第34話

 六角の仕事とは、ある有名大学のサークルに所属するメンバー四人を再起不能にする事である。正義の味方とは程遠い物騒な内容ではあるのだが…………。


 サークルの主要メンバーである彼等は小学校からエスカレーター式に大学まで進学した所謂、親が金持ちのグループである。

 彼等四人組は小学校時代からの仲良しグループで、陽気で明るく、交友関係も広く、大学のヒエラルキーのトップに君臨している目立った存在である。


 しかし彼等の裏の顔は邪悪で醜悪なものだった。


 子供の頃から欲しいものは全て手に入れてきた。イヤ、望む前に全てお膳立てされていたような彼等である。

 そんな人間たちの性根が真っ直ぐに育たなかった場合の恐ろしさは計り知れない。


 彼等は遊びで女の子を暴行する。

 そして彼等はその間の行為を撮影する。口止めと脅しに使う為なのか、趣味なのか。兎に角、そんな卑劣で下劣な者達などこの世に存在しなくてもよい人間たちである。イヤ、寧ろ存在しない方が良い人間たちである。


 彼等は小学生の時からの仲間同士であり、今現在までの彼等の遊びの被害者は多数に上る。彼らにトラウマを植え付けられ人生を狂わされた人達の事を考えると暗い気持ちになった。

 今回、被害者の親から六角 海道へ彼等に制裁を加える事を依頼されたのである。


「そんな奴らは人殺しと同じだよっ! そいつらの被害に遭った女性たちは人生を壊されたんだから」

 秋文が怒りに震えている。


「どうだい? 正義の心が疼くだろ? 」

 海道は清吾たちを挑発するかの如く片目を細めてニヤリとした。


「おおおっ!!! そんな奴らを許せん。なあ、清吾くんもそう思うだろう! 」

 秋文は鼻息荒く海道の挑発に簡単に乗ってしまった。

 なんと単純な男だろうか。それとも芸術家である秋文は激情家なのだろうか。怒り心頭、怒髪天状態である。清吾は、秋文の事が少し心配になってしまった。


「うんうん、そうでしょうとも、そうでしょうとも」

 海道は目を瞑り秋文の言葉に大袈裟に頷いた。


 清吾は話の内容に憤りながらも、秋文の見っともない怒り方を見て逆に冷静な気持ちを取り戻すことが出来た。

「だったら尚更、警察に任せた方が良いんじゃないですか? 」

 言いながらも清吾は心の内では秋文に大賛成している自分がいるのを理解していた。


 海道は溜め息混じりに、清吾を諭すように言った。

「警察に行ったところで…… 相手は権力者の子供達だよ」

 政治家や資産家の子息たちである彼等を裁く事は中々困難なのであろう。海道の言わんとする事は理解できた。


「だから……殺すのですか? 」

 清吾は恐る恐る訊ねた。

「殺さんよっ!! 殺すわけないでしょうがっ! お前……君は、一体、俺を何だと思っているんだ? イヤ、分かった、うん、そんな感じに思われていたんだな。まあ、それも仕方ないか」

 海道は一瞬、怒りの表情を浮かべたが、直ぐに一人で勝手に納得してしまった。それから海道は空を見上げながら長く大きな独り言を言い続けた。

「この国は加害者に甘いからなぁ。彼等は未来ある若者達だからねぇ。まあ、その彼等も他の未来ある若者達の人生を踏み躙ってきたんだけどね。なんとかならないもんかねぇ、まったく。あぁーあ、こうしている間にもこの避暑地に遊びに来ている女性がまた被害に遭うかもしれないなぁ、あぁーあ」

 海道は清吾と秋文の事を交互に見ながら大袈裟に溜め息を吐いた。


 清吾はチラリと秋文の顔を見た。秋文は清吾を見つめ頷く。清吾は仕方がないという表情を返した。


 不意に海道は声のトーンを楽しげに変えて「おっ、コレ、大きくて綺麗のがあったよ、ホラ、翔太くん! 」と翔太に満面の笑顔を振りまいた。


 清吾は話していた深刻な内容とは裏腹な海道の行動と呑気な声を聞き、彼の事をやはり恐ろしい人間だと感じた。


 翔太へ手渡されたどんぐりは、海道の大きな分厚い手、太いゴツゴツした指の為、とても小さく見えた。


 薄々わかっていた事だが結局、清吾も秋文も海道の仕事を手伝う羽目になってしまった。


「じゃ、さっそくだけど、君たちには彼等の滞在しているコテージを探して欲しい。俺みたいな人間がこの辺りをウロチョロしていると目立つんでね」

 海道は機嫌良く話し始めると清吾たちにターゲット達の顔写真を懐から取り出した。


「この辺のコテージに泊まっているのは確かなんですか? 」

 清吾は翔太の手を取って、海道を見た。


「うん、彼らがこの辺りに所有している別荘に遊びに来ているという情報を得たんだ。だけど、どうも自分たちの別荘には行かずに、近くのコテージに泊まっているようなんだ。ちょっと探すのに手間取っていてね」

 海道が困った顔をした。

「では、俺たちで一軒一軒当たってみますよ」

 秋文がノリノリで応じた。

「みんなで正義の鉄槌を下そうじゃないか!! 」

 海道が安っぽい正義感を振り翳し叫んだ。

「おおっ!! 」

 秋文が馬鹿みたいな声で応じた。清吾も女性の敵を退治する事にやぶさかでは無いのだが、どうも何かしっくりこなかった。


 海道に上手く使われているような気がしてならないのだが……もう後戻りはできない状態である。


 ターゲットの泊まるコテージは清吾と秋文で手分けして探す事にして、ひかり達に説明する為に一旦、自分たちのコテージに戻る事にした。

 清吾は折角楽しく過ごしに来たコテージなのに、ひかりたちに海道との事を話す事が少し億劫な気持ちになった。

 翔太の顔を見ると沢山どんぐりを拾って、すこぶる機嫌が良さそうだ。そんな笑顔いっぱいの翔太の顔を見て、今からやらなければならない事を考えると気持ちが重くなった。

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