第31話
夕食の途中で清吾の携帯が鳴った。俊吾からだった。
「話は付いたよ。大友 義宗がウチの者に連れられて間も無くそっちに行くはずだから。遠慮せずに煮るなり焼くなりお好きなように」
俊吾の言う事は物騒ではあったが、声は優しかった。
程なくしてインターホンが鳴った。
清吾は今まで自身の平穏を守るためには、いつでも持っている権力をフル活用してきた。勿論その平穏を乱されなければ積極的にそれを使うことはしないのだが。そういった事は滅多に起こらなかったが、自分の領域を乱す者が現れた場合には
今回も自分の会社の力を存分に使って大友を排除するように俊吾に頼んだのだ。そして彼の仕事ぶりはいつも速い、速すぎる。
清吾は一瞬、門の所まで出迎えようか迷ったが、結局玄関まで連れてきてもらう事にした。
玄関を開けると目隠しをされた大友 義宗と清吾の会社の警備員二人が立っていた。清吾の家を大友に知られない配慮なのは分かったが、その大友の怯えた姿には流石にギョっとした。
警備員の二人は清吾に、お辞儀をすると「こちらの大友様はご自分の意思で目隠しをする事を望まれました。左様で御座いますね? 」と言った。
目隠し状態の大友はゼンマイの壊れたオモチャの様に無言で何度も上下に首を振った。
清吾は警備員に待ってもらうように合図すると、少し大きめの声でダイニングにいる明星を呼んだ。
玄関に現れた明星は、清吾が目隠しされた大友を見た時と同じようにギョっとした様子で固まってしまった。
清吾が警備員を見て頷くと、彼等の内の一人が大友の目隠しを取り払った。
大友は、清吾と明星が目の前に立っているのを見ると一瞬、驚いた顔を見せたが、一呼吸すると慌てて土下座をした。
「先ほどは大変申し訳ございませんでした! 」と大きな声で言いながら土下座をした。
清吾と明星はお互いに顔を見合わせた。明星は少し口を開けた。だが、そこから何か言葉を発することはなかった。
清吾は暫く黙って大友を見下ろしていた。
床にピタリとついた大友の手は小刻みに震えていた。恐怖のためか、悔しさのためかは分からないが…………。
清吾は慈愛に満ちた声で、大友に声を掛けた。
「そんな、どうぞ顔を上げてください」
大友は土下座をしたままゆっくりと顔を上げた。彼は、清吾たちに媚び
そこで清吾は自身の足の裏を、大友の引き攣った顔の真ん中に、ソッと押し当てた。大友の顔の温度とヌルッとした感触が清吾の足の裏に伝わり気持ち悪かった。
清吾の足の隙間から引き攣った笑顔の大友は「あっ、あの、一色さん? 」と足を退かして欲しそうにしていた。
清吾は無表情のまま、大友の言葉を無視したまま足を退かさなかった。
大友は機嫌を伺うように「どうか、お二人に許しては頂けないでしょうか? 」と更に卑屈な顔をした。
清吾は薄ら笑いを浮かべ「何に関してでしょうか? 」と大友を馬鹿にするように訊ねた。
大友は困り果てた顔で「いえ、先ほど私が無礼を働いてしまい……」
清吾は大友の顔を足の裏で少し強めに押してから足を退かした。
同時に「暴力ですよねぇ! さっきのはっ! 完全にっ! 」と声高に大友の言葉を遮り、威圧的に大友を上から睨みつけた。
いつものような穏やかな清吾では無い。警護人二人が大友の左右を固めている心強さで、清吾は威勢良く振る舞える。清吾の声量に驚いた明星は、隣にピタリと寄り添うように立っている。
大友はかなり動揺した様子で目をパチクリとさせると、もう一度頭を床に伏せて土下座を続けた。そして大きな声を出して謝罪を繰り返した。
「本当に申し訳ございませんでした! 」
清吾は呆れた声で大友に問いかけた。
「今、馬鹿みたいに土下座してますけど、僕がそうしてくれって一言でも言いましたか? 」
「いえ、申し訳なく思いまして、その。自分の謝罪の意思を伝えるために……」
大友は土下座したまま頭を上げずに話す。床に付けた両手は相変わらず震えている。
それを見て清吾は段々と怒りが込み上げてきた。こんなカスみたいな取るに足らないような男に、清吾たちは苦しめられたのだから。明星は心底気が滅入った事であろう、泣いてしまったのだから。
「今やっている土下座は御自分の意思でされてるんですよね! 貴方がやりたくてやっている事ですよね! 僕はあなたに殴られて、蹴られて、膝まづいたんですよ! 自分の意思では無くて! まさか貴方が勝手にやった安い土下座で我々が痛めた心を癒せるなどと思ったのですか? もし許して欲しいなら、まずどうしたら許して貰えるのか御自分で考えて、誠意を見せて許してもらえる行動を示すなり、交渉をしてそれから許して貰えるように頼むべきじゃないですか? 」
清吾は大きな声を出し先ほどの怒りをぶつけた。
「ごもっともでございます。それで、あの、私は一体どうすれば? 」
大友は顔を伏せたまま清吾達に訊ねる。その声は震えている。
清吾は呆れて大きくため息を吐いた。
「僕の言ってる事が理解できないのですか? どうすればって、それを御自分で考えて行動すべきではないですかって言ってるんです、大人ならば! イヤ、副社長と言う地位にいる貴方ならば」
「い、慰謝料なら……」
大友は消え入りそうな声を出す。
清吾は顔に邪悪な笑みを浮かべたまま大友を見下ろし、溜息混じりに「僕がそんな端金、要ると思いますか? 」と返答した。
そして大友の言葉を待たずに、言葉遣いだけは丁寧に怒鳴り声を出した。
「良いですか? 真剣に考えて慎重に答えてくださいよ、大友副社長! 」
その声に大友は完全に萎縮してしまったようだ。坂道で威勢良く暴力を奮った大友と、奮われた清吾の立場は完全に逆転している。さっきまで大声で威圧していた相手が巨大だと分かった時の絶望をヒシヒシと感じていることだろう。
大友は全く顔を上げる様子は無く、ずっと土下座のままである。
清吾は大友の後頭部を踏みつけたい衝動に駆られた。だが何とか堪えた。そして明星がどう思っているのか気になったので横目で様子をチラリと見た。彼女は汚いものでも見るように
もっと追い詰めろと言う事なのか、それともそろそろ許しても良いと言う事なのだろうか。
明星の表情からはどういう意味なのか、清吾には理解出来なかった。
彼は断じてお人好しだけの人間では無い。やられた事に対しての報復はする意思を持っている。
相手がやり返す気持ちの無くなるくらいまでは、仕返ししておかないと後々、危険である事を今までの経験から清吾は良く理解している。
だが、そろそろ審判を下さねば、何時迄もこの馬鹿な副社長に時間を費やしているわけにもいかない。
清吾は明星にも意見を訊ねる為、二人でその場を離れた。
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