第23話 団欒
部屋に入るように促された秋文は「おおっと! もう部屋に飾ってくれてるんだね、嬉しいよ」と壁に飾られている自分の絵を見つけて顔を綻ばせた。そして部屋に入る前に缶チューハイを清吾に差し出した。
清吾は頷いて受け取る。
「アニメやゲームのポスターやフィギュアばかりの安っぽい部屋に、三枝さんの絵画を飾るのは申し訳なく思います」
清吾は苦笑いしながら折り畳み式テーブルを絨毯の上に準備した。
悪夢を見た事は勿論、秋文には内緒である。
秋文は清吾の言葉を柔んわりと否定した。
「自分の部屋は自分の好きなもので埋め尽くせば良いのだ」と。
更に「芸術は別に高尚なものでは無いぜ。フィギュアもポスターも芸術だと思うよ、俺は」と言ってくれた。
「心を豊かにしてくれるのが芸術であって、人によっては全てのものが、芸術になりうるものだと思うんだが。俺の描いた絵なんて何も気負って見る必要などは全く無い。気楽に気軽に感じれば良いんだ。芸術は心の中の全てを表す物であーる」と軽快に続いている。
秋文が呑む前にもう酔ったのかと清吾が勘違いする程である。
秋文の長い講義になりそうな雰囲気だったので、酎ハイを開けて「乾杯」と秋文に向けた。
秋文は慌てて缶ビールを開けると「おお、乾杯! ええと、これからの俺たちの人生に」と、またもや恥ずかしげもなく言い放った。
二人で乾杯して、一気にグイッと呑むと、お酒と話は止まらなかった。
小学校以来の友人が出来た気分である。清吾にとって他人とこれだけ語り明かした事など皆無である。友人と酒を呑むのはこう言う感じなのだろうか、などと考えながらすっかり楽しい気分になった清吾は大いに呑んだ。酒がなくなるとまた下の冷蔵庫へと取りに行った。昔からの親友のように会話は弾み、結局朝方まで呑んでしまった。
朝、ひかりに起こされるまで、グッスリ寝てしまい、二人仲良く二日酔いで目を覚ました。
秋文は自転車が無く、清吾も頭痛で、二人は職場までひかりに車で送って貰う事になった。
翔太が幼稚園に入園する際に購入したスカイブルーのBMW。清吾は自動車免許を持ってはいないのだが。
清吾は勝手に、園内では熾烈なママ友達のマウント合戦が繰り広げられるものなのだと、そう信じて疑わなかったので、他の園児のお母さん方に舐められないように見栄を張る必要があると思っていたのだが…………ひかりの話では別段そのような事は無かったようだ。
それに翔太は園バスで通っている。たまに翔太を迎えに園まで行く時や、買い物に出かけるひかり専用の車になっている。
清吾はナビをする為に助手席に、秋文はチャイルドシートに座る翔太と後ろの席に其々乗り込んだ。
隣でサングラスを掛けて運転するひかりの姿は女優のようで、清吾は心の中で「これも芸術」と呟いた。
大学に着いて、ひかりは清吾と秋文其々に弁当を手渡し送り出した。秋文は感激の言葉を、清吾は感謝の言葉を述べて仕事場へ向かった。
二日酔いの治った昼休み。秋文が歓喜の雄叫びを上げて弁当を食べていた。清吾もひかりの弁当箱を開けて幸せを噛み締めた。
仕事が終わり、秋文と一緒に研究所を出ると既にひかり達は到着していた。翔太と手を繋ぎ優雅に歩く姿は何とも微笑ましかった。
翔太は、清吾達の姿を見つけると駆け出した。
「早い、早い、早いー、早かったねぇ」
清吾は嬉しそうに笑い翔太の頭を撫でて、ソッと抱きしめた。次に秋文が笑いながら翔太の頭を撫でた。
「早く着いてしまったので、この辺りを散歩していました」
少し遅れて、ひかりが目の前にやって来た。
帰る途中、秋文を自転車屋の前で下ろし、清吾達だけ先に帰った。秋文は、「一番安い自転車と、オシャレな自転車のどっちにすべきか」と迷いながら店に入って行った。
ひかりが夕食の準備を済ませる間、清吾がリビングで翔太とテレビを見ていると秋文が帰って来た。
秋文が選んだ自転車は普通の、標準的な自転車だった。せめてもとステッカーをベタベタ沢山貼り付け始めて、とても個性的になっていった。清吾はその自転車を見てオシャレとは程遠いと感じたが、秋文はとても満足そうだった。好みは人其々、感性も人其々なのだなと、清吾は改めて学んだ。
今日の夕食は気合いを入れ努めて明るくみんなの輪に入ろうとしたが、特に清吾の苦手な芸術的な話題は上がらなかったので、彼は拍子抜けした。清吾の中では、今回は四人一家族のように振る舞えた気がした。その日清吾は絵画のお陰かグッスリ眠れた。
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