第36話

 念の為コテージの二階を調べに上がった清吾は、下着姿で手を後ろ手に縛られている女性を見つけた。驚きで叫び声を上げながら危うく階段から転げ落ちそうになった。叫び声を上げそうになったが、どうにか押さえ込み観察すると女性は目隠しをされ、声を押し殺し、震えながら涙を流している。


 一つ間違えれば、こんなふうにされたのは、ひかりや明星だったのかもしれないと思うと怒りが込み上げた。そしてこの短時間に既に被害者が発生していた事に戦慄した。


 怯えている女性を見て可哀想になった清吾は、何か声を掛けようか迷ったが、黙って静かに階段を降りた。

 一階で海道に二階で縛られている女性のことを伝えると「見られてないならまだ大丈夫だ。予定は狂ったがまだ何とか修正出来るだろう」と落ち着いていた。


 海道の号令の下大急ぎで床と階段を拭き足跡を消し、終わり次第全員ガブラハウスから風の如く立ち去った。


 当初の予定では目を覚ました青年のうちの誰かが連絡するので、海道たちは仕事が済めば直ぐにその場から解散する筈だった。

 だが、縛られている女性が心配なので清吾と秋文が早めに連絡しようと急かしたので途中匿名で受付に連絡しておいた。


 今回の攫われた女性は未遂とはいえ、他に大勢の犠牲者がいる。あの四人には全く同情の余地は無い。男性機能を失わせた事により、これから被害者はいなくなるだろう。清吾は清々しい気持ちだった。恐らく秋文もそうであろう。


 自分たちのコテージ、ファランハウスに戻りひかり、明星、翔太に合流した。


 無事仕事の終えた安堵から清吾たち三人は饒舌でバーベキューの準備を始めた。

 謎の一体感から海道も参加することとなった。翔太は勿論の事、ひかりも明星も、厳つい風格の海道だけど快く歓迎してくれた。


 コテージに戻ってくるまでは興奮状態だったのであまり深く考えずにいたが、落ち着きを取り戻し冷静になると段々と自分のした事に不安を抱いた。

 あれは間違いなく犯罪である。

 どんな理由があっても、ガブレハウスで海道が青年達にした事は…………勝手に正義を振りかざしただけの自己満足ではないだろうか? 

 そしてそれに協力した清吾と秋文も同罪である。清吾は今更ながら怖くなった。清吾は犯罪に加担した事が今になって恐ろしくなった。


 だが一方であの若者たちを成敗した事が正当にも思えた。犯罪を犯したのに悪く思わないどころかそれに満足して充実した自分もいる。

 清吾は色々な考えが交差して頭の中がぐちゃぐちゃになり、気がつくと準備中にお皿を持ったまま手が止まっていた。


「どうかしましたか? 」

 心配そうにひかりが清吾を見つめる。

 驚いた清吾は「あれっ? なんか楽しくて、楽しすぎて、イロイロ考えてたら……」と下手くそな言い訳でその場を誤魔化した。誤魔化し切れたかは定かではないが。


 兎に角、今は考えるのをやめた。

 みんなで用意したバーベキューを囲み清吾たちは大いに食べて、呑んだ。会話も大いに弾んだ。


 湖畔の夜は冷える。吐く息も白くなる。冬に近い秋を感じる。昼間はちょうど良い涼しさだったのに……清吾は自分の中でいち早く冬の訪れを感じていた。


 食事を終えると、焚き火を始めた。それぞれが上着を羽織ってロッキングチェアーやウッドベンチに腰掛けて火を囲った。


 薪を焚べ、黙って火を見つめるだけの事なのに翔太も楽しそうだった。


 実際愉しい。

 ユラユラと炎が揺れている様子をただ黙って見つめていると、気分が落ち着き優しいき気持ちになる。

 みんなはメラメラと揺れる炎をただ黙って見つめ続ける。


 海道は酒を片手にウッドデッキの手摺りに座って火を見つめている。秋文でさえ黙々と焚き火を見つめている。


 焚き火の途中で眠くなった翔太を寝かしつけ終えてから、ひかりも再び焚き火を囲う会に合流した。


 みんなで焚き火を見つめていると、清吾はノスタルジックな気持ちになった。心地良さか、お酒も入ってか、何かを熱く語りたい気持ちになった。いつもどこか少し冷めた性格の清吾なのだが…………。

 炎のゆらめきが、清吾の気持ちを熱くさせる。


 そんな気持ちは自分だけなのだろうかと、周りを見た。炎を囲む者、其々が美男美女に見えた。

 海道が「ちょっと良いかな? 」と言った。

 みんなが頷くと彼は自分の事を語り出した。

 一番の部外者である海道が長年の知人のように、みんなに語っている様子は違和感など無かった。みんなで焚き火を囲む雰囲気がそうさせたのだろう。


 随分と酔っぱらって上機嫌で海道は自分の事を語り終えた。

「最後に一言言わしてもらうと、男に生まれて来たんだから人の為になる事、役に立つ事をしたいと、そう思ったんだ! 」と言って締め括ると酒の入ったグラスをカツンとウッドテーブルに置いた。


「俺も俺の作品で人の、人々の心を豊かにしたい! 」秋文が海道に大きく応えた。それから秋文のターンが始まった。


 そして彼の話が終わると明星が「私は父の会社に貢献して、発展させて、大きくして…………」と考えが纏まっていないのに話し始めた。


 しどろもどろの明星の話が済むとひかりが「私は……私は翔太を立派に一人前に育てる事です」と一言だけ言うと清吾の顔を見た。同時に全員が清吾を見た。


 清吾は「お、オレェ? 」情けない声を上げた。

 流れで自分の番が回って来るのは予想していたが、ひかりの話が一言だったので準備が間に合わなかった。

「何か語らなければならない」と急激に追い込まれてしまった。

 彼は仕方がないので自分の生い立ちなどを語り始め、最近彼女にフラれてしまった事なども話した。


 そして清吾は焚き火明かりの中、少し考えた……自分の本音を。


「自分にはやりたい事は、無い。だが折角、お金持ちに生まれて来たんだから、自分自身お金が有り余っているのだから何か…………」と何か感じる物があった。

 そして酔った勢いで何かを宣言したくなった…………その気持ちを辛うじて押し込めた。


 清吾は煮え切らないまま

「あの、また、また今度……考えが纏まってからじゃダメでしょうか? 」

 と言うだけで精一杯だった。


「いいよ、いいよ、勿論、勿論! 今度訊かせてよ! 」

 秋文が真っ先に応えて、助けてくれた。

 清吾はホッとして焚き火の炎を見つめ直した。

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坂の上にある情景 ムギオオ @mugisato

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