第22話

 その日の夕食はいつにも増して賑やかだった。秋文はひかりと翔太の懐に入り込んだ。そして正に昔からの友人の様に馴染んでいた。ひかりと翔太は随分楽しそうだった。秋文とひかりは芸術の話で盛り上がっていた。翔太は秋文の愛嬌とおちゃらけにすっかり心を許している。


 逆に清吾の方が部外者で、彼らの方が元からここに住んでいたかの様な錯覚に陥り、自分の居場所が無くなってしまって居心地の悪さを感じた程だ。ふと、自分自身では言い表せぬモヤモヤした感情が芽生えた。


 そんな気分にさせられた清吾は夕食の途中、会話に入っていけなくて三人の会話を、黙って聴いていた。まるで三人は家族の様な雰囲気だな、と三人の食事風景を見ていた。


 押し黙っている清吾の事をひかりが気遣った為、慌てて何事も無いフリをして食事を続けた。清吾は自分の中では、ほんの少しだけ気持ちがザワついたくらいの微かな気持ちの揺らめきを、ひかりに感じ取られた事に驚いた。


 そして彼はひかりに心の機微を読み取られた事に対して以後些細な事でも用心しようと決意した。


 夕食後、ダイニングから解散した。部屋に帰り際もまだひかりは食事の途中の清吾の事を気にしている様子だった。

 清吾は「この家で祖母以外と食卓を囲んでいる光景が珍しくて、戸惑ってしまいました」とさっき思いついた言い訳をした。それは事実でもあった。

 ひかりは黙って聞いていたが、納得した様子で翔太を連れて行ったので、清吾はホッとした。翔太がひかりの横で振り返って手を振っていた。


 自分の部屋に入ると清吾はベッドに横たわって夕食の事を独り考えていた。彼はひかりに要らぬ気を遣わせてしまった事を後悔していた。


 ひかりの雇い主でもある清吾だが、雇い主だからと言う訳ではなく彼女に嫌われたくないと感じた自分に驚いていた。当然、一緒に住む者として嫌われたくないのは勿論ではあるのだが…………それだけと言う事では無い。

 結局、考えても理由は解らなかった。


 ただ秋文が家にやって来た事は、ひかりと翔太には良かったかもしれない。明日からは自分も、もっと打ち解けて三人の輪に入れる様にしなければと清吾は反省した。そんな事を考えながら、モヤモヤしたままいつの間にか眠ってしまった。


「おぉーい」と言う呼びかけと、ドアを「ドンドンドン」とノックする大きな音で清吾は目を覚ました。ドアを開けると、秋文が立っていた。


「今、コンビニで買ってきたんだけど、一杯やらないか? 」

 秋文はお酒の入ったコンビニのレジ袋を持ち上げてニカッと笑顔を見せた。


 明日も仕事はある……それは、秋文も同じである。どうしようかと迷ったが、折角の秋文の誘いである。

清吾は喜んで秋文を部屋へ招き入れた。

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