第35話
コテージに戻る道すがら、秋文と相談して海道の仕事の件は、ある程度伏せておこうという事になった。
清吾たちがコテージに戻ると、既に荷物の整理を終えたひかりと明星が待っていた。
「たっだいまー」
清吾と秋文は打ち合わせてもいないのに、二人揃って大きな声で元気良く言った。
直ぐに二人の明るい声が返事が聞こえた。だが、清吾には不自然に明るく振る舞っているように感じた。秋文も何か違和感を感じたようである。二人は何処か不安気な落ち着かない様子である。
ひょっとして喧嘩でもしたのだろうか? 何かあったのか訊いてみる事にした。
「実は……先ほど男の人たちがやって来て……」
ひかりはチラリと明星を見てから、申し訳なさそうに話し始めた。
清吾たちが戻って来る少し前に荷物整理を終えたひかりと明星はデッキのテーブルでコーヒーを飲んでいた。
そこへ四人の若者達が通りかかり、二人を彼等の泊まるコテージへと遊びに来るように誘ったのだと言う。彼女たちは直ぐに断った。
だが彼等は、最初は明るいノリであったのだが、
かなり執拗だったようだ。結局ひかりが、自分たちだけではなく、他にも男たちが一緒だと言うと、渋々引き上げたそうだ。
しつこく喰い下がる彼等の雰囲気が異様に感じ、怖くなってしまったそうだ。折角の行楽なのに嫌な気分になってしまったことだろう。
清吾は秋文の顔をチラリと見た。秋文も清吾を見て頷いた。
「ちょっとコレ見てくれるかな」
清吾は海道から預かったターゲットの写真をウッドテーブルに並べた。
ひかりと明星は写真を見た瞬間に声を揃えた。
「彼等ですっ!! 」
清吾は、溜め息を吐いた。まさか、ホントに、こんな身近な所に危険が潜んでいるのかと思うとゾッとした。
大切なひかりや明星が、奴らの餌食になっていたかと思うと、戦慄した。同時に大切なひかりと明星を狙った事に、沸々と怒りが込み上げた。
これで完全に覚悟は決まった。清吾は絶対に奴らを懲らしめてやろうと決意した。
すぐに海道に連絡すると、彼は「おいおい仕事が早いなぁ」と驚きながらも喜んでいるようだった。
ターゲット四人のコテージ、ガブレハウス前。
ウッドデッキでバーベキュー等が始まる前に仕事を片付けたいと言う海道の要求で、清吾たちは直ぐに現場へ集まった。
「さて、準備は良いかい? 」
海道は黒の革手袋をはめながら清吾たちに問いかけた。
彼のその表情と声は今から襲撃を開始するとは思えないほど落ち着いていた。そして口元には薄っすらと笑みが溢れていた。
対して、ドアをノックするだけの役目である清吾は緊張していた。秋文もソワソワ、キョロキョロ辺りを見回している。
清吾も、いざ始めるとなると、やはり躊躇いが生まれた。
「あの、顔を隠すものとか無くて大丈夫ですか? 」
秋文が問いかけると、海道は笑った。
「大丈夫、大丈夫。こう見えても俺はプロだからね。この辺りに監視カメラとかは設置されてないよ」
海道は早くドアをノックしろとばかりに、掌をドアに向けて促した。
「プロって何のプロだよ。監視カメラより相手に顔を見られるだろうが! 」と叫びたかったが……清吾はドアの前に進んだ。
だがやはり叩くのを躊躇い、振り返って海道を見て訊ねた。
「その四人に顔を見られては……やはり四人を……始末することに……」
「殺さないよ、大丈夫。俺は殺し屋じゃないからね。良いから早くノックしようね」
海道は後ろでニコニコしている。
海道の笑顔の圧を感じて清吾は覚悟を決めた。そしてこんな事の為に買った筈ではないチロリアンハットを目深に被った。
こんな状況では清吾のお気に入りの帽子に付いてる羽根が余計間抜けに思えた。
緊張で一杯になりながらもコテージの玄関扉をノックすると「はーい」明るい軽やかな声で返事が聞こえた。
訪ねた理由をゴチャゴチャ考える間も無く直ぐに扉が半分開き、写真どうりの爽やかな好青年が顔を出した。
瞬間、海道は清吾を左へ軽く押し退け、半開きのドアの隙間にいきなり右ストレートをねじ込んだ。
海道の重そうな拳が青年の顔面にめり込み、そのまま部屋の奥へと吹っ飛んでぐったりしている。いつの間にか目出し帽を被った海道は素早く部屋に突入すると、倒れ込んだ青年の腹を蹴り上げ、素早く部屋の奥のリビングに向かった。
清吾と秋文は、海道に言われた通り部屋に雪崩れ込み内側から鍵をかけると、秋文は玄関の前を塞ぐように立った。清吾は海道の最初の指示通り状況を把握すべく部屋の中全体を見回した。
まず海道に殴られ、蹴り上げられた青年は身体を丸めて悶絶している。その状況を呆気に取られた三人が黙って見つめていた。
一人は本を片手にソファに座り、一人はカウンターでビールの缶を持って、一人は階段の下で携帯を操作する手を止めて…………。
ソファに座る人間が、いち早くに状況を理解したようだ。その青年は奥のウッドデッキに近いガラス扉から外へ逃げ出そうとアタフタと立ち上がるが、既に部屋の奥に辿り着いた海道に捕まってしまった。追いついた海道は青年の後頭部を右手で掴みそのままの勢いで壁に叩き付けた。男はそのまま気絶したようだ。
海道は振り向くと素早くカウンターの横の青年がしゃがみ込んでカウンターの影に隠れた。海道は階段の下で携帯を持った男に照準を定め一気に駆け寄った。海道は階段の途中まで駆け上がった男を捕まえて引っ張り落とすと、落ちた青年の腹に飛び降りた。聞いたことの無い呻き声を漏らして、青年は苦しんでいる。
海道は一瞬呆れたように笑うと、カウンターに隠れた最後の一人がかがみ込んで居る辺りに向かって一人掛けソファ椅子を放り投げた。
叫び声を上げながら慌てて飛び出した青年の横面を、海道は面倒臭そうに張り倒した。青年は一回転するほどの勢いで床に叩き付けられ倒れ込んだ。
部屋に入ってから事が済むまで、僅か数秒の出来事だった。
清吾と秋文は注意深く青年たちの挙動を見ていたが、結果誰一人として海道に抵抗しようとする者はいなかった。イヤ出来なかったのだろう。部屋に一匹の猛獣が解き放たれたように、二人の調教師が見守る中、猛獣相手に全員が、ただオロオロと逃げ惑うしか出来なかっただけである。
雄ライオンが自分の乗っ取った群れの中の子供を追いかけ回して殺す映像をテレビで見た事があった。
小さな子ライオンは逃げ惑うことしか出来ず、大きな雄ライオンに成す術なく次々と殺されて行く。
清吾はそんな光景を思い出していた。
清吾たち三人は協力して、四人を後ろ手に縛り上げ正座をさせて並べた。酷く殴られる事を恐れてか、四人全員が大人しく従順に清吾たちに従い、簡単に拘束することが出来た。
「さて、ここからが本番だよ」
そう言うと海道は、清吾たちに向かって楽しそうにウインクをした。
海道は一人の男の前にかがみ込んだ。そして青年の股座に手を持っていくと「ちょーっと痛いぞ」と言うと男の睾丸を握りつぶした。
青年は清吾が聞いたこともない情けない声を発すると同時に大きくもんどり打って気絶した。青年は口から泡を吐き出し、血の混じった小便を漏らしている。
それを目の当たりにした残り三人の青年達は一斉に「許して下さい、許して下さい、許して下さい」と狂ったように連呼し出した。
清吾と秋文も顔を
社会的に抹殺。男として抹殺。人生を抹殺。
こんな事をされれば、確かに再起不能だろう。そんな思いを抱きながら、命乞いをしている残りの三人を見つめた。
海道は三人の喚き声を全く無視して清吾たちに指示をした。
海道の指示で清吾たちが青年の足を押さえ込むと、海道は男の股間に思いっきり膝を入れた。そのように残りの青年たちも順々に睾丸を潰されていった。断末魔と共に気絶していく青年たち。
仕事が終わった海道は風呂上がりのような爽やかな笑顔で清吾たちに「これで終わり。簡単な軽作業だったろ? じゃ、引き上げようか」と言った。
清吾は海道に少し恐怖を感じながらも、清々しい気持ちになった。秋文も同じように感じているようだった。
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