第33話 慰安旅行

 ある三連休の朝、湖畔にある豪華コテージにウロコの家の全メンバーで訪れている。コテージの名はファランハウス。

 二階建てのコテージの後ろ側は木々が生い茂った森、前面には透き通るような青い湖が広がる。


 今日は絶好の行楽日和である。

 秋は一年を通して一番過ごしやすい季節だと感じる。そして秋の滞在日数は一年で一番短い。アッという間に冬に変わる。一番貴重な季節である。一番価値のある季節である。これらの考えは全て清吾一人の考え方である。彼は一年を通して一番秋が好きなのだ。


 清吾は以前、「涼しい秋になればキャンプに行きたい」とひかりに言った事があった。友達のいなかった清吾はそんな経験をした事が無かったからだ。


 ただし本格的にテントを張ってそこで雑魚寝、シャワー無し、そして夜中に目が覚めて遠くまで歩いてトイレに行かなくてはならないなんて真っ平御免である。

 ひかりたちもテントで眠る暮らしをしていたのに、今更そんな不便な事などしたくないだろう。

 そんな訳で、コテージに泊まる事となった。

 清吾は、皆んなで焚き火をして、星空を眺める事が出来ればそれで満足なのだ。


 ひかり親子は勿論、秋文も喜んで参加してくれた。意外だったが、明星も乗り気で参加してくれた。


 コテージのウッドデッキにはテーブルとバーベキュー用の設備にハンモックが備えられいる。内装はテーブル、冷蔵庫、天然温泉と浴室、トイレ、キッチン、寝室、等々、完備されており、かなり豪華な仕様である。他のコテージと少し離れた場所に建てられている。


 清吾は、真っ先に荷解きを終え、着いて早々にバケツニ杯分の薪を受付まで買いに行った。ニ回焚き火をするつもりだ。それから酒を呑みながら星空を見るつもりである。ワクワクが止まらない。


 清吾は、皆が荷解きを終えるまで退屈そうな翔太を連れて森を散歩することにした。


 翔太も拙い言葉ながらも良く喋り、テンションが上がっているのが、感じられた。


 この日のために用意した羽根の付いたグリーンのフェルトのチロリアンハット。翔太とお揃いにしたかったのだが、残念ながら小さいサイズは無かった。

 翔太には、子供服屋でやっと見つけた鮮やかな羽根つきダークブルーのチロリアンハットを買った。


 清吾と翔太、二人揃って帽子を被り、他のロッジに泊まっている旅行者に挨拶をして周りながら仲良く歩く姿はさながら親子に見えるのではないだろうか。

 そんな事を考え清吾の気分は更に高揚した。暫く歩くと秋文が「おーい」と嬉しそうに叫びながら追いかけて来た。


 秋文は清吾たちに追いつくと「なんか楽しいな」と一言。同じ気持ちだった清吾も嬉しくなった。勿論、翔太もご機嫌である。


 清吾たちは三人でどんぐり拾いを始めた。清吾は何かの記憶が蘇りそうな、どこか懐かしさを覚えた。

 そして一生懸命どんぐりを集める可愛い翔太の姿を眺めながら、清吾は幸せな気分に浸った。


 突然、道の横の深い木々の間から大きな獣が躍り出て、三人の前に現れた。あまりに突然の事に、驚いた清吾たちは誰一人身動き出来なかった。


 大きな獣の正体は、秋文を助けたあの日に見た筋骨隆々の男だった。確か風変わりな名前だったが…………忘れてしまった。そして名刺を貰ったが捨ててしまった。だが彼の厳つい顔と体格はハッキリと覚えている。


 意外にも男の口からは、昔からの友人に久しぶりに会ったかのような、気さくな声が聞けた。

「いよう! 元気だった? 」


 清吾と秋文はどうしたものかと互いに目を合わせた。そして二人は返事をせずに沈黙を貫いた。絶対に会いたく無い人間に、今ここで、こんな楽しい場所で会う羽目になろうとは全く予想だにしていなかった二人である。


「おいおい、俺の事、覚えてないの? つれないなぁ。こないだ名刺渡しただろ」

 清吾たちの様子を見て男は首をすくめた。その後、ターゲットを翔太に切り替えた。

「やあ、坊ちゃん、こんにちは! 」


「こんちゃ! 」

 唯一、何も知らない可愛い翔太だけがペコリとお辞儀をして挨拶を返した。清吾と秋文は翔太を庇うように一歩前に出た。


 男は笑みを浮かべながら「三人だけって事ないよな? 」と清吾たちの様子を伺う。

「はい、コテージで僕たちのことを待っています」

 ここで清吾は他に一緒に来た者がいる事を伝えて、立ち去ろうとした。


「それは丁度良かった。なぁ、ちょっと俺の仕事を手伝ってくれないか? 」


 秋文が割り込んでくれた。

「えーと、すいません。俺たちは荒事には不向きなんで、今回はちょっと……」

「大丈夫、大丈夫。そんな善良な感じの人間の方が都合が良くてね。君たちに暴れてもらう事は無いからそこは安心してよ。まあまあ兎に角話を訊いてちょうだいよ」

 男は中々引き下がらない。


 問答無用で提案を断り続けるのも、この男の怒りを買うのではないかと感じた清吾と秋文は、話だけでも訊くことにした。


「まず、俺の名は六角 海道。前に渡した名刺にも書いてある通り何でも屋をやっている。そして今回の仕事は正義の味方系、悪人に鉄槌をって感じだから、安心してちょうだいよ」

 六角は悪人とも思えないくらいの屈託ない笑顔を見せた。


 四人でどんぐり拾いをしながら六角は仕事の詳細を説明し始めた。



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