第26話
応接間で待たしている明星が気になり早足で廊下を行く清吾の目に、秋文の姿が写った。
彼は廊下の壁にもたれ掛かったままニヤニヤと清吾を揶揄うような笑みを浮かべている。清吾はコイツにかまっている暇など無いとばかりに、思いっきり無視して応接間へと向かった。
途中、ひかりに明星の件を謝っておくべきだと思い、先にリビングに行くとひかりと翔太がいた。
清吾は俊吾と電話で話した内容を一通り、ひかりに説明して謝罪した。
「わざわざ気にかけてくださって有難うございます。ですが今後私たちの事は気にしないで下さい。清吾さんの仰る通りにに従いますので」
ひかりは清吾に多大な恩義を感じているようだ。それは事あるごとに、彼女の言葉の節々にひしひしと感じる。清吾としては、そこまで重く気を遣われたくはないのだが……。
何故なら清吾の方も彼女に大変恩義を感じているのだから。彼女と翔太のおかげで失恋を容易に乗り越えられたのだから。
次に明星が同居するに当たってひかりの負担が増えるので給料を上げる事を約束した。
思った通りひかりは遠慮したが、清吾は会社から出すと押し切った。
清吾はひかりと話がついたので、
随分と待たせてしまったので申し訳なく思いながら急ぎ応接室に入ると、明星はソファに座ったまま眠ってしまっていた。
それにしても人の家で眠ってしまうなど、思ったよりなかなか豪胆な娘なのだろうか。
彼女の可愛い寝顔をずっと見ていると変態扱いされる恐れがあるので、ソッと声をかけて起こした。
彼女は驚いて目を覚ますと、涎と共に顔を上げた。口から涎が糸を引いたのを慌てて拭い、恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
清吾は彼女を歓迎する旨を伝えて、二階の客間に案内した。
彼女の荷物は、水色のスーツケースが一つだけだった。残りの荷物は明日宅急便で送られてくると言う。
清吾は明星の部屋の鍵を渡すと「落ち着いたら、一旦リビングに来て下さい。みんなを紹介しますから」と言って部屋を後にした。彼女は少しリラックスした様子で礼を言った。
清吾はみんなに明星を紹介する前に、秋文に釘を刺しに行く事にした。先ほど無視された秋文は部屋で不貞腐れていた。
清吾は明星の事を、さっきあった一連の出来事を、秋文に説明した。清吾の話を聞くと彼は直ぐに機嫌を直した。
それから秋文に「彼女は清吾の会社にとって大事な大事な人だから」と付け加えた。
彼は理解を示してくれ、色々と協力してくれると喜んで誓ってくれた。
清吾が感じていた通り、秋文の中の真ん中の芯は、真っ直ぐなようだ。どうも秋文はそうは思われたくないようなのだが。
二人揃ってリビングに行くと、ひかりと翔太がソファでくつろいでいた。大概ここで、みんなでくつろいでいるのだけど……今日は翔太以外は少し緊張している。清吾が会社にとって大切な人だと言った事が、二人を脅かしてしまったようである。
暫くして、明星が挨拶にやって来た。彼女は挨拶して軽く自己紹介を始めた。
「改めまして今川 明星、今日からお世話になります。大学二回生の二十歳です。宜しくお願いします」
彼女の佇まいはやはり優雅で華やかである。
彼女は一人暮らしがしたかった訳では無い。彼女の父親の会社は、清吾の会社程の大きな規模では無いにしても中々に裕福な暮らしをしている。
花嫁修行の一環として一通りの炊事洗濯を習い、自分の事は自分で出来るようになるべく、所謂金銭面以外の親からの自立を目指そうとしているのだ。とは言え恋人などは全くいないと言うことだけは強く念入りに主張していた。
ひかりも秋文も、明星に対しての印象はとても良いようだ。勿論清吾にも好印象を与えている。翔太はひかりの隣にじっと座り秋文の時とは違って、なんだか少し恥ずかしがっているように見えた。幼稚園の男の子でも、もう美人に弱いのだろうか? 「可愛い奴め」清吾は心の中で呟いた。
ダイニングに移動してみんなで夕食を食べながら今後の屋敷内でのルールを話し合った。
明星は大人しい性格のようで、まだそこまでみんなに打ち解けてはいないようだ。
若しくは清吾達の事を、ただの同居人と割り切っていて、そこまで深く付き合おうとしていないだけかもしれない。
彼女は、親元を離れるのが目的だっただけで、清吾達とはドライな関係を求めているのかもしれない。清吾は明星の事が気にはなったが、あまり詮索するのは止めて、深く考えないようにした。
明日、みんなで明星の必要なものを買い出しに行く事となった。清吾たちもこれからの季節に向けての準備を整える必要があるからちょうど良かったのだ。
清吾は気の利くひかりと可愛い翔太、社交的な秋文が一緒について来てくれるようで本当に良かったと思った。
もし彼等がいなければ、明星と二人で出かけるにはどれだけ気が重かった事だろう。
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