱きしめていた手を離し、スタスタと歩きはじめたレイナ。クロスの横を通りすぎ、本棚に囲まれたその場所の真ん中に立つと、ふぅ。と一つ深呼吸をすると、目の前にある本棚に向かって、ゆっくりと唄いはじめたレイナ。突然の出来事に、ヒナタの側に来ていたアカリと顔を見合わせ戸惑っている。一方、ずっと微笑んでいたクロスは、聞こえてきた唄声に少しずつ表情が変わってく





「お母様のうた……」

 久しぶりに聞いたレイナの唄声に、ちょっと嬉しくなって笑顔になるアカリ。いつもと変わらぬ優しく暖かいその唄声に聞き入っていると、ヒナタにツンツンと服を引っ張られた

「ねえ、アカリ。あれ見て……」

 アカリを呼びながら指差すヒナタ。その指差す先に目を向けると、二人の近くにある、何も無かったはずの本棚に、本が一冊ずつ現れていく

「……本が」

 本が埋まっていく本棚を呆然と見ていると、突然レイナの唄に呼ばれるように、アカリとヒナタの側にいたイチカとフタバが、ふわり浮かんで二人から離れていく

「フタバ、どこ行くの」

「イチカも待って!」

 慌ててイチカとフタバを追いかけてく二人。声をかけても、止まることなく本棚の方へと向かっていくのをイチカとフタバに手を伸ばした。本棚に着く瞬間、手が届いて、イチカとフタバを思いっきりガシッと掴んだ。その瞬間、レイナのうたと重なるように、イチカとフタバが、眩く光った。目の前に突然現れた強い光にぎゅっと目を閉じたアカリとヒナタ。そのせいで、目の前が暗くなり、レイナのうたが聞こえなくなった








「クロス様!」

「ノアか。少し遅かったな」

 その頃、クロスが名前を呼ばれて声のする方に振り向くと、走ってきたのか息を切らして、こちらに歩いてくるノアがいた

「これは……いったい……」

 本棚がある場所の真ん中で、一人きりでまだ唄い続けているレイナの姿を見て戸惑うノア。ふぅ。と一つ深呼吸をして話はじめた

「本の夢を見に行ったみたいだ。無事に帰ってくると良いが」

 クロスのその話に、驚きを隠せないノアが本棚の方に向くと、到着した時よりも本が現れ本棚に戻っていく速度が早くなっている様子に息をのんだ

「アカリ様はともかく、ヒナタ様は……」

 クロスを見て言ったノアのその言葉に、すぐには返事が出来ずにレイナを見ると、クロスの周辺に響くレイナの唄声と共に二人が消えた本棚の方を見つめ、グッと強く唇を噛み締めた

「だからこそ、二人のうたとレイナのうたがあるんだ。信じて見守ってみよう」

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